第17話 女ハンバーグ師匠

 食堂は地下にあった。近くの階段から結構な段数を降りて蝋燭の灯りだけの薄暗い廊下を進む。


 突き当たると何枚かの重厚な開き扉があるホールに出た。扉自体が緩くカーブしているので、全体的に見ると円形になっているのかも知れない。後ろを振り返ると、色々な廊下の階段がここに繋がるようになっているようだった。


 突き当たった扉を開く。賑やかな話し声が聞こえて、左手奥には購買と調理場が見えた。

 手前は板張りに6人掛けのテーブルが並ぶ広大な食堂、その奥は窓ガラス一面になっている。窓ガラスの外はオープンテラスになっていて眩しい光が白いパラソルに反射している。外にもこちらへ続く階段があるのか、人がどんどん降りてくるのが見えた。

「あそこは訓練場から来る用ね」

 グラウンドから直に降りられるようになっているようだ。階段降りたらすぐ食堂、なんて育ち盛りの標語のようで笑ってしまう。


 オープンテラスは地下まで掘られて塀のように囲まれているからか、リオから正面に見える岩の部分は結構な勢いで水が壁面を流れていた。

「あそこ、滝のようになってますね」

「滝?あぁ、あの水ね。あの水は一昨日降った分よ。訓練場からの水が大半じゃないかしら」

 なるほど訓練場が水浸しだと不都合だからここに流れるように出来てるのか。

 流れ着いた場所には人工池があり、魚が泳いでいた。

「魚が居るんですね!」

「あぁ、非常食用に」

「ええ…」


 調理場に着くと、トレーを持った。並べてあるものを取るか、注文する。前世の大学生協っぽい。

「ほら!早く来たからハンバーグがあるわ!上のソースも美味しいのよ!この付け添えのミニキャロットと細切りポテトも美味しいしね!」

 つまり、全て美味しいんですね。

 突然テンション上げ上げのジェリスが、自分とリオのをトレーにパンと一緒に乗せて、窓のバーカウンターっぽくなっているところへ案内する。

 今までのクールさ加減が嘘のよう。


 高い机と椅子だし、どうしようかと迷っていると、トレーをテーブルに、リオはヒョイと椅子に座らされた。

 お礼を言うと、6人掛けテーブルだと色々な人が座ってゆっくり出来ないから、と肩を竦められた。

 ガラス窓越しに正面が滝のよく見える場所を確保出来たので、風景を楽しみながら食べる。

「食べながらで良いんだけど、これからの事について話すわね」

「はい」

「多分だけど、明日から研究棟で煙が見えた2人とシャイン副部長と何人かで検証する予定なの。その時は私は付き添いではなくなるわ、寂しくなるけど」

「はい、心細いです」

「私も見えれば良かったんだけど、適性がなかったみたいね。ほーんと、残念だけど…」

 仕方ないなぁとか言いながらハンバーグを一口食べて、ほっこりした笑みを浮かべた。


 リオもハンバーグをナイフで切る。ジュワーっと肉汁が出て、中から黄色いものがダラリと垂れた。

「あ!チーズ?チーズじゃない?チーズハンバーグ?当たりじゃない!キャー!」

 食事の動作をずっと見ていたのか、ジェリスがリオの肩をバーンと叩く。

 結構痛い。

「なかなか幸先良いわね!やったわね!」

 何が?どういうことよ?キョロキョロすると、みんな微妙な笑顔で見てくれた。


「良いこと?チーズハンバーグは限定食なのよ。外から見て分からなくなってるでしょ?何個作っているかも分からないの!昔、ハンバーグを並べてチーズハンバーグはどれだけ作られているか、みんなで『オープン・ザ・ハンバーグ大会』を開催ことがあったけど、30食の時もあったし、全部ハズレの時もあったわ!でもね、それを見ていたコック長が見分けるコツを伝授してくれたんだけど、それもなかなか難しくて、10回に3回当たれば良い方なのよー。リオちゃん、貴方、やるわね!初回で当たるなんてツイてるわ!もしかしたら来た日、来た時間、選んだ時間、どれもピッタリだったんじゃないかしら??これからも絶対良いこと沢山、起こると思うわ!っていうか、もう起こっているわよね、アハっ」


 いやいや、どんだけ喋るのかと。想いが熱すぎて、びっくりしますよ。こちとらハンバーグにそこまで思い入れはないのに。

 でも、みんなでハンバーグを開けてチーズハンバーグを探す話、何となくだけど、可視テストの時の盛り上がりようを思い出して、そのイベントの様子も想像出来た。ワイワイドヤドヤ、ウリィイ!って感じでしょ、楽しそうです。


「パンも美味しいです!」

 朝はパン!昼にパン!夜もパン!パンパパン!

 もう、ジェリスのテンション感染するよ。お皿のシールもウサギのおかばんシールも2シートは自然にたまるほど、前世はパン好きだったんだよなー、いわゆるパンの街育ちだったし。

 沼の家ではポテト餅ばかりだったから正直嬉しい。あるところにはあるんだな、小麦。


 紅茶を飲んで一息ついた。全て美味でした。料理長にお礼を言いたいくらい。

「ご馳走様でした。これ、お金は…」

「いいのよ、研究に付き合わせるわけだし、昨日予算を獲得するだけの報告書は書いたから…って、分からないかな?えっと、国で出してもらえるようにしたからね」

 私が公衆浴場へ行っている間、事務的なことしてくれてたんだ。

「ありがとうございます。それと、今後ジェリスさんに直接連絡を取る方法はありますか?」

「あるわよ、これからリオちゃんは研究員用の女子寮に住むのね、そこの受付の子に言伝してみて?手紙でもいいわ。私から伝令…青い小鳥を送るわ」

「分かりました。相談したくなったり、寂しくなったりしたら言伝しますね!」


 トレーと食器を調理場近くの洗い場へ持って行った時、実験室にいた面々とすれ違った。

 こっそりジェリスが耳打ちをする。

「早く来て良かったわね、ハンバーグ、もうなくなってるわよ!」

 この人、ずっとハンバーグの話してる…。

 ハンバーグに釣られて不利な状況に陥りそうで、リオは彼女の身を案じた。






 

 

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