第55話 ハンバーグ祭り

 何日目かの図書館通いのある日、少し開け放した窓に青い小鳥が飛んできた。

「これから!ハンバーグ!ハンバーグ!ハンバーグ祭りよ!食堂で待ってる!」

 例の声の、例のテンションである。


 な、なんですと?

 時はちょうどお昼。

 窓から見る演習場にはダッシュをする騎士団の姿が。

 あの時、あの鳥がハンバーグ何やかんや言うてたのは、これだったのか!!


 せっかくのお誘いだもの。リオは筆記用具をお出かけバッグに入れ、過去問を棚に戻して図書館を出た。

 中庭を通ったところでリンクと出会う。

「あ!はよ、行こ!」

「はい」

 主語を言わなくても分かります!


 そして途中の廊下でイーヴァル兄弟と出会う。

「「「あっー!行こ!」」」

「はい」

 リオ達は次第に軍団となっていく集団と共に、外側の長い長い食堂の階段を下りていく。


 エントランスのガラス窓から、ハンバーグの皿が無限に広がったテーブルが見えた。

「この日が来たか!」

 どの日?リンクを見上げれば、リオにニカッと笑って、頭を撫でた。

「中に何が入っているか、楽しみなんだ。よく見て選ぶんだぞ?」

 闇鍋的な?中に何か入っている?


「レディース&ジェントルマン!今日はハンバーグ祭りにようこそ!ハンバーグの中身は開いてからのお楽しみ。ちゃんと手洗いうがいをしてから選んでね!」

 拡声機のように紙を丸めたジェリスが、一段高い所に立って辺りを見渡していた。

 司会進行役?


 ジェリスはリオを見つけて手を振り、

「手洗い!うがい!」

 と御手洗いの方を指す。


 リオはそれに従って、御手洗いに来た。


 そこで思いがけない人物と出会う。


 あのニールの助手だ。えーと、名前は確か、子虎だから…コトラ。

 向こうも気付いたようでハッと息を飲む。

「リオさん、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、コトラさん」

 一瞥し、プイッと手洗い場に向かう。

 手を洗い、うがいをしたところで、コトラがこちらの様子を伺っていることに気がついた。


「リオさん。リンク・エンバー様に近づかないで」


 ん?

 どういう意味?

 リオが不思議そうな顔をしていたのだろう、少し不愉快そうな顔をしている。

 とは言え、リオを見るといつも不愉快そうに見えるが。


「仕事で一緒になっただけですが?」

 仕事以外で何か話したりしたのは、エヴァとルーカスが多いと思う。リンクとは少し歳が離れているし、彼は騎士団第二班の班長なので検証でも抜けることが多かったはずだ。


 何を言ってるの?そんな顔をリオは作った。多分、怪訝そうにジロジロ見る顔、そんな感じになったと思う。

 

 コトラはキュと唇を噛み、手を拭いていたハンカチをギュッと握りしめた。

「わたくしとリンク様は婚約者ですので、お立場をわきまえなさって!」

 言い切った後、プイッと身を翻し、御手洗いを出て行った。


 え、婚約者?どういうこと?

