第50話 帰還後の休息?

 東の空が白みはじめた頃、馬車の揺れで目を覚ました。

 隣ではマイヤーが反対側の車窓を、頬杖をついて眺めている。

 向かいには騎士団の若い女性が、2人寄り添って眠りこけていた。


「あら、おはよう」

「おはようございます」

 小さな声で挨拶し、疲れた顔でお互いに微笑んだ。

「もうじき、王都ですか?」

「そうよ。今日はゆっくりして、明日個研に来てね」

「はい」


 無事、王都に着く。

 馬車で2日と聞いていたが、途中の道を整備したのか、思っていたよりも馬車は軽快に駆け抜け、早く着いたようだ。


 門で手続きしている間も、向かいの女性達は寝ぼけ眼でうとうとしていたが、門を何回か潜り抜ける頃にはすっかり騎士の顔になっていた。


 荷物の薬研は、後でマイヤーの執事が持ってきてくれるとの事で、リュックを背負って寮に帰る。

 受付のお姉さんが

「おかえりなさい。大変でしたね!」

 と、声掛けてくれたのだが、どこまでご存知なのだろうと、ふと思った。噂が駆け抜ける空間は、どこの世界でも女性陣が早い気がする。

 後で薬研が届けられる事を伝え置き、部屋に戻った。


 リオは、しわくちゃで少し泥のついたワンピースを脱いだ。そのポケットから母の手紙が出てくる。机でシワだらけの手紙を撫でて平にした後、持ってきたバッグに入れた。


 ハッと気付くと、自分自身が物凄く泥臭い。

 そりゃ、ルーカスも匂いで具合も悪くなるわ…と思ったけど、リンクの言っていた通り最後には慣れて、炊き出しのようなお手伝いしていたし、と思ったら何だか笑えてきた。


 リオは下着のまま、リュックから以前作った桃の葉ローションを取り出し、シャワーを浴びた後、身体に塗りつける。これで臭くなくなるはずだ。

 そして、紅茶を飲んでホッと生き返る。

 

 筆記用具を取り出し、テーブルに向かう。マイヤーから、宿題が出ていた。

 リオから見た沼地での出来事をまとめて欲しいと言われていたのだ。


 まず、ガラス瓶の蓋が閉まらない事から煙が大量に出て、底からドロドロが現れたこと。

 ガラス瓶の底は割れていなかったし、上部はエヴァからもらった封魔布で覆っていたし、しかも人型になるほど大量だった。まるでマジックを見ているかの様だった。

 ドロドロは宿屋のご主人の様な体型をしていたし、なんとなく石と感情が似ていたので、その時はそう思った事を書き記す。


 次に、鳥との戦いについて。

 薬剤補給のため、自宅へ戻る道の途中で知り合ったイーヴァル兄弟との作戦。

 自宅にあった弓矢で、先に袋に入れた強力痺れ薬(熊用)を放ち、その後その袋を射る。その事を6回繰り返して、鳥が混乱した所を騎士団が1回目捉えたようだ、と書き記した。


 次に、魚について。これはマイヤーと確保したところまで一緒に居たので、記載を端折る。

 リオの感想としては、家の周りの水嵩が増えたのは魚の持つ力だったのではないかと感じた。それは、出ていた煙の雰囲気が魚と一緒だったから、と書き記した。


 最後に、魔族になった人達が宝石に変わった事について。

 通常、三枚おろしに捌かれる食材としての魚を見たとき、日本人なら「命を頂いてすみません、そしてありがとう」という謝罪と感謝の気持ちがあるのだが、この世界の人にはあまりそれが無かった。

 だから、その事をどう伝えれば良いのか考えた結果、マイヤーへの報告書には「助けられなくてごめんなさい、そして生きてくれてありがとう」と祈った、そうしたら宝石が手の中に入ってきた、と記載した。少し違うが、こちらの方がニュアンスが伝わる気がした。



 やったー!宿題が終わったー!お腹空いたー!という事で、受付のお姉さんにマイヤーへの手紙をお願いして、食堂へ向かった。


 途中、ルーカスに出会い、一緒に食べようと誘われ、2人で滝の見えるテラスに座った。

 太陽の下で見ると、目の下に青白いクマが出来ているルーカス。なんでも、男子の乗った馬車では騎士団のイビキがうるさかったり、寝ぼけて馬車が跳ねるたび寝言を言ったりする人がいたりと、眠れなかったらしい。その寝言の面白い話をしながらランチを食べた。

