第46話 いざ救護用テントへ
いつもなら獣道で枯葉や雑草が生えている道が、水没してぬるぬるしている。
非常に歩き難い。でも、長靴なので乾いたところを探して歩く手間がないだけでも大助かりだ。
しかし、往診用の大きいリュックを背負って歩くと、小さいリオの身体ではバランスが悪いから注意が必要だ。
少し歩く。いつもなら池が見える場所。
でも今日は、全体的に浸水しているから、どこが池なのか地元の人でないと分からなくなっていた。
それに、紫の煙がなんだか濃くなってきているような気がする。
さっき見た『おじさん』の魚は、鳥ほど煙は濃くなかった。
なんでだろう…考えながら歩いていると、背後からイーヴァル兄弟が追いついた。
「ありがとうございます」
立ち止まり、護衛にお礼を言う。
「無事だったんだね、ちびっ子」
「どうなるかと思ったね、ちびっ子」
「リオちゃんって呼んで良いかな?」
「はい、よろしくお願いします。お兄さん方はどうお呼びすれば良いですか?」
「みんな俺たちの区別が付かなくて」
「ワシら三つ子なんだ、リオちゃん」
「だからイーヴァル兄弟でいいよ」
「分かりました」
鳥との戦況は、リオとイーヴァル兄弟の作戦が功を奏して、追い詰めることが出来たようだ。
ただ、痺れ薬の耐性が付いたかも知れないので、鳥にはもうあの作戦は無理かも知れないらしい。
おじさん顔の魚については3人は知らないらしく、怖がったり、興味を持ったり、それぞれ感想を言いながら、無事、木を切り倒していたところまで辿り着いた。水浸しでないところは久しぶりの感覚だ。
そこから木を乗せたソリを引くので、リオも一緒に引っ張って、救護用テントに辿り着いた。
イーヴァル兄弟には、救護用テントに入る前にお礼を言った。
弓矢を返そうとされたが、返されたところでリオは使えない。そのままお持ちくださいと半ば押し付けた形となった。
-------------⭐︎-------------
救護用テントに入る。
戦闘現場が移動したので、ひっきりなしに人が入ることはなくなったようだ。
無愛想なニールが椅子に座って腕を組み、疲れ果てたのかうつらうつらとしていた。
リオは起こしたら悪いと思い、少し離れたところで荷を下ろす。
ずっと背負っていたから、下ろした後、首や腕を回して関節を解していた。
「ちょっと!」
子供の声がした。自分以外にも子供が居たのかと思いながら、リュックの荷を解く。
地面にシートを敷いてから、調合できそうな薬草、調合済み、処置道具など、分けておく。
「ちょっと!聞こえてないの?!」
キンキンした耳障りな声に振り向くと、アイドルのような顔をしたツインテールの女の子が後ろにいた。
「私?」
「他に誰が居るのよ」
小さいくせに腕組みをして、斜め上から見下ろす女の子。威張りん坊さんか?歳はリオより少し下だろうか。
「何か用ですか」
こういう子でも貴族かも知れないので、一応敬語を使う。
「あんたね、師匠がどれだけ待っていたと思ってるの?分かる?挨拶しなさいよ!」
師匠…?この子は、ニールの言っていた助手なのだろうか。
無愛想なニールから言われるならともかく、こんな威張りん坊に言われる筋合いはない。
「名前を名乗らない人と話すなと、生前母から言われておりますので、ごめんなさいね」
心の中で『オホホホホ』を付け足す。
これは、あの『仮面舞踏会の怪人』でのセリフの一つだ。
やっぱり、本は読むべきよね。著者の人生経験の言葉をアレンジして仕返しよ。
とにかく女の子は放置して、道具の点検をしていく。
女の子は言い返されるとは思ってなかったようで、ムッと口をつむぎ黙って睨んでいた。両手でワンピースの裾近くををギュッと掴んでいる。
この子はリオの周りにはいなかった、のっけから強気な珍しいタイプの子供。自分の対応も少し、おとなげなかったかも知れないが。
やれやれ、ここは折れるか。
「私はリオ。あなたは?」
これでちゃんと受け答えしなかったら話さないよ、という感じで睨み返した。
「わ、わたくしはコトラ・リエブレ」
名字があるってことは、やっぱり貴族か。コトラ…子虎。漢字にしたら、なんか覚えた。
しかし、こんな高飛車な子供…『仮面舞踏会の怪人』でも読んだ方が良いんじゃなかろうか。傲慢なお姫様は、良い縁談に恵まれませんよ?
