第8話 原因追及 byジェリス
大きな籠を抱えて搬送している農夫に声をかけた。
「お忙しいところすみません、こちらに宿屋と食事屋はありますか?」
サッとフードを取ると、農夫はハッと目を見開いて恥ずかしそうに籠を抱えた。
「な、ないですよ、両方」
「え?」
「前はあったんですけど、宿屋と食事屋」
農夫は籠を地面に置いて、丁寧にあちらですと大きな家を指差す。
「い、いなくなったんです」
「いなくなった?」
エヴァと顔を見合わせる。
「宿屋のご主人が?」
「そうですね、初めはご主人」
農夫が言うところによると、宿屋は3名で商売をしていたようだ。
主人、妻、息子。主人が居なくなり、それを探しに行った妻が居なくなり、息子が。一年ごとに居なくなるので村の住人は気味が悪いと思っていたとのこと。
「そういえば、宿屋の奥さんが居なくなる前、沼と言っていたけど」
「言ってたけど?」
「もうその時には頭がおかしくなってたから誰も聞いてなかったな、気の毒に」
農夫はミネロスといい、この宿屋に野菜を卸していたようだ。
「沼、ですか?」
「そうです、沼です。村の者はあまり行かないね」
沼は結界のない村外れにあり、夜は避けた方が良いと助言され、ミネロスの家の隣の家を借りることができた。
この家の持ち主は今の時期は10キロ先の山へ資材調達に行っているとの事だった。冬しのぎの家との事で暖炉とベッドとソファーしかない。
住人は留守の間、小銭を稼ぎたいとのことでミネロスに鍵を預けていた。言われた金額を渡す。
「俺、ソファーで良いから」
ランプに火を灯していると、エヴァの声が後ろから聞こえた。
ソファーの座り心地を確認し、ポーチからメモを取り出す。何やら書き込んでいるようで、エヴァの成長具合を楽しみに見ながら、自身も報告する事柄を軽くまとめていた。
どのくらい時間が経過したのか。外が何やら騒がしくなる。
少し雨戸を開けて窓の外を見ると人が広場の中心で蹲っていた。街灯の明かりで朧げながらそれが女性ということが分かる。聞こえる悲鳴は女性からなのだろうか、泣いているようにも聞こえた。
「行こう!」
エヴァが立ち上がった。
「いや、しかし、あなたはここに」
「放ってはおけないでしょう!」
怒気をはらんだ声のエヴァを意外に思いながらジェリスは扉を開けた。
すぐに隣家のミネロスと目が合い、何が起こったのか分からないと言うふうにお互いに首を傾げる。
中心の女性に駆け寄る。小さな子供を抱いて号泣していた。子供は不安そうな顔をしながらも健康そうに見えた。
ミネロスが女性に優しく何が起こったのか説明させると、鳥を見たのだと。鳥は女性の様な格好をしており、それが子供を拐いそうになったので必死に抵抗したところ傷を負った。
魔族か、でも結界のある村でどうして?!
傷は深かった。この女性はこの毒で恐らく死んでしまうだろう。子供が無傷なのは喜ばしい事だが、母親と離れるにはまだ早すぎる。どうにもやらせない気持ちが込み上げてくる。
ジェリスは女性の手首の傷をポーチに入っていた聖水で洗い、傷薬を付け、包帯を巻いた。気休めにしかならない。だが、女性は丁寧にお礼を言いながらミネロスに促され家へ連れて行かれた。
ふと気づくと、エヴァは上空を見上げていた。紫色の瞳に何が映っているのか、その表情からは感情が読み取れない。が、ポツリと呟く。
「風、だよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます