第18話 寮には罠がいっぱい

 食後、研究棟に続く女子寮に案内された。

 一階は食堂、受付嬢の宿直室、侍女の部屋となっている。

 二階に上がると一階とはガラリと雰囲気が変わり、ふんわりと明るい廊下にペルシア絨毯のような豪華な敷物。

 廊下奥には花瓶に豪華な生花が飾られており、花瓶も見るからに高そうである。壁には高そうだけど、なぜ高いのか分からないような絵画。奥に行くほど位の高い人らしい。


 ここは貴族ご令嬢の研究員もいるプライベートルームのため、他のどこよりも豪華となっていた。美術館に住むような感覚に陥る。


 階段上がってすぐの一室に通された。平民研究員用とのことだが、3畳くらいのキッチンと6畳ほどの居室。日当たりは良く、向かいの騎士団女子寮が見える。風通しも良く、部屋の奥まで届いていた。

 衣装部屋、シャワー、トイレも付いていた。ワンルームマンションのようだ。

トイレは何と水洗だ、豪華だ!


 少し奥の衣装部屋には10着ほどのワンピースが飾られており、どれもリオに合わせたような服だった。洋服掛け下のタンスには下着が詰まっていた。

 

 ベッドの向かい側にリオのトランクが届けられており、その上に手紙が乗っていた。生成色の封筒に鈴蘭のような花の絵が書いてある。とりあえず、それをベッドの上に乗せる。

 トランクを開け、中身の整理に取り掛かる。薬草は日陰になりそうなところに並べて置いた。


 ベッドへ戻り、座って封筒の鈴蘭の絵を撫でてみる。少し膨らんでいて立体的になっていた。


 ジェリスさんかな?と思いきや、エヴァからの手紙だったので、一瞬目を疑う。

 要約すると、

『腹痛を助けてくれてありがとう。お礼に服を送ります。俺は働いている(多分、お金には余裕がある)ので気にしないでね。そのまま持って帰って良いよ。また会えるといいね!そしてポテトモチは美味しかった。また食べたいです』

 結構な達筆だったが、堅苦しくなく、文章的にはフレンドリーなイメージを受ける。


 あなた、そんな感じの子だった?もしかして貴族特有の代筆とか?

 これ、お返事書いた方が良い??


 読み終えると昨日から様々な事が頭の中を駆け巡る。

 手紙を持ったままリオはベッドにゴロンと仰向けに寝っ転がった。


 白い天井を見てると、ここに来る前にジェリスに事前説明を受けたことを思い出した。


 貴族と平民は立場が違うので、人が通ると思ったら、なるべく顔を合わせないように自室にいること。でも、もし廊下で会った時は、背中を壁に張り付けて、手を前に重ね、下を向くこと。

 どんなことがあっても自分から話しかけないこと。もし、話しかけられたとして、何かを質問されたら答えるのみに徹すること。逆に質問したりしないこと。


 研究員は貴族であることを鼻にかけたりするような人は居ないけど、侍女を連れてきている人がいて、その侍女のご主人を守る気質が上下関係に厳しいらしいのだ。

 連れてきている侍女のことは特に言いにくそうにしていたが、そんなニュアンスで忠告を受けた。

 短い期間ですもの、影のように、前世は日本人だから忍者のように?動くこと、了解です。


 リオはヒョイっとベッドから立ち上がった。

 部屋の内部に、他に何かないか探険していると、衣装部屋の少し手前に開き戸があった。


 両手で開けると中は白いおしゃれな鏡台だった。化粧用かな?私には関係ないかな?と思ったが、この世界に来て、初めてクリアな鏡に出会った。


 自分の顔がハッキリ映ってる!

「ええっ!これ、わたし??」


 今まで家にあったものは鏡面部分が歪んでいた。顔の近付け方によっては、口が大きくなって目だけが小さくなったり、鼻だけ大きくなって、頭が小さくなったり、見るだけで怖くなる代物だったのだ。正直、顔といい、環境といい、自分は呪われている子なのかな、と思っていた。


 初めて自分を見た感想。

 びっくりするほど可憐な子。ゴールドピンクの髪は必殺仕事人侍女達によって綺麗にハーフアップにされ、薄いイエローの瞳は大きく、睫毛もビューラー要らず。くるりと上向き、顔がなんせ整っている。

 小学生にこんなに整った顔をしているとは末恐ろしい。そりゃ、侍女も張り切るはずだわ。いや、自分のことなんだけど!でも、初めて見たから自分の事とは思えない。


 えぇぇー?!と思いながら、頬を摘んだり、鼻を豚鼻にしたり、ひとしきりいろいな顔を楽しんだ後、化粧台の引き出しに気付いた。


 グイッと引き出しを開けると、スエードのアクセサリーを置く場所が出てきた。それをスライドさせると、なんと沢山のお手紙セットが出てきた…。

 お返事か。これは、書けということなのでしょうか…。


 と、いう事でエヴァに手紙を書く。

『お加減はいかがでしょうか。可愛らしい服のご配慮に感謝します。本日はジェリスさんに棟内をご案内頂き、とても有意義に過ごせました。煙の検証がどのようなものになるか分かりませんが、頂いた服を着て頑張りますね。ポテト餅、気に入られたのですね!また作りますので食べに来てくださいね。お身体大切になさりますよう』

 うーん、と唸りながら書いた。最後の文はおばさんくさいけど、まあいいや。

 はたして無表情な男の子は、ちゃんと読むのだろうか。


 そんなことを思っていた時、ドアがノックされる。

「はい、おります」

「受付です。リオ様、研究副部長から研究棟、第一実験室へお越し下さいとのことです」


 リオは慌てて戸口へ向かって開けた。貴族とか出会うと面倒だし、受付嬢と一緒なら問題ないと思ったからだ。

「すいません!下までご一緒しても?」

 突然飛び出たので驚いた顔をしていたが、そこはプロ、すぐ笑顔になった。凄く可憐なお姉さんだった。

「はい、良いですよ。あら、これはお手紙かしら?」


 手に持っていた手紙にすぐに気付いて、にこやかに手を差し出す。

「はい。昨日ご一緒していた第二騎士団のエヴァ様にお渡ししたいのですが」

 受付嬢はエヴァ様?と首を傾げて、第二騎士団に問い合わせて渡してくれることを了承してくれた。


 リオは無事、貴族と出会わず寮を脱出する事が出来たのだった。

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