人の闇が見える少女は澱みを清める研究に没頭したい!

小豆沢音志

第1話 その時歴史が動いた

 同盟が決裂した。議会長であるエンバー卿は丸めた羊皮紙を片手に怒りの表情で国王執務室へ向かう。薄暗くなってきたのか、廊下の壁燭台にある蝋燭を灯していた侍女が素早く顔を伏せ、壁の花となる。エンバー卿は軽く一瞥し、ノックしながら言葉短く部屋に入る。

「入るぞ」

 30年前、ラーンクラン国の統治をティアマトに全てを任せたのがそもそもの間違いだったのだ。子に領地を与え、統治させ、洪才があれば国を与える。統治王が崩御した場合は、現在の統治王に振り分けられ、またそれが才能のある子に受け渡される。

 ティアマト自身は才能があり、他国ともより良い関係を保ってきた。しかし、日和見過ぎた。

 第一王子と第二王子の腹の出目違いによる内紛、病に侵された後は側近たちの裏切りや駄法螺に騙され、そそのかされた第一王子が同盟を破棄してきたのだ。

「ライオネルがあそこまで取り込まれているとは思わなかった、すまん」

 可愛がっていた甥が馬鹿をしたのだ、苦渋の表情で王はこめかみを押さえた。

「粛清が必要かと」

 あー、と低い声で王が唸って天を仰ぎ見、分かってると思わせるような溜息をついてエンバー卿に向かい合った。

「今から第一、第二騎士団に通達、第三は戻り次第後方支援、講師及びその訓練生は城内警備。私は第一と共に向かう」

 エンバー卿は一礼し、王の指示に奔走した。

 

 ティアマト王の子、ジークハイト第二王子の英断によりライオネル第一王子派閥の貴族粛清と第一王子、その母親の幽閉。わずか5歳にして王都移転を進言し、貴族財力を市場に流すことで戦争を回避させたことは驚くべき知恵であった。

 不戦により、特に庶民にとっては平穏な暮らしを侵されることなく、日々の生活を送れると英断の王国に感謝するが、貴族はそうではなかった。粛清を回避した家も無傷ではない。


 オーディー・エスパダ侯爵は想い叶って美しい伯爵家令嬢ミラリーチと結婚した。宮廷薬師として留学してきたミラリーチのひたむきさと可憐さに惹かれたのだ。研究者として名を馳せている分、貴族令嬢としての資質は低い。つまり研究好きの変わり者という評価だった。

 なんとかミラリーチを口説き落とし、マナーに関することは家庭教師をつけた上でようやく認めてもらった結婚だった。

 エスパダ侯爵家はエルレティノ国の歴史ある名家であり、オーディーの伯母は王家へと嫁いでいる。ゆえのプライドだった。

 しかしミラリーチの実家伯爵家はラーンクラン国の第一王子派であった。実家が粛清され取り潰しとなると、侯爵家屋敷内は一変。ミラリーチは不当な扱いを受けることとなった。戦争を回避したラーンクラン国、粛清したエルレティノ国、そして隣接するサティスフィア国、思惑が入り混じる同盟協議会議はまとまるのに困難を極めた。

 オーディーは連日城内泊まり込みにて会議に邁進し家に戻れず、やっと会えると帰った時には彼女は居なくなっていた。

 そして彼女が愛してやまない温室は見る影もなく取り壊されていた。

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