第48話 カメオのブローチ?

「あ…」

 広げた手の中には、楕円形で、大きさ、重さも、ちょうどカメオのブローチに良く似ている物があった。

 とても綺麗な水色で、アクアマリンの宝石のように輝いていた。

「素敵ね!」

「綺麗だね」

 マイヤーとルーカスが覗き込む。


「これ、模様が透けて見えるけど、裏じゃないか?」

 最後にニールがリオの手の中の物を覗き込んで、それをひっくり返す。


 表に向けられた、その中央には何か白い模様があった。

 何が描かれているか、みんなでムムムと観察する。

 あ、これ…横顔っぽい?


次の瞬間、のけ反りながら、みんなで叫んだ。

「「「「これ、あの魚の顔だ!」」」」


 裏に返すと綺麗。表を向けると怖い。

 首の長い、口を開けた横顔。

 じーっと見ていると、カメオ…かめお…亀夫!

 亀夫!

 なんと、名前が付いてしまった。

 しかも、和名!


「宝石でもないし、何でしょうね。ルーカスさん、リオちゃん、紫の煙は出てる?」

 マイヤーに言われ、ルーカスと目を合わせ首を振った。

「出てないですよ」

 答えたのはルーカス。

「なんだかそれ、水系のものを感じるね」

 ルーカスがヒョイと持ち上げた。

「オレ、火系だから合わないかなぁ?でも、日に透かすと綺麗だな」

 そう言って、空に向けて亀夫を太陽に向ける。ルーカスの瞳の方が少し濃い色をして、とても神秘的で綺麗。


 そのうちルーカスがリオの方を向いてニッと笑った。そして妙な動きで、

「えいっ!…こうか?…えいっ!」

 と、亀夫を左手に持ち、右手を振り下ろす。少しずつ違う動作をして、首を傾げていた。

「何してるの…」

 マイヤーは呆れた調子で、亀夫を早く見せるように、と手を差し出すがルーカスは亀夫を渡そうとしない。

「いや、こうしたら水系の魔術使えないかな〜?と思って」

「火系とは相性悪いからね。風か木なら使えそうだけど」

「じゃあ、先生の土系ならどうでしょうね」

 ルーカスから渋りながら亀夫を渡されて、マイヤーも同じような動作をしてみる。

 だが、何も起こらない。


「その魚の命を託されたんだから、その宝石を使えるのであればリオさんではないか」

 背後から、ずっと行動を見ていたニールがリオを見た。

「そうね、リオちゃん試してみる?」

「いや、私、魔術使ったことないので」

 手から火が出たり、水が出たり、土を出したり、そんな魔術らしい事したことがない。

「何言ってるの。毒を見られるじゃない。それって、立派な魔術よ」

「うんうん、毒眼だよね」

 どくがん?独眼竜!と、来れば当字で『我が名は毒眼流リオ…!ババーン』と言いたくなったが、ここのメンバーは誰もそんなこと知らんし。ちょっと悲しい。


「では、やってみます」

 はい、とマイヤーからそれを両手で受け取る。

 リオは土壁の向こうの木に当たるようにして、両手をピースの指を閉じた形にした。ピストルのポーズっぽい。亀夫は両手の中にいる。


 そして、土壁の向こう側の木に『倒れろ〜⭐︎バーン』と何となく心で掛け声をかけた。


ドーン!


 全員「は?」と言う顔である。

 リオの指先から大量の水が出たかと思うと、木は大きな音をたてて土壁に乗り、根がひっくり返ったように転がって止まった。


「は、ははははは!」

 突然、マイヤーが狂ったかのように笑い出した。どうやら、楽しく感じたらしい。

「おいおいおい…」

「どういうことよ、リオちゃん…」


 少し足元がふらついて、ルーカスが支えに来る。

「大丈夫?あんな魔術使ったから、精神力がけずれた?」

「ありがとうございます。まさか木が…」

「倒れるとは思わないよね…」

 

