第54話 エヴァの指輪
次の日、お世話になった人のリストを作る。
マイヤーさん、シャインさん、リンカさん、リンクさん、ルーカスさん、ジェリスさん、エヴァさん、受付嬢さん。
8人。沢山の方にお世話になっています。
そうこうしているうちに、開館時間となり、過去問題を写すために図書館へ向かった。
司書のお姉さんに過去問集の場所を聞き、案内してもらう。
コピー機がないから、全部丸写し。だからあまり頭を使わなくていいので、単純作業ばりにバリバリ写していく。
そのうちに出題傾向が分かったり、この世界での常識が分かって嬉しい。
沼地の生物の問題でふと手が止まった。
あの戦闘後、リオは限定的だが力を持ってしまった。カメオブローチのような亀夫と、髪飾りに宝石のついたぴん子。
もしかしたら、他の属性を退治した後、手を合わせて祈ると手に入り、それもまた扱えるようになるのかもしれない。
他の人には扱えない。自分には元々属性が有るようで無かったから、あの巨大な力を正しく扱えるのかなと、ぼんやり考えていた。
属性が有るのは毒が見えるという事だけど、属性が無いというのは、それで何かを創り出したりするわけではないとういこと。
つまり自分だけが是非を知っている。自分しか判断できないという事は、客観的な意見も貰えないということで、知らずに暴走する時が怖い。
あ、意識が逸れていた。
また、リオは過去問題を書き写す。
しばらく経って顔を上げると、目の前にエヴァがいた。
この人は本当に神出鬼没だ。
「あっ」
「こんにちは」
「こんにちは」
過去問題の本を黒い手袋をした手で触る。
「頑張っているんだ…」
声が思ったより調子が良くないらしく、変声期特有のひっくり返った声が出た。それをエヴァは小さく咳き込んで誤魔化す。
今日は日差しが暖かく、換気のために机の横の窓が開いていた。そこから演習場が見えて、勇ましい掛け声が聞こえる。
入ってきた風が通り抜け、エヴァはそちらへ顔を向けた。銀色の前髪が揺れる。
こんな落ち着いた子供いる?多分、大人に囲まれて育ってきたんだろうなぁ、この子。
「イマール伯爵家に入るって聞いた」
あぁ、ジェリスがハンバーグのついでに話したのかな、と邪推する。
「はい。研究員になるためには、それが一番良いらしくて」
「この国の研究員だよね?」
「…はい」
元々はラーンクラン国の人間だから確認したのかな?後で確認したところ、平民のしかも辺鄙な田舎の沼地に住む子供なんて戸籍なんてものはなかったそうだ。
「試験はいつ?」
「3年後です」
「じゃあ、次に会えるのは3年後?」
王都から離れた土地で、なかなか来られないからそうなるのかな?
「そうかも知れないですね、遠いと聞きました」
「うん、イマール領は遠いし…3年は長いな」
よく考えたら、まわりは大人ばかりで、エヴァと同じ年くらいの子供は騎士団では見かけなかった。だからこうして話に来るのかな、とふと思った。
「はい、長いですね…」
ちょうど中学生の3年間になるかな。
貴族になるための勉強と貴族としての実績、研究員になるため基礎の勉強をしなければならない。
「リオさんをあの時巻き込んだ事、申し訳なく思っている」
あの時?最近、色々ありすぎて、なにが起きて、どの人とどんな時にいたか、少し考えないと出てこなくて、リオは首を傾げた。
「リオさんの家に泊まった時」
「あぁ、いいえ」
ここは来るきっかけを作ったのはジェリスとエヴァ。エヴァは不器用な感じの子だけど、そういう事を気にする優しい子なのかと、リオはちょっと微笑んで続けた。
「あのまま沼地に居ても、恐らく魔族に消されていたと思います。ここに連れて来てもらって、自分にも役に立てる事があって、目標も出来て、幸せです」
「幸せ?」
「はい」
うーん、という感じでエヴァは腕を組んだ。
「将来、難しい試験を受験するのに?」
「ん?難しい試験?」
「薬師の試験は難しいと聞いたし…それについては、薬師の手記などを調べてみれば良い」