 そもそも私?私じゃなくて、リンクの想いびとの相手はリンカさんじゃないの?なんで私なんだ…。というか初耳です。


 突然の告白に驚いたけど、だからどうするわけにもいかないので、とりあえず御手洗いを出る。


 大柄の人の流れに沿って歩いていると、不意に腕を掴まれた。

「帰ってきた!こっちこっち!」

 リンクが犬のようにはしゃいでいる。

「リオちゃん、何選ぶ?」

 いや、その、今のさっき、変なことがあったんですけど!とは言えない。

 そんなこと言った日には、今のアゲアゲテンションぶち壊しだよね。

「私、これにします」

 選ぶ気満々だったけど、あんな事があって、何となく選んだ皿。

「おおっ、小ぶりだけど、形が良いね!俺はどれにしよっかなぁ」

 鼻歌混じりに品定めをしていく。


 リンクが選んだのは、タレが程よくかかった大きく膨らんだハンバーグだった。

「へへっ、これにした」

 語尾にハートマークが付きそうな感じで、リオに微笑んだ。


 背後に嫌な殺気がする。何となくわかる、その悪寒の気配。

「リンク様」

「ん?あっ、コトラ。来てたのか」

「はい。こちらで一緒に食べませんか?」

 一瞬、リンクがリオを見る。

 リオは「どうぞ、あちらへ」と小さく呟いたが聞こえたかどうか。

「俺はリオちゃんの持つハンバーグが、めちゃ気になる」

リンクも小声で返した。


「コトラはお友達と食べるんだろ?俺はイーヴァル兄弟達と食べるんだ、またな」

 素っ気ない!異様に素っ気ない婚約者の対応に、リオは最早コトラを振り返ることも出来ず、リンクに続いた。


 席に着くとイーヴァル兄弟が嬉しそうにリオのハンバーグを見ていたが、リンクは少し微妙な顔をしている。

「良かったんですか?」

 余計なお世話かも知れないけれど、その顔を見ると思わず聞いてしまう。

「良いんだ。親同士が決めたことだし、俺は自分で見つけると拒否した。あの子は、ああいう婚約者って立場が好きで、俺を見ていないし、ちょっと年下過ぎかなー。俺は少し年上か同い年くらいが良いんだけど。それに…赤ちゃんの頃を見ている子は、弟とかもそうだけど、ずっとその印象は頭から離れないんだよ」

 ふふっとリンクは笑った。コトラの赤ちゃんの頃でも思い出したのだろうか。

 途中から話を聞いていたイーヴァル兄弟が「わかるわかる」と相槌を打つので、可笑しかった。


「じゃ、開けようか!じゃなくて、食べようか」

 みんな各々のハンバーグに中心からナイフを入れる。

「はっ、俺、ゆで玉子だった」

 リンクが選んだのは、ゆで玉子。ハンバーグ、まーるく膨らんでましたもんね。そういうのは、実は大きく見せかけて、お肉が少ないパターンなのですよ。

「ワシはチーズ」

「俺はコロッケ」

「これは?茶色いドロっとしたものが…チョコレート?」

「「「「チョコレート??」」」」

 イーヴァル兄弟がペロッと舐めてみる。

「ごめん、デミグラスソース」

 あははは、全員で笑った。


「私は、ん?これ、ウインナー?」

「「「「ウインナー!!」」」」

「そんなの、本当にあったんだ!」

 ラピュ〇は本当にあったんだ的なテンションでリンクが叫ぶ。なんなの、顔に縦線入ってます。


「なーんと、今年はウインナーが入っていたようですよー!」

 どこからともなくジェリスが現れ、大声で中身を通知する。

「リオちゃん、一言!」

 立って、立って!とジェリスに急かされる。

 なにこれー!?何を言えば良いの?


 チラッとジェリスを見ると、頑張ってとガッツポーズをする。いやいや、勝手にこっちに来たのはジェリスさんじゃない…。

 はぁ、と呼吸を整えて腹筋に力を入れた。

「ハンバーグの中にウインナーが入っててびっくりしました。中身を開けると色々な物が入っていて、皆さんと驚いたり、喜んだりして、とても楽しいです。サンキュー!」

 ふぃー、無難な挨拶にした…。

「イェーイ!リオちゃん、サンキュー!」

 アゲアゲテンションでジェリスがどこかの席へ飛んでいく。


 席に座ると、リンクとイーヴァル兄弟や周囲の騎士が「良かったよ!」と喜んで手を叩いていた。

「ありがとうございます。皆さんとハンバーグを開けたのが楽しかったので、上手く挨拶することが出来ました」

 イーヴァル兄弟がニコニコ顔で、うんうんと頷く。


「こういうのってジェリスさんが企画されるんですか?」

「そうそう、副隊長がね、ハンバーグが好きだから。昼休みの事だし、予算はかからないし、上部にも通しやすい懇親会企画だよね」

 この企画、絶対イマール牛で思い出したでしょう。

「あ、もう時間だ。戻らなきゃね!」

 リンクとイーヴァル兄弟が立つ。リオも習って立ち上がった。


「じゃあ、また!」

「「「またねー!」」」

 リンクとイーヴァル兄弟は演習場の方へ、颯爽と走り去って行った。


 なんだか若いなぁと思ったリオ。

 私も頑張ろう。

 続きの問題を写しに図書館へ戻ったのだった。




 

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