第9話 宿屋調査 byジェリス

「ええ、そうね」

 つられてジェリスも上空を見上げた。目に魔力を注いで風の流れを追ってみる。

「あら?これは」

 広場中心から大きく弧を描いた渦巻き状の流れに逆らって、無風地帯が見える。

「俺からも乾燥している空間が見える」

「結界の隙間が出来たってこと?」

「そうなるね」

 先端は何処なのか、無風地帯の根源を注意深く探っていく。夕方は夕日が眩しくて見えなかったが、今は暗闇の上に空気が澄んでいて見えるような気がした。


「先端は、宿屋?もう一つ反対側にも伸びてる。村の外ね。まずは宿屋かしら」

 エヴァも確信したように頷く。被害女性と子供を送り届けたミネロスが丁度帰って来たので、状況を説明する。


 じゃあ、ちょっと待っててと、ミネロスが工具を家から取って来た。

「ほら、長男は急に居なくなったし、鍵がかかってなくて無用心だったから、板で固定したんです、よっと!」

 柱に足を掛け、釘を抜き、閂を外す。


 扉を開けると金属と木の腐ったような鈍い音が伽藍堂なホールに響き、ランプを持ったミネロスが案内する。

「ミネロスさんは危ないからここで」

「うーん、すいませんが他人だけで入らせるわけにはいきません。調査ですよね?何が起こったか見ておかないと。それに、何か起きたら住民を非難させないといけないですし」

「分かりました。では私たちの後ろに」

 灯りを借り受けた。

 

 風のわずかな空間…、右からの風の流れと左からの風の流れがあり、その隙間の違和感のある方向にエヴァと確認しながら進む。

 この部屋?ドアに掲げてあるのはスタッフ・オンリー。宿屋の事務室ってところかな?

 ドアに手をかける。合図をするとエヴァが剣の柄に手をかけた。


 内向きにドアが開き、真ん中に4人掛けテーブル、奥にデスク、壁には本棚、本棚には家族の肖像画だろうか、小さな額縁に3人の絵が飾られていた。


 右から人の良さそうな小太りな主人、眼鏡をかけたふっくらとした奥さん、主人の若い頃のような顔をした息子。特に怪しいところはない。


 風の隙間の違和感はどこだ?

 奥のテーブルに惹きつけられる。エヴァも凝視しているところを見るとビンゴか?

「その物体、なに!?」

 灯りを近づけるとキラッと反射する。形は歪だが、クリスタルのように滑らかだ。

 子供の握り拳くらいの大きさのそれは、光が当たると禍々しいほどに光を反射する。中を覗くと夜空の一角を取り出したかのように何かが中で煌めいていた。

 

「こんな宝石持ってたんですかね?」

 へぇーすごいや、とか言いながらミネロスが近く。物体を持ち上げようとしたので注意しようとしたが遅く、

「イッっ!」

 反射的に手を素早く引き揚げた。

「こういうの、危ないんですよ。どうなりましたか?」

「痛ぇ、ジンジンする。なんか雷が腕の中で走る強力版という感じでした。まだ痺れて痛ぇ…」

 だらんとした反対の手で頭を掻きながらハハハと情けなく笑う。


 うはー!絶対触りたくないやん、そんなの。

 でも、これが発生源なんだわと心の声を大きくする。ミネロスさん、実験台感謝します!


 これは今回の収穫物。何とかして持って帰らないと。


 机の下に何かの袋を持ってきて、そこらにある本でポトって落として入れる?いや、でも呪いがあるものだったら、身につけているだけで帰るまでに呪われそうだし。


「ミネロスさん、この石を調査目的で持ち帰らせてもらっても良いでしょうか」

「俺、ここの管理してるわけじゃないけど、子どもとか興味があって勝手に入って来たら困るし…危険なものなら良いと思いますよ。実際、危険でしたしね」

 腕を振りながら、苦笑いを浮かべる。

「ご協力、色々と感謝します」


 うーん、許可は出たし、どうやって持ち帰るべきか。ジェリスが腕組みをして悩んでいると、

「俺、護符の布持ってきてるから、それに包んでみる?」

 エヴァ、あんた偉いよ。さすが!将来の有望株だわ。

「じゃあ、まずは布が有効かどうか確かめてからだね。上手くいけば布で掴みながら包む?」

「そうしてみる」

 エヴァは優雅に布を取り出し、物体の上に掛けてから、ちょんっと指を乗せてみる。

「バチンってなりました?」

 ミネロスが興奮ぎみに聞いてきたが、小さく首を振って微笑んだ。

 全く問題なかったようで、丁寧にそれを持ち上げた。布で包んでバンドでとめて腰のポーチに入れた。


「もう一つの発生源は沼だね、恐らく」

「えぇっ?これから沼へ?」

 ミネロスが痛かった手を握ったり開いたりしながらジェリスに問いかける。

「そうですね、発生源だけを確認したいと思っています」

「途中、結界が切れますよ。あっ、でも、沼までの間に少し弱い結界が残っている小屋があって。リオちゃんっていうお嬢さんがいるんだけど」

「危ないところに住んでるのね、そのリオちゃんって」

 ミネロスに借りていた家の鍵を返す。

「近くの森で取った葉や動物で薬を作ってるんですよ、あ、鍵?お金返します」

「良いの、腕の迷惑料ね」

「じゃあ、すみません」

「でも、その子…変わってるのね」


 恐らく、その小屋に行くことになるから少しでも情報収集はしておきたい。

「いやぁ、多分変わってたのは亡くなったお母さんだと思いますけどね」

「亡くなった?」

「はい、2年前に。魔獣の毒で」

「じゃあ、今はお父さんと?」

「いや、1人ですよ。気の良い子で。あ、そうだ、小屋に入れてもらうには合言葉があって」


 2人はミネロスから訳の分からない合言葉を聞き、沼に向けて出発した。

「絶対死なないで下さいよ」

 ジェリスは気の良い青年にとびきりの笑顔で微笑んだ。


 



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