第56話 イマール領へ出発
図書館で過去問題を写し終えた頃、約束の1週間となった。
それまでにお世話になった方々へ手紙を送り、またお返事を頂くという挨拶を交わしていた。
これから1週間、馬車に乗りっぱなしで旅路となる。途中までは、マイヤーが護衛を数人付けて馬車を貸してくれるとのことで、その馬車の後ろへ荷物を乗せる。1番重いのが薬研で、割れないように動物の皮に挟んで荷造りした。
エヴァにもらったドレスも3着くらい持っていけば良いと思っていたけど、同じ背丈の子が城内に居ないからという理由で、マイヤーに全てのドレスの荷造りを手配されていた。
出発の日は、隣国からの王妃が来るとの事で、マイヤーや第二騎士団は忙しく、見送りはリンカとマイヤーの執事のみであった。リンカは色々な事務手続きと、出発した旨を途中の宿屋まで伝令で飛ばすとのことで、見送りに来ていたのだった。
「リンカさん、色々と大変お世話になりました」
「いえいえ、リオちゃん、またお会いできる日を楽しみにしています。3年後…リオちゃんは15歳ね」
「はい」
「いい時期ね。体力があるから、勉強も仕事も頑張れるのよ。風邪を引かないようにね、イマール領は雪深いから」
「ありがとうございます。リンカさんもお身体大切になさって、お仕事頑張って下さいね。あと、恋も頑張って下さい」
「恋?」
両手を口に当て、うふふとリンカは上品に笑った。
「そうね、鈍い人だもの、頑張るわ」
執事が「では行きましょうか」とリオをエスコートしたので馬車に乗る。
こうして、馬車は朝から夕方まで1週間走り続け、イマール領へと向かうのだった。
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馬車の旅、そんなほのぼのとした感じだと思っていたが、なんのなんの。1日目から首や腰が痛くなる。
椅子にやたら可愛いクッションや枕があったので、メルヘンチックな馬車だと思っていた。しかし、そういう物があるのは実は実用的なもので、緩衝材として使用する物であった。
3日目には馬を操作する御者席の方が、気が紛れて楽だという事に気付き、仲良くなった御者と一緒に馬を引いた。
「お嬢様は今日もお元気ですなぁ」
前に乗る変わり者のお嬢様という意味で皮肉っているこの行者の名前は、ピーターというお爺さんだ。なんでも昔は騎士団班長を務めていたらしく、腕は今でも鈍っていないとのこと。
お嬢様じゃないですって、と初めは否定していた。が、そんなことを言っていたら真のお嬢様になれませんぞと言われ、現在、否定せずにいる。真のお嬢様って何?
明日からイマール領に入るということで、ピーターとはお別れだ。せっかく仲良くなれたのに、と名残惜しく御者席で話していた。
「やや、ありゃ、なんじゃ?」
小さい小屋のような板の破片があった。板は黒くなっており、燃えた後のような感じだった。
「こういうのは余り良くないから、さっさと通りましょうか」
ピーターの言う通り、今まで人の気配を感じなかった道にある燃えかすは、何かあるようで不気味に思った。
だが、リオの目には紫の煙は見えておらず、魔族の類ではない為すこし安心していた。
木が生茂る小道を通る時、ロープが木に橋渡しされているのにピーターは気付いた。
馬車を止め、ロープを切るために地面へ降り立つ。
「もし、変な者が出たら構わず宿屋まで走りなされよ」
そんなこと出来ません、リオは首を振った。
ピーターの見事な剣捌きで頑丈そうなロープを断ち切る。
どこかでシュルンという音がして、馬車の前にドサッと荷物が落ちてきた。
「うわっ!」
「キャア!」
2人の声が重なり、馬が立ち上がり嘶いた。
紫の濃い煙が出てる…。
上空に吊るしてあったのか、荷物…と思っていたが、網が何かを包んでいるようだった。その中身が煙を放っている。