 

 何となく…ではないが、ルーカスもリオも、馬車に乗る以前の事は話さなかった。

 レポートとしての提出なら思い出せるが、あえて会話をするという事は避けていたのかも知れない。


 だが、ルーカスに女子寮まで見送ってもらった時に、家のこと聞かれた。

「リオちゃんの家、その…大変なことになったね。ここが終われば、戻るの?」

 聞き出したものの、聞いて良かったのかという微妙な笑みをこちらへ向ける。

「分からないです」

「そっか」

「でも多分、1人では建て直しが出来ないと思います。だから、各地を転々としても良いかなと思っています」

「え?各地を転々?旅にでも出るの?」

 驚いたような顔をしてから、少し冗談っぽく笑った。

「『薬師の旅』のように。最近、あの民話を読んだんです」

「あー、あれね!あそこまで旅に徹底出来ないよ、特に女子は」

「どうしてですか?」

「そりゃ女の子の1人旅は危ない。体力もないし、持ち物は男性より多いし」

「じゃあ、男装して、荷物を少な目にしたらどうでしょう?」

「そう意味じゃないけど…絶対バレる」

 人差し指をリオの前に差し出し、おでこを弾くマネをする。

「バレないようにします」

「いや、絶対バレる」

「隠し通します」

「隠し通せないって!」

「なんでですか!」

「だって、良い匂いするもの」

 ルーカスはそう言って、リオの手をとりクンクンと手首あたりの匂いを嗅いだ。

 なんだって!匂い?

 リオは逆の手をクンクンと匂いだ。あ、桃の葉ローションを付けたから?

「オレの匂い嗅いでみて?違うから」

 グイッと白い腕が出てきたので、腕の匂いをクンクン嗅いでみる。

「え?…そんなに変わりませんよ」


 突然、後ろから笑い声が聞こえた。

「あははは、何しているんだい、こんな道の真ん中で」

「あ、ナタリア所長」

 振り返ると、赤く長い髪を一つに結えた貫禄のある女性が、白衣姿で立っていた。


「この方が噂のリオさん?」

 思っていたよりも低く響く声にリオは驚いた。

「うわさ、ですか?」

 思わずルーカスを見上げる。

「いや、あ、こちら、ナタリア所長。オレのずーっと上の上司」

「リオです。よろしくお願いします」

「よろしくね。ところで、何してたの」

 ちょっと呆れつつも、笑っている。


「匂いが違うから…」

 モゴモゴとルーカスがどもる。

「ふぅん、ルーカスもそんな事を言う年になったんだね、おめでたいなぁ」

 そんなの、とルーカスは膨れる。

「リオちゃんは妹のようなものだから」

 なんと。ルーカスにそう思われていたのか。その反応に、ナタリアはニコニコ笑う。

「そうか、じゃあ、大事にしてあげないとな」

「あ、はい…」


「あ、ところでルーカス。あの計測装置」

 ナタリアはニコニコと笑顔を崩さない。

「どうでした!?」

「ダメだったみたい」

「えー?!なんでだろう?頑張ったのになぁ…、今から行きます」

 途端にしょぼんとしたルーカスはリオに、またねと挨拶し、ナタリアと共に去って行った。


 1人になったリオは、この辺りを散策した事がないことに気がついた。

 部屋から個研、研究棟、図書館、その辺りしか知らない。


 よし!散策しよう。と思い立って、研究棟の裏の雑木林のところへやってきた。

 ここは、個研の裏にあたり、前にカピバラを見たところの近くだ。

 この辺りに煙の出ていたキノコが…と探していると、個研の中にマイヤーが居たのが見えた。

 マイヤーも気付いて、何か言いながら手を振る。しかし、はめ殺しの窓なので何か言っているが聞こえない。

 ジェスチャーで回っておいで、と言っているようだ。中のテーブルの上には薬研が乗せてあるが、それはリオの持ってきた薬研っぽく見えた。


 何か薬研のことで用事なのかなと考えて、リオは頷きマイヤーに従うことにした。


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