第47話 ニールはワイルド

 家路へは、医師ことニールと急ぐ。

 

 イーヴァル兄弟と出会った場所もすでに水没していて、かなり広範囲に沼の水が侵食していっているのが分かる。


 行先全てに薄紫の煙が出ていて、宿屋の親子の持つ、土、風、水の力が蔓延しているような雰囲気を感じる。


 とか、真面目に考察しているのに、ニールという医者は、とんでもない方向音痴ときた!

「あああああ、そっちは森へ行く道ですって!」

「え?」


「きゃぁぁぁぉ!そっちは、池です!今、地面と池の境界線がなくてヤバイんですって!」

「おお、どんどん沈む…」

「ヒャぁぁー、せ、せんせー!」


「水がない?こっちか!」

「そっちは、ソール村の方面です!自信を持って進まないで下さい!」


 手間のかかる大きな子供のようで、連れ戻すのに疲れた…。

 たった15分の道のりが何でこんなに疲れるのか…。大型犬用のリードが欲しいと、こんなに切実に思ったことはない。


「もう少しで家です」

 案内した時だった。

「お。魚がいる!」

 少し遠いが大きい。家の左側の木の近くにいた。2メートルはある。嫌な予感しかしない。なんだろう。二回言うけど、本当に嫌な予感しかしないのよ、顔が。


「あれ?」

ほら、この世界、スマホやパソコンがないから目が良いでしょ。だから、分かってます。ニールは今気付いたようですが。

「あれ?あの魚、顔が人か!?人が魚?魚が人の顔?」

 そうそう、今もいるのです、人面魚。ニールも随分混乱しています。


 もう、真っ黒の煙出していますよ。でも、初めの時はそんな事がなかったから、産まれたてだったとか?

 産まれたて…?

 あのおじさんの顔で産まれたてとか…怖すぎる。


「リオさんは、煙が見えるとか…」

「はい」

 よくご存知で。

「ふむ…今、見えるか?」

「はい、濃い紫色の煙です」

「どういう意味だろうか、その色は」

「色は全て紫色なんですが、濃さが違います。あの魚は真っ黒に近いので危ないと思います」

「へぇ、面白い」


 この「へぇ面白い」って誰か言っていなかっただろうか。

 家に近づくにつれ、水深が増して来た。現在、十センチほどの深さで、2人でざぶざぶと進む感じになっている。

 もう、家は完全に浸水です。

 この辺りに魚が居たはずなんだけど…。

 ニールも探しているのかキョロキョロと辺りを見渡している。


「リオちゃーん!」

 家のポーチと思われる場所からルーカスが手を振っている。隣にはマイヤーもいた。

 家もボロボロだ…。多分、雪が降ったら潰れてしまうだろう。


 でも、2人とも無事だったんだ、と安堵する。

 マイヤーの研究熱心さはすごいものがあるけど、常に危険と隣り合わせの人なのかも知れない。


「しかし、この家は、もうダメだな」

 ニールはポーチの柱を手で掴んでグラグラと揺らした。

「お兄様、お止め下さい」

 マイヤーが冷たく静止する。

「お兄様?」

「そう。あ、リオちゃんは知らなかった?私たち、兄妹なのよ」

 えー!そうなの?どちら様も優秀であられて…。

 リオがルーカスの方を見ると、困った顔をして小さく頷いて見せた。

 お守り仲間、ということでしょうか?何となく分かります。


「それで、戦況はどうなんだ」

「鳥の方は捕縛、封魔布に包まれ後、羽で布を切り裂き逃亡中。土の方は泥人形になった後、石と共に消滅。魚の方は、現在不明。現在、部隊は鳥を追跡中」

 マイヤーがニールに淡々と述べる。

「ふぅん、宝石の研究材料は消えたわけか。でも、魚なら、さっきまでそこに居たが」

「うそ!ルーカスさん、見た?」

 マイヤーはニールの指した方角を素早く見る。

「ううん、オレ、リオちゃんを見てた」

 え…。どういうこと?

