第49話 鳥との決着は

 騎士団が走り去った後、薄暗くなる前にルーカスが木の棒に布を巻き、手から火を出した。

「簡易たいまつ。明るいでしょ?」

 リオを見て、ニコッと笑う。

「それが有れば便利だわ。お兄様、この灯りに付いて来て」


 相変わらず、あっちフラフラこっちフラフラするが、マイヤーの声には付いて来ているようだった。


 沼地へ辿り着くと、マイヤーは救護用テントにニールを押し込め、薬研を受け取り、リオたちはシャインのいるテントへ向かった。

 そこで、荷物を確認後、馬車へ乗る手続きをする予定だ。


 テントに戻る頃には、2メートルほどの高さの篝火…大きいたいまつが燃えており、人々の顔がそれに照らされてなければ判別できないほど、辺りはすっかり暗くなっていた。


「やぁ、おかえり」

 用事をしながら荷物番をしていたシャインは、リオ達を見るなり声を掛けた。

「何だか、マイヤー先生は嬉しそうな顔をしているね」

 リオとルーカスは疲れた顔をしていたのか、シャインがお疲れさん、と肩を叩く。

「ええ、土系の石は無くなったけど、水系の宝石が手に入ったわ」

 そう言うとマイヤーはシャインに得意そうな顔で亀夫を見せた。


「え!綺麗な宝石じゃないですか。アクアマリン?どうしたんですか、これ」

 ひっくり返して見ると白く亀夫の顔が書いてあるが、シャインはよく分からないようだった。上に向けたり、逆に向けたり、横に向けたりして、絵の意味を探している。

「これ、何が書いてあるんだろう…。何かの模様?」

「あー、これね、宿屋の息子さんの魚になった顔なのよ。向きはこっち」

「はぁ、横顔?気持ち悪いなぁ、はは」

「実物の方がもっと…、いや、色々報告事項あるから、また手伝ってね」

「こちらも大有りですよ…」


 マイヤーとシャインが話している間、リオとルーカスは手渡された支給食を食べていた。


 ミネストローネにパスタが入っている缶詰のようだ。ルーカスは地面に缶詰を置き、手から出した火で少しだけ温めて

リオに渡した。

「あったかい方が美味しいよね!」

「うわー、ありがとうございます。火系って便利な使い方が出来るんですね!」

「うん、すごく便利だとオレも思ってる。土よりかは実用性があるでしょ」

 そう言って2人で笑いながら食事した。


 これからの予定は、馬車で一旦王都に半日かけて…つまり夜通し走りっぱなしで帰る。中の人は寝ていれば良い、とのことで、ガタガタする中で寝られるのかリオは不安だ。護衛は騎士団と共に帰るので無し。

 病人、けが人、付き添い医師については移転魔術で早期帰還。ニールや生意気な助手は、その中に入るらしい。


 テントの外がにわかに騒がしくなり、移動準備が始まった。

 ルーカスが外の様子を見てくると言い置き、飛び出して行ったのだが、一向に帰って来ない。

 業を煮やしたシャインが馬車の所まで見に行く、と言って出て行った。

「あれだけの移動じゃ、混乱するわよ」

 すぐにシャインが戻ってくる。

「あら、順番来ていたの?」

「いや!違う!鳥!逃げよう!」


 2人はサッと立ち上がり、シャインに続いてテントを出る。

 上空を見ながらシャインの後をついて行く。紫の煙は隣のテントの真上に位置していた。

「見える?リオちゃん」

 マイヤーに答えてテントの上を指す。

「副部長、中に人は居るの?」

「もう避難した」

 シャインは目にかかった前髪を横に分けながら答えた。


 夜だと煙の色が濃いと分かりにくくなるのかなとリオは思っていたのだが、どうやら感性が研ぎ澄まされるらしく、鳥の動きがよく見えた。

「もうじき、羽を飛ばしてきます!」

 リオの声に3人で後方へ走り、騎士団の盾持ちの後ろへ合流する。

 

 その瞬間、リオ達がいた所に矢のように羽が突き刺さる。間一髪であった。

 羽は瞬時に煙となって消えたが、鳥は風を纏いながら盾に向かって突進して来る。

 風圧に耐えかねた騎士達が盾ごと飛ばされ宙に舞った。


 鳥自身がリオ達に接近しそうになった時、大量の弓矢が鳥を目掛けて駆け抜けた。

 もう一弾、追いかけるように矢が飛び、あたり一面、白く煙る。


「口を覆って!!」

 リオ達はその呼びかけに袖で鼻口を押さえ、後方まで更に避難した。

 通りすがり、弓矢隊の先頭にイーヴァル兄弟がおり、3人が親指を立ててニッと笑ったのが見えた。

 あの作戦?!

