運命の人

街田侑

第1話

 運命の人



 私は最近夢に悩まされていた。その夢には見知らぬ女が現れるのだ。その女は絶世の美女というわけではないが、清楚で、すらっとした体型で、おそらくOLであろう、ピチッとしたスーツ姿であった。そのOLはいつも私と何処かで会話をしているのだ。夢というものは変なもので、公園にいたと思ったらいつのまにか田舎の実家に移っていたりするのだ。公園にいようと、会社にいようと、街中にいようと、必ずOLは登場する。そこで私とOLは会話をしているのだが、目を覚ました時にはその内容までは覚えていない。しかし、彼女と会話をしていたという記憶だけは鮮明に残っているのである。何日もそのような夢を見るので私は夢日記なるものを付けることにした。私の調べによると、夢日記をつけて、意識的に夢を見ようと心がけると明晰夢というものが見えるようになるらしい。この明晰夢の中では意識的に体を動かしたり、声を出したりすることができるようだ。もし、自由に話すことができるのなら、OLに問いただしたいことがある。お前は誰なのかと。



 明晰夢を見始めて三ヶ月ほどの月日が流れた頃、夢の中で私とOLは仲睦まじい関係へと発展していた。相変わらず、彼女は自身の名を口にしてはくれないが、しかし私への微かな好意は伝わってくるのだ。明晰夢というものは便利なもので彼女が行きたいと言ったところを想像すればいつでもそこに行くことができるのだ。ワープみたいなものである。この間も、カフェでお茶をしていたのだが、彼女には下に弟が三人もいるらしく、学生時代は弟達の世話をしていて大変だったと言うのだ。私は彼女の面倒見の良さや優しさなどを垣間見た様な気がして心が高鳴った。彼女の良い部分が次々と発覚すると私の心臓は今すぐ飛び出したいと言わんばかりにその鼓動の速度を加速させた。愛の芽生えとはこういうことなのだと私は悟った。



 彼女が夢に現れてからもう半年が過ぎようとしていた。私達は夢で出逢い、その想いを共有してきた。何度も夢の中で逢瀬を重ねた。しかしながら、私はまだ本当の彼女に出会ったことがないのだ。なんて残酷なことなのであろうか。夢の中でしか彼女に会えないのに、彼女への愛しい想いは募るばかり。きっと彼女も同じことを思っているに違いない。実のところ、一ヶ月前に私は一度だけ現実で彼女と会っているのだ。私達は同じ町に住んでいたらしく、使っている駅も同じであった。駅のホームで車両から降りる際に私達はそれは運命的な形で、偶然目を合わせた。その時私達はおそらく、ほんの一秒くらいしか目と目を合わせなかったのだが、私にはそれが何秒にも感じられた。まるで時が止まったような感覚だった。しかし、その後私の中にとてつもない羞恥心が雪崩のように押し寄せてきて私の方から目を背けてしまったのだ。もし私が目を逸らしていなかったら私達はきっと時の止まった永遠の中でお互いの瞳を見つめ続けていただろう。ああ、なんてロマンティックなんだろう。

 しかし神さまというものは残酷だ。彼女と会えたというのに私は何の準備もしていない。綺麗な花束も用意してなかったし、気の利いた台詞も考えていなかった。私は次の機会を待つことにした。



 とうとうこの時が来た。私達の運命の日である。私達は夢の中で出逢い、恋に落ちた。これを運命と言わずして何と言うのか。私の下調べは完璧だった。金曜日の仕事終わりに彼女は必ず、午後六時から七時の間に駅の改札を出てくる。彼女の家も把握していた。私はこの日の為に大きな薔薇の花束を用意し、彼女への愛の告白も考えてきた。今宵、私達は結ばれるのだ。



 とうとう彼女が改札から出てきた。私は馳せた、彼女の元へ。

 そしていうのだ。「はじめまして、いや、久しぶり、かな。君を迎えにきたよ」と。

「は、ははじまして、あはは、………やっとあえたえ……」

 しまったやってしまった。私は極度のあがり症なのだ。彼女への愛のメッセージが台無しではないか。しかし、彼女の優しさはこのような私でも包み込むように大きいと私は分かっている。

「…………すいません人違いです」

 彼女は驚いた顔をしてその場を立ち去ろうとしていた。しかし彼女が照れ屋さんで天邪鬼なことを知っている私にとってこれは単なる二人の間のお遊びということに気づいていた。それにあのあっというような顔、あの顔は運命を感じた顔だった。

 私は彼女の手を掴んだ。そしてその掴んだ手を私は一生離さないと心の中で誓った。



 気がついたら私の目の前には警官姿の男が二人立っていた。私はというと、前後の記憶は曖昧なのだが、彼女の手を掴んだ後何者かに押さえつけられて、そのままこの一室に運び込まれていた。

「えーとですねー、あなたストーカーの現行犯逮捕ってことでわかってますか?1ヶ月前から依頼があったんですよ。変な男に付き纏われてるって。あなた自覚してますか?人の話聞いてますか?」

 私に乱暴な口調で警官の男が話しかけてきた。しかし、私は全てそれが誤解であるということをもう説明し終えたのだ。というと、さっきまでずっと説明していたのだ。彼女とは半年前から付き合っていたことや、今日という日が運命的な出逢いをする為にあることを。彼女にも今日薔薇を持って会いに行くよと言っていたのに。何かの間違いであることは明確であった。この不法な取り調べが終わった後、また彼女に会いに行こう。次はもっとロマンティックなものしてみせる。私は心の中でそう誓った。



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運命の人 街田侑 @gentleyuki

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