「ありがとうございます。でも、王都でも働くことが出来る薬師になると決めたので」
「そうか。そのための3年かもな…」
そう言って窓の外を見た。リオも同じように見る。演習場の砂地が白く光って眩しく見えた。
「3年後、ちゃんと会えるように私、まずは研究員の試験を頑張りますね」
「じゃあ俺も頑張る」
「何を?」
「え?何を?」
聞かれるとは思ってなかったのか、少し笑った。
「…うーん、水系の魔術を、かな?」
「エヴァさん、水系なんですね。母と一緒です」
「へぇ、お母さんと?リオさんは毒系だったっけ?」
「いえ、闇系だと言われました。人の闇を見るらしいです」
誰から構わず何系か聞かれたら、必ず『闇系』と言え!とマイヤーの怖い顔がポワンと浮かぶ。
「闇系…?ふぅん、聞いたことないな」
「測定でも属性が出なかったので初めてだったのかも知れません」
「光に続いて、闇かぁ…なんか、かっこいいよね」
そう言って、手を口に当ててクスクス笑う。
確かに厨二心をくすぐられるのかも知れないなぁ、光と闇なんて。
「闇と言っても、水系のように何も出ません。水系の方が使い勝手が良さそうで、私は水系が良かったです」
「そう?じゃあ、俺と変わる?」
「え!そんなこと出来るんですか?」
「ううん、出来ない」
そう言って、またクスクス笑う。
「えー!?」
「あ、そうだ」
エヴァが胸のポケットから包み紙を取り出した。
「飴。美味しい」
包み紙をクルッと剥がして口に入れた。はい、と一つ飴を差し出す。
「ありがとうございます」
リオもクルッと包み紙を解いて口に入れた。甘くて柑橘系の味がして、とても美味しい。飴なんて、食べたのは前世以来?
「美味しいです!」
「良かった」
ニッとした顔をして、手袋を外した。
それぞれの指に指輪がはめてあり、その一つをリオに渡す。
「これは?」
銀色のリングで何か文字のようなものが刻印してある。裏側を見ると小さく犬の絵が書いてあり、隣に青い宝石がはめてあった。犬が青い石を追いかける様な、そんな感じで彫られていた。
「お守り。受かるように」
「大事な物ではないのですか?」
「うん。大事。だからそれを預ける。3年後に返して」
うーん、大事な物を?リオはどうしようかと迷って、受け取った。
保管方法は、大事なものだからネックレスに指輪を一緒にぶら下げる?
「じゃあ、私も」
首からネックレスを外し、薔薇の紋章の入った封蝋印を渡す。
「え…」
まさか自分が渡されるとは思っていなかったらしく、すごく驚いた顔をする。
「これは私の大事な物です。3年後、エヴァさんの手から返してください」
「薔薇の紋章…」
「それ、母の紋章だったらしいです」
「そんな、大事なもの…形見じゃないか。そっちのもう一つは?」
「こっち?」
おずおずと見せると、紋章を見て眉を潜める。
「…エスパダ侯爵家?これをなぜ?」
当然エヴァも、この紋章はエスパダ侯爵家ということを知っているよね、ここの貴族なんだから、と思った。
「分かりません。母が亡くなる前に薔薇の紋章の封蝋印と一緒にくれました」
「そうか。俺は、こっちにする。これは…返す」
母の印をリオに渡し、エスパダ侯爵家の印を指にはめてから、さっさと手袋をした。
リオも銀の指輪と母の印をネックレスに通し、首にかけ直した。
「3年間が良い時間になるよう祈る」
「はい、私もエヴァさんが良い時間を過ごせますよう、また3年後笑顔で会えますよう、お祈りします」
「そうだな、笑顔でまた会おう」
演習場から「集合!」と大きな掛け声がかかった。
「あ、俺行かないと」
「もしかして抜けてきたの?」
「どうかな?じゃあ、また」
ちょっと悪い顔で笑って、手を上げて去っていった。
「また…」
次に会う時は、笑顔で会えると良いな。リオはそっと胸の指輪を押さえた。
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