第6話 お腹の痛くなる石
ここはソール村のあるラーンクラン国と隣国エルレティノ国のここは狭間。豊かな場所でもないため、争いはないが管理をしなければ澱みが溜まるといわれている。
2年前から広がりを見せつつある澱みの原因は諸説あり、封印、退治、解除、どうすれば根治できるのか暗中模索である。つまりほぼ分かっていない。
戦争や貧しい地域に行くと澱みが深くなるようだが、人間が生きている限り続くものであるならば、解決方法はないに等しい。
澱みを無くし、平穏を取り戻すことこそが、この大陸の喫緊の課題となっていることは間違いないだろう。
リオはふと思い出す。
ジェリスとエヴァには王国第二騎士団と紹介を受けたが、どちらの国の所属かは聞いてない。言いたくないのかも知れないし、リオが聞いたところで気の利いたことも言えないし。
どうしようかと言い淀んでいると、
「腹が痛え」
エヴァが急にお腹を押さえた。
ジェリスが素早くリオを睨んだが、リオは毒など入れてませんと言う意味を込めて首を振った。
「食あたり?大丈夫?」
ジェリスが屈んだエヴァに駆け寄り、お腹を見せるように催促する。
「ち、違うんだ、これ、これかも知れない」
腰に下げたポーチから茶色い布で包んだものをテーブルに置いた。ゴトリと重そうな音がして、3人がその物体に注目する。
布の中身は何かは分からないが、布には魔法陣的な装飾がなされており、それを突破して染み出してくるほど紫色の煙は禍々しく見えた。封印魔法をかけたような布なのに、このままだと部屋全体に充満しそうな勢いだ。
これ、母出していた紫の煙と一緒?ってことは魔族と関係があるの?
リオは急いでガラス瓶を作業台から持ってきた。部屋に充満しないように願いを込めてトングで掴み、布のまま瓶に入れて蓋をした。
「どうして入れたの?」
腕組みをしながらジェリスが不思議そうに見る。
「紫の煙がこれから出ていて」
「えっ??」
ジェリスが屈んで横から中身を見る。
「見える?エヴァ」
エヴァは首を振った。
「それで今はどうなってるの?」
「今は瓶の中で煙が渦巻いています」
「瓶から出てきそう?」
「いえ、出てこれないような感じです」
正直、どう言って良いのか分からない。瓶の蓋に近づくと煙がヒュィっと生き物のように下がるのだ。
こういう玩具があったら売れそう。ずっと見ていられる。
椅子に座り直したジェリスが瓶を見つめながらムゥと溜息をついた。
リオがお腹の具合を聞くとエヴァは照れた笑いを浮かべた。
ジッーっと力を込めてエヴァのお腹を見ると、まだふんわり紫の煙が漂っている。2人には、それも見えてないのかも知れないなと思った。
「さっきよりマシになりましたが、エヴァさんのお腹周りも、ずっと紫の煙が漂っていますよ」
「「えーーー?」」
2人が顔を見合わせたり、お腹を摩ったりやたらコミカルな動きをする。
「ずっと見えていたのー?」
「どうすれば良いのー?」
クルッと振り返り同時に声を上げた。
「ちょっと診察しても良いですか?」
エヴァのお腹の上に手を当てて、触れても良いかジェスチャーする。品の良い顔がコクリと頷く。
瓶にあの布の物体を入れた時、充満しないように願いを込めたのよね。
ポーチと剣を外してもらう。
『彼の体内から煙が消えますように』
左手でエヴァの腰を抱くようにして、右手で臍の下に手を当て優しく摩る。
傷つけられていたならもっと煙が濃いはず。お腹をジッと見ていると煙が目立たなくなっていった。だけど、なんだか不安なので整腸剤も用意した方が良いのかも知れない。
診察される間、エヴァはリオのネックレスを見ていた。2つの指輪が揺れている。見た感じ封蝋印のように見える。
もう少し良く見えないかなと思うが人の胸元を無粋に見るようで気が引ける。だけど知っておいた方が良い気もする。見えそうで見えないものを見ようとするのは、これは何というのか。
「随分と良くなっています」
診察を終えたリオは微笑む。
角度的に耳元で囁かれるような体勢となり、エヴァはびっくりした。思わずリオの方を見てしまうとものすごく近くに顔があり、自分の顔が熱くなるのを感じた。
その様子にジェリスは頬杖をつきながら口の端を上げる。熱い顔でキッと睨むとさらに楽しそうに片眉もあげるのだった。
リオはエヴァから離れると薬研を持ってテーブルに置いた。羊皮紙から薬草を取り出す。
「これはここでしか採取出来ないリータというハーブです。整腸剤としてよく効くのですが、少し癖が強いのでペパーミントとカモミール。この3種類を混ぜてお茶にしますが、飲んで頂けますか?甘めが良いならハチミツが合います。朝にはかなり良くなると思います」
「整腸剤?!それって便秘にも効く?」
ジェリスが両手をついてガバッと立ち上がる。
「はい、もちろんです」
薬研での作業を2人に手伝ってもらい、お湯で煮出したのだった。
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