 リオが持っていたら危ないということで、マイヤーに亀夫を没収される。

「うーん、これは上に報告しなきゃ不味いよね…」

「ははは、そりゃ、そうだろう」

 ニールとマイヤーの2人は何か作戦を練るようにボソボソと話していたが、お互い納得したのか、こちらに向かって歩いてきた。


「鳥のところへ向かいましょう。もし、騎士団が捕まえられたら、魚と同じことをしてみて欲しいの」

 何したかな…。三枚おろし風にニールが捌いて…。

「鳥も小型ナイフで捌きますか?」

「いや、捌かない。結局捌いたところで消えたしな」

 魚部分の切り身自体もこのカメオの中に入ったようだ。

 しかし、あのワイルドに捌く行動を起こしてくれたからこそ、手を合わせようという感情になったのかもしれない。


「しかし、今日はもう日が暮れてきそうだし、状況を見て一旦戻った方が良いかも知れないな」

 ニールは腕を組みながら遠くの山々を見上げた。日が沈みかけて、空がオレンジ色になりそうだ。


「そうね、ちょっと連絡取ってみる」

 マイヤーはサッと腕を撫で、黄色いヘビを出すと水辺に浮かべた。ヘビは沼の水に潜る。

 ヘビは少しして帰ってきた。それはマイヤーの手の中へ戻り消える。手紙が手の中に残ったようで、それを広げて一通り目を通した後、みんなに報告した。


「リンクさんによれば追跡中、鳥が休憩に使う場所が見つかったそうよ。数人監視の上で、一旦退却ですって」


「ほぅ、じゃあ私達も帰るか。私は怪我人を移転装置まで連れて行くが」

 ニールがそう言うと、マイヤーは残念そうに2人を見た。

「怪我人以外は馬車ね」

「私は家に帰ってはダメでしょうか」

 リオは目の前の家を指した。

 水没して傾いた家の中がどうなっているのか知りたいし、どうせ明日もここに来なければならないのなら、泊まったほうが楽だからだ。


「気の毒だけど、あの時、ダメって言ったよね」

 マイヤーが優しく頭を撫でる。

「はい、前日に言われました。研究室所属なのでダメと」

「はい、よろしい。では帰りましょう」

 そのまま頭をポンポンし、背中を押す。リオはリュックに小型ナイフを入れた。


 その間、ニールは家を外から見て、マイヤーを呼んで何か話し合う。

「そうね…。リオちゃん、何か、家の中から取っておきたいものはある?」

 どういうことだろう。これは聞いといた方が良いかも知れないと勘が告げる。

「どうしてですか?」

 うーん、とマイヤーはあの時のジェリスと同じような困った顔でリオを見た。


「沈みかけているんだよ、家が」

 呆気なく答えたニール。

「そのうちに、と思っていたけど、もう完全に戻れないかも知れないそうよ、ごめんね」

「…分かりました」

 水没した時から覚悟していたし、子供が手に負えるような泥水の状態じゃなかったし、何となく分かっていたから。

「重いですけど、良いですか?」

「重い?」

「薬研です」

「分かった、持とう」

「良いよ、オレも持つ」

 ニールとルーカスが申し出てくれたので、鍵を開けて家に入る。

 中は水深が十五センチほどになっていた。歩くたびに軽い泥が浮くから、3人でジャバジャバ奥まで進んだ頃にはかなり濁っていた。


 確か薬草棚の前に置いたはず。薬研のコロコロするスリコギ部分の上部が見つかり、持ち上げる。

 皿の部分に水が入り込み、水を抜こうと持ち上げようとするが、かなり重たい。

「リオちゃん、それだね。ちょっと後ろに行ってて」

 ニールとルーカスが2人でそれぞれを持ち運び、何とかマイヤーの所に戻ってこられた。


「薬研だけで良かったの?」

 マイヤーはもっと何かを持ってくると思っていたようだ。

「はい。これは母が大事にしていた物なので。ニール先生、ルーカスさん、重いけどお願いします」

「うんうん、大丈夫!」

「問題ない」

 すみません、ともう一度お辞儀し、リオはリュックを背負って歩き出した。


 一行は今日、何度も往復した沼地へ続く道を歩く。全てが水浸しになっていて、ここら全体が沼地という名称になるのでないかと思うほどだった。

 マイヤーはヒールの高いブーツ仕様の靴だったが、もう時期に中へ染み込みそうだと残念そうな顔をしていた。


 池があった場所で、ニールが水没しかけた話をして笑っていると、森の方から騎士団が現れて合流することになった。


 どうやら、鳥を追尾していた集団らしく、その中にリンクもいた。

 班長という立場から、班を先導して歩いていたのだが、後方の年配の騎士から声が上がる。

「リンク班長!あれ、鳥じゃないか?」

「くそぅ、フラフラと…」

「あっちは沼地か、またあそこへ行くのか?」

 騎士団は号令をかけ、整列して沼地へ向かって行った。


「私たちも行きましょう」

 リオ達はみんなで騎士団と同じ方向へ走り出した。

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