「胴付き長靴、可愛いよね!滅多に着ない服だからレアでしょ」

「ありがとうございます」

 女児専用ピンクの胴付き長靴だから、女の子仕様で特別なのよ。

「あ、荷物重そうだね、持とうか?」

 そう言いながら、リュックの背に回り素早く脱がせる。

「お。結構重いね、頑張ったね!」

「すみません、持って頂いて」

「大丈夫。オレ、普段はもっと重いの背負ってるし」

 キ、キラキラ〜。十代の笑顔、ま、眩しい…。


「あー、あの石を持ってた時、欠片でも削っておくんだったー!でも、まだ鳥と魚が居る。あの首を取って…」

 マイヤーはリオとルーカスの話題には興味ないのか、隣でどんどん後悔の念と今後の対策について話し出す。

 ニールはニールで、話を聞かず辺りを見渡す。

「怪我人は居るのか?」

「今は居ないわ。鳥は逃げ、土人形は消えたんですもの。後、魚は水にさえ入らなければ攻撃して来ないしね」

「なら、土で追い込むか」

 ニールは何か勝算があるのかニヤッと笑った。

「そうね、追い込み漁かしら?」

 リオはマイヤーと少し目が合って、何か思い付いたように目を輝かせた。


「ルーカスさん、リオちゃん、煙の濃く見えるところを教えてもらえるかしら」

 煙の濃い所…。

 2人で水面を凝視する。

「リオちゃん、あの辺りじゃない?」

 ルーカスが指した所は木の影になっている所で、少し浅瀬になっているように見えた。

 他にも濃い所がないか探す。しかし、ここから見る限り、ルーカスが指摘した場所が濃いようだ。

「そうですね、ルーカスさんの指摘したところが濃いです」


「じゃ、木の周りを…」

 ニールが神に祈るように胸に両手を組み、木の方向へ勢いよく両手を広げた。

 木の1メートル周囲を結構な高さの土壁が覆う。

「私はその周囲を埋め立て?」

 そう言うとマイヤーは額に右手二本指を当て、何か祈った後、木の方向へ突き出す。土壁の周囲に2メートルほどの地面が出来た。

 この2人、小さい頃にこんな遊びをしていたのかも知れない、と思うほどの手際の良さだった。

「早く行きましょう」


 みんなで玄関ポーチから駆け出し、木の根元へ向かう。

 煙が以前より濃くなっており、中で魚がビチビチ跳ねているのが分かった。

「お兄様、上手く出来た感じね!」

 ウキウキした調子で土壁をジャンプし、腕を引っ掛けて中を覗き込んだ。


 が、マイヤーの顔色が瞬時に変わる。

「うわ…こわっ!」

 ですよね?

 ルーカスもリュックをリオに渡すと、すぐに土壁に上がり、中の魚を見て絶句する。

「…うっ、怖すぎる…」

「えぇ…」

 そんな言葉にならない言葉でも、マイヤーならば、きっとお持ち帰りしたがるだろうなと予測する。


 リオはリュックの中から痺れ薬と麻酔薬を多めに取り出し、池の水で団子状に練り合わせた。

「後は、私がやろう」

 リオの行動を見ていたニールが、調合薬を貰い受ける。


 麻酔団子を持ちながら、ニールは土壁に登る。登り切った頂上の土壁を左手で撫でると石の塊が出来、それを魚の尻尾に投げ当てる。

 驚いた魚が土壁以上に飛び跳ねた瞬間、ニールはおじさんの口の中へ団子を入れた。

 おじさんはそれを食べて、一瞬白目を剥く。

『うわぁ、おじさん、白目あったんだ』

 と、思うと同時に煙の色が消えた。


 ビリビリと痙攣した魚をニールが抱え降りてくる。

 その魚をバンと地面に叩きつけ、気絶させた。

「さすがお兄様…」

「もう、漁師ですよ…」

 ルーカスが呟く。

 ニールは意外とワイルド…あの助手の言っていたことは本当だったんだなと思った。


「さて、ここからどう持って帰るか…」

 腕組みしながらマイヤーが言うと、

「おそらく、持って帰ったところで霞となって消えるだろうよ」

 ニールが魚の近くにしゃがみながら言った。

「リオさん、メスある?」

「小型ナイフなら」

「それで良い」

 大きい手にリュックから取り出した小型ナイフを渡す。

「どうするの!お兄様!」

「ん、三枚おろし」


 三枚おろし?!

 普通の魚かよ!とニール以外、みんなが顔を見合わせる。


 ニールはごく普通の魚のように、魚の腹部にゆっくり小型ナイフを入れて、三枚おろしにした。

「マイヤー先生、今、煙は出ていません」

「えっ?そうなの?どういうこと?」


 リオはルーカスと目を合わせたが、2人とも理由は分かるはずもなく、お互いに首を傾げた。


 三枚におろされた『おじさんの魚』は、怖いことに目を見開いたままリオを見ている。

 こういう時って、目を閉じてあげた方が良いよね。

「安らかにお眠りください、南無阿弥陀仏」

 怖いけど、まぶたをゆっくり下ろしてから、両手を合わせた。

 

 その瞬間、魚の頭と部品、リオの手が眩しい光に包まれる。

「ム?」

「なにそれ!」

「どういうこと?」

 それぞれがリオに向けて感想を言うが、何が何なのかリオにも分からない。


 手に何かあるような気がして、合わせていた両手をゆっくりと開いた。


 そこにカメオのブローチっぽい楕円形の宝石があった。

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