「ピーターさん、それ、魔族かも知れません、後ろに下がって!!」
「なんですと?!」
軽い身のこなしでヒラリと後方へ飛ぶ。
と、同時にドーンという爆発音がした。前方を見返す。
炎の中に大トカゲがいた。どす黒い煙を纏っている。前世テレビで見た、コモドドラゴンのような風貌だ。
「魔族か!?」
ピーターが叫ぶと同時にトカゲは火を吐いた。
「うわぁ!」
身を翻し、剣でトカゲの背中を刺す。だが、硬い鱗があるのか、弾かれ、リオのところまで跳ね飛ばされてきた。
「大丈夫じゃないですよね、ピーターさん」
「お嬢様、ワシが大丈夫じゃないのは確定ですかな?」
ニヤッとピーターが笑う。大丈夫そうだ。
リオは荷台にまわり、バッグを開く。スリンとクラフトと痺れ玉を取り出し、詰め込めるだけポケットに詰め込む。
「それ、何?」
「スリンです。こっちはクラフトって爆弾と、これは痺れ玉。山賊が来た時用に作ったので弱いですが」
「それ、一つ頂戴。ワシも持っておく」
リオはピーターに1個渡し、自分はクラフトをスリンに装着した。
トカゲは辺りを見渡し、匂いで分かるのか、こちらへダッシュで駆けてくる。
リオは思い切りスリンを引いて、クラフトをトカゲの目に狙いをつけて放った。
トカゲの目にクラフトが当たり、パンッと弾ける。一瞬、クラっとトカゲの身体が揺れ、尻尾を揺らして停止した。
その隙を狙ってピーターが駆け寄り、目に剣を刺した。
どす黒い血が涙ように鼻を伝い、その血を紫の舌でトカゲは舐めた。
ペロッと舌を出し、大きく口を開けたと思ったら、火を吹き出す。
「あっぶねえわ!」
ピーターが飛び退き、それを追ってトカゲが口を開けたので、リオはスリンに痺れ薬を装着し、すぐさま放った。
喉の奥に痺れ薬が入り、口を閉じる。
『飲んで!』
次の瞬間、火炎放射器のように口から火が吹き出し、作戦は失敗したと思った。
コテン。
トカゲが倒れる。
「今だ!」
煙が薄くなったのを見計らい、頭のてっぺんの鱗を小型ナイフで剥ぎ取る。
その剥ぎ取った箇所をピーターが剣で突き刺した。
トカゲの煙が消えた。
「別料金ですな…」
ピーターは呟いた。
また、目を開けて死んでる。ごめんね、この子も人だったのかな。
リオは、トカゲの目を静かに閉じて手を合わせた。
「安らかにお眠りください、南無阿弥陀」
キューンとトカゲが光って、また手の中に何かが収まる。
「お嬢様、何をしたん…」
剣の歪み具合を見ていたピーターが振り返った。どうもしっかりは見ていなかったようで、首を傾げている。
「成仏させたんです」
「ジョーブツ?」
多分成仏って言う言葉がないからわからないだろうなぁ、とリオは思う。
ピーターは不思議そうな顔で、トカゲのいた辺りを見ていた。
「馬車は無事じゃな」
ピーターは馬や車輪を確認し、また御者席に戻った。宿屋までは車内に入って欲しいとの事で、クッションをあてがい座席に座る。
リオは、手の中の宝石を見た。
ガーネットのペンダントトップ。名前は、伝説の火を吐くトカゲ、サラマンダーのサラちゃんと名付けた。
首輪を外して、母の指輪とエヴァの間に入れる。赤い宝石がワンポイントの可愛い首飾りになった。
しかし、リオはトカゲがトカゲらしかったことを疑問に思った。このサラちゃんの顔が人間ではなかった。どう言う事だろう。
少し、外の風景を見ながら考える。
うーん、もしかしたら長い間トカゲだったのかも?宿屋の親子の2年は短かった?それより長い間、魔族をしていたら本当の魔族になってしまう、とか?
実は、今の魔族はみんな元は人間で…マイヤーが聞いたら、楽しそうな話ね、と耳を傾けそうな空想をしていた。
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