第2話 村の外れの店にて

 夜がふけてきた。リオは部屋の雨戸を少しずつ閉めながら、用心深く蝋燭の火を灯した。少しでも灯した火が漏れれば居場所が知られてしまう。


 リオが住む村外れは結界が薄い。万一、力のある魔族が侵入したとなると、次の日からその家は無人となる。下位の魔族に傷付けられたとしても毒に侵されてやがて死ぬ。身に付けていたもの含めて、全て煙のように消えてなくなる。特効薬はない。だから身を隠すしかない。


 蝋燭の揺らめきが安定し、リオはホッと息を吐いた。持ち運び用の蝋燭にも火を灯す。


 母が亡くなり、リオは一人でこの店を守ってきた。店といっても、ハーブや動物、魚、虫を調合して薬を作り、それを病気の人に売っている。村は貧しく医師もいない。もっぱら売買は現物取引が多い。

「この間、ミネロスさんがくれた白菜あったかな...?あ、ニンジンもあったね!」

 ゴソゴソと台所の棚を漁り、見つけた食材を切る。近くの川で釣ったピラニアのような魚は乾燥させて粉末状にした。その出汁をとり下味にする。レモンの匂いのするハーブと貰った白菜、ニンジン、玉ねぎをトマトと共に煮込む。塩胡椒で味付けし、細かく切ったチーズを入れ、スプーンをくるりと回せば美味しそうなシチューができた。


 猫舌なので冷ましている間は、今日収穫した薬草の点検をする。虫の食っている部分を取り、葉、茎、根のパーツに分ける。それを母の魔法が染み込んだ羊皮紙の間に挟み、日付を書いた石で重りにする。


 どこに置こうかと棚を見渡すと乾燥待ちの在庫でスペースがなくなっていたようだ。一か月前に採取した薬草の乾燥具合の確認を思い出し、ゆっくり重りの石をはずした。

 良い具合に乾燥してる!

 嬉しくなって少しスキップしながら、薬研を作業台に置く。薬研というのは、Vの字に窪んでいるフネと呼ばれる部分に乾燥した草を入れて、円盤状の石の両側にハンドルが付いているスリコギで細かく粉砕するものである。非力で体重の軽いリオでも粉砕出来る、母の残した代物だ。


 母は2年前に魔族から受けた傷が悪化して亡くなった。日毎、傷から紫の煙が立ち昇り、それが全体を包み込んだと思ったら母自身が消滅してしまったのだ。この世界って、亡くなったら消滅するの?

 とても悲しんだし、これからのことを考えて途方に暮れたけど、お腹はすくし、薬の依頼は来るし。村人達も気を遣って話す言葉も必要最低限で少なく、リオはこの2年間黙々と採取、分解、乾燥、調合、取引を繰り返していた。

 その日々の繰り返で少し振り返ることが出来て、母の遺体が消えたことはむしろ良かったかもしれないと思えた。土葬や骨にするのは大変だもの。特に骨にするのは、焼き加減がどうのこうのといううんちくが頭をよぎった。


 母は元々貴族出身らしく容姿の整ったとても美しい人だった。貴族でいたときに培った薬草の知識は素晴らしく、水の魔力と掛け合わせて作る解毒剤は一級品だった。

 しかし娘のリオがそれを受け継いだかと言われれば甚だ怪しい。薬草の知識はこの界隈に自生しているものだけ。そしてリオ自身には魔力はあるが何に特化しているのかは分からない。

 王都近くには魔力を判定する装置があり、系統、魔力量などが分かるそうだが測ったことはない。村から王都はものすごく遠かった。


 リオはまだまだ未熟だ。回復薬を飲んだ人から言われるのは、

「ぬ?ジワジワ効いてきた、お母さんほどの即効性は無いなー(笑)」

 こっちは一生懸命作ってるのに、何笑ってるのと言いたいところだが、子供が作ったものを無理に飲んで頂いているのでここはグッと我慢。

 そのことを思い出しムッとしたところで、お腹がグゥとなった。忘れてた!シチューを冷ましすぎた!


 再度温め直している間に、蒸して潰したジャガイモに塩胡椒少々、片栗粉を混ぜて、ポテト餅を作る。今年は小麦の収穫量が少ないらしく、パンよりもポテト餅をよく食べていた。

 温めたシチューにパセリをパラパラとかけて『いただきます』と手を合わせたところで、店用の扉が乱暴に叩かれた。



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