「私は家に薬剤を取りに行きましたが、行った先で魔族が追いかけて来て、更に新種の魔族も現れ、家は水浸しになりました。騎士の方に助けられてようやくこちらに来ることが出来ました。遅くなったかも知れませんが、理由はあります」
つらつらと事実を述べる間、ジッと大きな瞳でこちらを睨むコトラ。
「それでも師匠は待っていたし、一言声をかけるべきではないの?」
ニールを見るとまだ小休憩中のようだった。
「コトラさんが薬を取りに行かれている間、先生はとても忙しかったのです。今、患者は少ない状態だから、休めるときに休まなければ先生の体が持ちませんよ?」
「いいえ、挨拶はすべきでしょ!?師匠はもっと過酷な場所で診察をしていたから大丈夫なんだよ!」
大丈夫かどうかはあなたが決めることないでしょう…と思ったけど子供には無理か。
「コトラさん。あなたは私に何をさせたいのですか?師匠に一言声を掛けろ、と言われましたよね?それで納得するのですか?」
コトラは目線を合わせずに小さく頷く。…この子、野良猫のようだなと思った。
リオはおもむろに立ち上がり、ニールの近くへ行った。腕組みしている腕に、ちょんちょんと人差し指でつつく。
「ニール先生、リオです。戻りました」
「ん…、あ、んあぁ」
よく分からない返事をし、ガクッと再び寝る。
これでいいんでしょ、という感じでコトラを見ると、ツンとそっぽを向いた。
こういう、やってもやらなくてもどうでも良いことをさせて、マウント取る人、いるよね。くだらない。
今度は言うこと聞かないから。
先生は見た目、二十代後半。疲れているだろうに、こんな世間知らずの我儘お嬢様の相手も大変だろう、と同情せずにはいられない。
貴族の幼児教育ってどうなっているんでしょうね、全く。
物事を考えながら薬草を捌く。小型すり鉢と木のスリコギで薬草を粉砕しながら調合する。サラサラになって混ざったら、薬包紙に包む。
その光景を医師の近くで立ったまま、腕組みをして見るコトラ。まるで見張られているかのようで居心地悪い。助手ならニールのサポートで、患者の様子見とかをやらんかい!
それから十数分経った頃だろうか、ニールが「うーん」と伸びをした。
「先生、あそこ」
コトラがリオを指さす。君は、人を指すんじゃない、と教えられなんだか!
「あ、リオさん、薬剤は」
「ここにあります」
行商人のように薬包紙を種類別に並べて置いてある。
ニールはそれぞれを一つずつ開け、薬を揺すったり、香りを嗅いだりした。
「うん、良いものだ。これはリオさんが?」
「はい」
ふむ…と、顎に手を置き、なにかを考えている様子。
「助手が持ってきた薬があるから、これは片付けなさい」
コトラが少し勝ち誇ったような顔をしているのが見えた。
リオは言われた通りに店開きした物を、またリュックに片付けた。
片付け最中、リオとニールの間をリスが駆けて来て、するするとニールに登って消えた。ニールの伝令なのかな?
ニールは、ふむ…とまた顎に手を置いて考え込む。
「戦いの現場が移ったようだから、そっちへ行かないとな」
「師匠!わたくしは?」
「コトラさんは引き続きこちらで、皆の手当てを」
「はい」
コトラが得意そうな顔でこちらを見る。そのドヤ顔の意味が分からん。ライバルか何かと勘違いしてない?
「私はリオさんと行く。リオさん、現場はリオさんの家の方だと報告が来たが?」
「はい、そうです」
「うむ。では行こう。その長靴の服を着て」
「はい」
…本当、何してるんだろうと思う。
だけど、ここで拒否出来ないよね。自分の家のことと、人を助けだもん。
頑張ろう…。
リオは胴付き長靴を着て、リュックを背負い、再び家へ帰ることにした。
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