第36話 毒の検証 その3/3

「疲れてない?」

 リオの肩を抱くように引き寄せる。

「はい、大丈夫です」

「小さいのに頑張るから心配だわ」

 ニコッと笑って、肩から手を離す。


 リオはマイヤーの行動に少し驚いた。

 でも、自分も天涯孤独になった子供が近くにいたらそうするかな…?


「…悔しい、悲しい、憎い…ね」

 マイヤーはペンを机にトントン叩きながらこの言葉を繰り返す。


「…感情を詰め込んだ石ということ?」

 ぶつぶつと独り言っぽく言う。

「消えた宿屋の家族…、石は主人の感情、人間から鳥になった妻、未だに不明の息子…」

 うーん、マイヤーが腕組みをする。

 リオは目の前の紅茶を入れ直して渡した。

「美味しいわ、ありがとう」

 上品に微笑む。こういう笑顔が出来る人はすごいなぁとリオは思った。


「もう少し、何か手がかりがあれば、繋がりそうなのに…」

「手がかり?ですか?」

「そうなの。この世界の混沌の原因『澱み』と呼ばれているものは知っているかしら?」

「はい。人が作り出した不安や憎悪が『澱み』を作って、それが魔獣を作り、魔獣が魔族を呼ぶと聞きました」

 リオが知っている情報は噂程度でしかない。

 マイヤーは少し笑いながら、そうねと頷く。

「それって、誰が言い出したのかしらね?」


 どういうこと?王都の偉い研究者や専門の学者が発表したことではないの?


「この噂って、どこからともなく広がったものだとしたら、どこからだと思う?」

 質問の意図が分かりにくい、でも頑張って考えてみる。

「王都の研究者が発見したのではなかったってことですか?」

 まず、先程考えた可能性が高いと思われることを質問する。

「違うのよ。王都には『澱み』はないから」


 王都には澱みがない…?不安や憎悪がないから?いや、そんな事はないはず。人々がいる限り、不安や憎悪はあるし、人口の多い王都の方がむしろ感情が渦巻いているのではないかと思う。


 結界で防ぐことは出来るのは、澱みを発生源とした魔獣を呼び寄せないこと。人々の感情とは、また別に切り離して考えるべきよね。


 そう言えば『澱み』の発生源は、主に沼地や山林の多い国境周辺という噂もあった。


 その付近から広がったとしたら?

 リオは垣間見えた宿屋の主人の石のビジョンで少し考えをまとめる。


 宿屋のご主人の悲しみや恨めしい気持ちは、誰かに騙されたり裏切られたりしたから?そういう人の気持ちが強すぎて石が出来るとか?


「マイヤー先生、『澱み』は沼地以外にどういうところがありますか?」

「沼地以外には、山林や森の深くね。火事跡地もあったわね」

「そこは未だに『澱み』としてあるのですか?」

「ええ、あるわよ。近づこうとするとみんなの具合が悪くなるんだもの。人の気配がなくなると、魔獣が来るでしょ?負のループで」


 人が近づきにくい…。そりゃ、魔獣が出るんだものね。

 でも、それ以外に違和感はなかった?

 

 リオは家の裏の沼地を思い出す。母が亡くなってから『澱み』がひどくなっていった。

 『澱み』は霧のように霞んで、前方を遮る。ウォッチャードッグを見かけた時は、危険だと見つける前に分かった。

 なぜ分かったのか…?

 ゆっくり前進するウォッチャードッグに付随するように、纏わりつく煙。

 そうか、紫の煙が出ていたのだ。だから、危険を察知したのかも知れない。


「私の家の近くの沼地なのですが、今思えば、魔獣がいる時は、うっすらと紫色の煙が出ていたように思うのです」


 やっぱり沼地でも見えていたのね、と嬉しそうにマイヤーは前置きする。

「あの石の発見、リオちゃんやリンクさん、ルーカスさんの見えたもの、それらを合わせて仮説が成り立つのよ」

「仮説、ですか?」


「そう。あの石は、宿屋のご主人本人。沼地には息子が石として埋まっている…これは、考えが行き着いた結果ね」

 ハハハとマイヤーが曖昧に笑う。


「リオちゃんには、あの石の記憶が見えた。リンクさんはあの石の属性が見えた」

 リオは頷く。

「その2つだけでもあの石はご主人の石よね。どうやってそうなるのかはこれから解明しないといけないけれど、その鍵を握っているのが奥さんよ」

「鳥の…」

「そうそう、それもリオちゃんが『奥さんに似ていた』と言ってくれたから繋がったのよ」


「ご主人が土、奥さんが風、息子さんは水?」

 リオはマイヤーが言ったことを思い出した。

「そうね、リンクさんが現地で調べてきたことよね。更にこれから調査を進めようとして、今彼ら三団は整備中なの。整備が出来たら、リオちゃんにも沼へ行ってもらうことになるわ」

「はい」


「あの石は土系。ご主人が行方不明になって、奥さんが持って帰って来たものかも知れないわね。そして、紫の煙だという『澱み』に当てられ、風系の奥さんは鳥になった。息子は水系、沼地に潜んでいるのではないかしら?という仮説よ」

 まるで舞台女優のように、テーブルの周囲をまわりながら説明するマイヤー。

 すごく様になります。でも、グルグル動かれると頭に入ってこないんですよ…。


「えっと、沼地から煙が見えたから、水系の息子さんが居ると…?」

「そう。奥さんは彼を守っている。鳥になって」

 鳥になって守る?!風の属性だから?

 にわかには信じられないことだが、風の属性のジェリスが小鳥を伝令に使っているのを見たし、あながちありえない話ではないなぁ、と思って天井を見る。


 昔、何かの漫画かアニメで、伝令として使役する代わりに、その主人は身を喰われるという話があったような…。

 それみたいだわ、と何となく考える。


「どうしたの?何かまた、思い出したの?」

 意外と鋭いな、マイヤー女史。

「いや、昔見た、本の異国の話を思い出しまして…えへっ」

「で、どんな話?聞きたいわ」

 ぶりっ子しても逃しまへんえ、という笑顔が怖い。


 たぶん、彼女は色々な話をたくさん聞いて、自分の中で再構築するのが好きな人間なのだろう。少し腹を括る。

「うろ覚えなのですが…」

「問題ないわよ?」

「魔術を使うためには使役と呼ばれる魔族と契約する国がありました」

「へぇー、魔術が使えない国…?」

「そうです。その魔族と契約すると、自分の命が尽きた後に身体を差し出す事になるんです」

「食べるってこと?」

「はい。そうすれば魔族がより強くなるからです。その国の魔族は長命なので、遊び半分人間に付き合うんです。なんだかそれを思い出して、奥さんが使っていた伝令が鳥で、死後、その鳥と合体したのかと想像しました」

 へぇ面白いね、とマイヤーは呟いた。


「でも、どうしてそんな事を思い出したの?」

「どうしてでしょう…。奥さんになった鳥の姿と、同じ風系のジェリスさんの伝令の小鳥が、その物語が少し重なったのかも知れません」

 マイヤーはリオの説明したことをメモした。


 そして2枚ほどメモを見返して、眉を挟める。

「そう言えば、奥さんの鳥の姿を描いたわよね、リアルに。持ってる?」

「はい」

 リオは描いた紙綴りを見せた。

「うっ」

 ちょっと今、うっ、って言いませんでした?公爵ご令嬢!?

「これを今整備している三団、続く一団、二団に見せますね」


 え…。みんなに見せるんだ、この恐怖漫画絵。

 やっぱりこの世界は、ホラー系の漫画だったのかな、とリオは思った。

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