 リオとイーヴァル兄弟が家で戦った作戦。もう一度、鳥を混乱させるようだ。

 

 白い粉が薄くなり、中から鳥が現れる。やはり、鳥は混乱しているようで、地面に降りて静止していた。

 その隙に封魔布を翻した団員が鳥を取り囲む。

 グルグルと鳥を巻き、今度はロープを切られないようにチェーンで固定したようだった。


 そこへ黒髪のカイル隊長が現れ、横たわる鳥の前に跪き、右手をそっと頭に置いた。

 雷撃のような眩い光と共に、鳥は大声で鳴き、動かなくなった。

 さっきまで出ていた禍々しい紫の煙が消滅したので、リオは鳥が死んだ、と分かった。


 騎士団とリオ達は、それを遠巻きに見ていた。

「捕獲ではなかったのか?」

 隣のシャインの呟きが聞こえ、

「あっ、何か、ポケットが」

 と、マイヤーが何か取り出す。手のひらにあったのは、亀夫だった。

「あ、これは魚の?」

 シャインが手を覗き込む。

「何だかムズムズするのよ」

 マイヤーがリオの目の前に、手を持って来たので、亀夫にちょんと触れる。


 すると一瞬、フラッシュライトのように光って、ピンと一筋の光を指した。

 あら、ラピ⚪︎タみたい。

 その一筋の光は、鳥の額あたりを指していた。


 鳥の額に光が当たった事にカイルは首を傾げていたが、その元を辿ってこちらを見た。

「行きましょう、リオちゃん。これはチャンスよ。この宝石の時と同じ事をして。シャイン副部長も見てて」

「はい」


 3人は走って鳥とカイルに近づく。

 不審そうにみるカイルに、

「この宝石が反応したの。ちょっと良いかしら」

 と、マイヤーはカイルに亀夫を見せた。何だか事情のよく分かっていないカイルは、立ち上がり少しだけ下がった。


「さあ、リオちゃん」

「はい」

 あの時、目が開いてたから…。

 今回もゆっくりと目を閉じさせた。

 胸の前で手を合わせる。

「安らかにお眠りください、南無阿弥陀仏」

 鳥の頭がフラッシュを焚いたように光に包まれ、近くにいた全員が目を逸らせた。

 すると合わせた手にその光が移り、何か固いものがリオの手の中に入った感覚がした。


 ゆっくりと手を開ける。

 そこにはピンク色のカメオのついたパッチン留めがあった。間違いなく、カメオの中には鳥の顔が書いてある。

「あなたは、ぴん子」

 その顔が怒った時の某大女優に似ていて、そんな名前が頭に浮かんだ。


 ま、また名付けてしまった…。


「リオちゃん、鳥は…、これなの?」

 マイヤーが寄ってきた。

「はい、そうです」

「これは髪飾り?」

 シャインとカイルも不思議そうな顔をしながら近づいて来る。

「はい。パッチン留めで、こうします」

 リオは耳を出して、ぴん子をパチンと留めた。

「あら、可愛いらしい、ね」

 マイヤーが男2人に可愛いグッズの同意を求めたので、なんとも言えない空気になる。

「「ええ…」」


「では、私たちはこれで…」

 マイヤーは起こった現象の事を何も言わずに、その場を後にしようとしていた。

「いやいや、マイヤー先生。説明もなしに逃げようって腹ですか?」

 カイルがマイヤーの行く手を阻むように前に立ちはだかり、細い腕を掴んだ。黒髪のとても整った鼻梁、黒く光った目はとても冷たい印象で微笑んだ。

「いいえ?説明しなければならないことは、これだけではございません。カイル隊長も本日挙行分報告事項は沢山、お有りではなくって?」

 動じた様子もなく、上品に微笑む。その表情にカイルの眉が少し動いた。

 

「じゃあ、単刀直入に聞く。鳥はどうなった!その髪飾りは何だ。何が起きて、どうしてそうなった」

 はぁ、とマイヤーは溜息をつき、カイルの手を捻って振り払ったが、力の差で掴まれたままだ。

「恐らく、鳥は光で消滅しました。この髪飾りは鳥の魂が変化した物です。しかも、リオさんの手の中に勝手に入ってきた。知っていることなど…。今、見たばかりですもの、これ以上、お答えしようが有りません」

「見たまんま?それだけじゃないだろ」

 吐き捨てるように言い、リオの方を見たので、少し肩が震えた。

「いいえ、見たままですわ。これから検証しなければ、分からないことばかりですもの。…いい加減、離して」


「大丈夫、あの2人いつもああだから」

 横でシャインが小さく呟いて、ポンポンと肩を叩いた。

「沢山の騎士団が証人だ。納得できるような報告書を待つ」

 言い捨ててマイヤーの腕を離し、騎士団の群衆の中に消えていった。


「さ、行きましょう」

 マイヤーがシャインとリオを促してテントまで戻る。マイヤーは掴まれた腕を少し気にしていた。

 テントにはルーカスが戻っており、荷物を纏めてくれていた。

 シャインが探していた事をルーカスに告げると、救護用テントで配給の缶詰を火の魔術で温めて怪我人に配っていたようだった。その後、移転魔術利用者は全て帰れたらしい。


 ルーカスが戦闘と関係ない所に居て、ホッとしたみんなは、色々なことがありすぎて無言で馬車に乗った。

 発車した途端に眠気に襲われ、王都まで帰還したのだった。

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