第35話 毒の検証 その2/3

 一旦、リオはマイヤーに紅茶を入れ、お互いに一息つく。

 マイヤーが持って来た薔薇の花のジャムを入れて、少し甘めにした。

 公爵家にバラ園があり、料理人がジャムにしてくれる、とのこと。

 本当に羨ましいことです。


 ちなみに薔薇ジャムはビタミンCが豊富なので、口内炎ができた時やニキビに良いです。だからマイヤー先生はお肌ツルツルなんですね。


 2人で薔薇ジャム談義で少し盛り上がった後、毒の検証を再開する。


「じゃあ、次は強毒に行きますね。これはレベル5。どういう風に見える?」

 モワモワとした煙を出すキノコを指す。

「これは黒っぽい感じです。もちろん紫の煙も濃いです」

「この黒っぽい感じってのは、物自体は判別出来るの?例えば、暗闇の中で、毒キノコを見て分からなかったり、そういう事はないの?」


 リオはマイヤーの書いたピラミッド型の絵を見ながら「うーん」と考える。


 確かに小さい時は真っ黒っぽいものは良く見えていなかったけど…。ピントを合わせると見えるようになって…。


「小さい頃は分からなかったのですが、毒のある黒いものを見る時は…」


 目に力を入れれば見える切り替えフィルターのようになっていることを、どう説明したものか…。

 眼科で眼鏡が必要な時した検査のように、眼鏡の中にレンズを入れ替えるような視点の合わせ方、そんな感じかな?


「私は毒が見える2つの眼鏡を掛けていると思ってください。1つ目の眼鏡では煙だけ、2つ目では物そのものの毒が見えます。それらを外せば毒無しでクリアに見られる、全部掛けたら重なって見える…そのような感じです」

「2つの眼鏡ね…。ふーん、面白いね」

 マイヤーのメモには『2つの眼鏡、4段階に物が見える?』と記載された。


「じゃあ次、中ぐらいの毒。これはレベル4の中毒、健康だった人でも毒になれば回復魔術をして2週間寝込むくらいかしら」

 裏側が赤い毒キノコを指す。

「これはマダラに濃い紫の色で、紫の煙が出ています」

 ふむふむ?マイヤーはメモる。


「次、毒。いわゆる、初期症状は腹痛。回復魔術じゃないと治らないくらいの。レベル3ね。これはルーカスが見えなかったのよね、悔しがってたけど」

 うふふ、と楽しそうにマイヤーは笑う。あの悔しがってた、ジャガイモの芽の部分。

「紫の色、薄い煙が出ています」

 なるほど、頷きながらメモされる。


「次、弱毒。レベル2。体力がある人なら腹痛くらい。弱者なら1週間ほどの療養が必要、そんな感じかな?」

 サイギリという葉を示す。

 サイギリは海辺周辺に生えている植物だ。煮れば毒素は取れるし、逆に毒を排出する薬になる。

 しかし、海水が付いて使い勝手悪い上、とてもレアな植物だった。


「サイギリですか、珍しいですね!」

 マイヤーの顔がパッと明るくなる。

「あら、博学ね」

「えーっと、これは…フワフワと紫の煙が出ています。葉っぱ自体に紫の斑点がありますが、茎は毒じゃないのでしょうか。茎は紫ではないです」

「なんですって?!茎は毒じゃないの?これ、後で実験してみるわ!」

 サイギリの茎を少しちぎってクンクン匂いを嗅ぎながら、メモしていく。


「次は…レベル1。微毒。この微毒は普通の人は食べても以上なし。弱者なら腹痛を起こす。えーっと、この葉っぱかな?」

 ん?これは紫陽花の葉?

「アジサイですか?」

「あら、よく知っているわね」

 日本に住んでいるときには、そこら中に垣根として存在していたし、植木鉢に育てていたりした。なんて懐かしい。


 紫陽花の葉って毒だったんですね、食べようとは思いませんでしたけど。

「うっすら煙が出てますね」

「うっすら煙ね…。食べれば嘔吐や吐き気をもよおすらしいわ。私たちは食べようとは思わないけど、貧困地域では子供が犠牲になるわね」


 そうか…。自分の村より、ここは豊かだと思っていたけど、貧困地域があるのかも知れない。

「貧困地域は王都内にあるのですか?」

「いいえ、王都から少し北へ行ったナンテっていう街にあるのよ。教会があるから、慈善事業的に孤児を育てているけど、なかなか運営は難しいわ」


 貴族はスラム化防止、防犯対策として寄附をすることが良くあるようだけど、公爵家としてのマイヤーもそういうことをしているのかも知れない。


「ふむ、だいたいの毒の見え方は分かったわ。…そして、次は石の問題よね」

「石の問題…あの、中に宿屋のご主人が見えた?」

「そうそう、それが何なのか」


 そう言ってガラス瓶を取り出す。前のガラス瓶とは違う形状をしていた。

「あ、入れ物違うでしょ。昨日、護符入り瓶を作ったのよ。これで封魔布なしで見られるし、煙も少な目」

 それで忙しかったのか…。

 このお嬢様、仕事人間だわ。てっきり夜会とかお茶会で忙しいものだと思っていた。


 ドーンとリオの目の前に、石入りガラス瓶が置かれる。

「見てみて!何が見えるか教えてね」

 ニコッと可愛らしく笑う。

「はい…では」

 その笑顔を男性に見せたらイチコロだろうに。と、思わず邪念が…。


 石は煙が抑えられたと言っても、やはりモワモワと出ている。テーブルをグルグル回りながら、見えやすい位置を探すと、つるんとした面に何かが映った。

 じーっと見てみる。


 ああ、やはり、この人宿屋のご主人だ。凄く悲しくて辛くて怒りが込み上げてくる。なんだろう、リオまで辛くて悲しくて…。


「だ、大丈夫??」

 ハッと肩を揺らされ、リオの意識が戻る。頬がむず痒くなり、手で拭うと泣いていたのか、水気が指を伝う。

「私……何分経ちました?」

「10分見ていたわ」

「10分も?…3分くらいの感覚でした」

 その事をマイヤーはメモする。

「うーん、リオちゃんの様子を見ていると、この実験はなんだか危険な雰囲気がするわ…。一旦、石はこちらに引き上げるわね」

 マイヤーはガラス瓶を後ろの棚に置き布を被せた。


「それで何が見えたの?」

「はい、宿屋のご主人の苦労した風景と、誰かに騙されて悔しがってたり、悲しがってたり、感情のようなものが入り込んできて…」

「感情が?石から?…だから泣いていたの?」

 いぶかしそうに首を傾げるマイヤー。

「…共鳴?かしら…。石から何かしら魔術が出ていて、それがたまたまリオちゃんが受け取れる…。しかも、負の感情ばかりよね?」

「そうですね、悔しい、悲しい、憎い、そのような感情ばかりでしたね」

 ふーむ。そう言いながらマイヤーはメモをした。


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