「盆」
「スイカ。スイカが食べたい」
のっぺりとした墓石の前で、目を閉じ、神妙に手を合わせる僕に、「ご先祖様」の声が聞こえてくる。
「なあ、スイカ、スイカを食わせてくれよ。あの味が忘れられねえんだ」
僕は目を閉じたまま、呆れたように溜め息を出した。
「ご先祖様。スイカは食べ物じゃないよ」
「何言ってんだお前」
……いつものことだ。僕とご先祖様の会話はいつだって噛み合わない。
「え、スイカって電子マネーのカードじゃないの?」
「そんなわけないだろ。果物だよ果物! 緑と黒の縞々のやつ!」
「えー。ちょっと待って」
スマホを操作して調べてみると、確かにウィキには「西瓜」というページがあった。画像検索すると丸くて緑と黒のまだらな模様が付いていて、斬ると赤い果肉に黒い斑点が沢山ついていた。
「ほんとだ。ちゃんと食べ物だったんだね」
「そうだよ。ああ、スイカ食いてえなぁ」
「でもご先祖様、ここにスイカは『野菜』って書いてあるよ?」
「……細かいことはいいんだよ」
今度はご先祖様が溜め息をついた。そして、とても苦々し気にぽつぽつとつぶやき始めた。
「とうとうスイカも知らねえ奴が現れるとはな……かつては夏の代名詞だったんだぞ? 知らないなんて非常識どころの騒ぎじゃねえよ……」
「仕方ないじゃない。ご先祖様とは時代が違うんだから。大体、四季なんてとっくの昔になくなってるよ」
「なんだと?! 春の桜は? 秋の紅葉は?」
僕は頭の中で今まで見てきた「四季の光景」を思い浮かべる。でもどれも小説やドラマ、写真や動画なんかで見たものばかりだった。
「んー。実際に見たことはないからよくわからないけど、記録には残ってるよ」
「そんな……本当に四季はなくなっちまったのか?」
「そうだね。でも、一年中なんでも食べれるし、VRとかでお金とか労力かけずにいろんなもの見たり聞いたりできるようになってるし、便利だよ」
「……まあ、そうかもしれないけどよ」
ご先祖様はなにかもどかしさを感じているように見える。僕は変なことを言っているだろうか。
「ごめんなさい。何か、気に障ること言ったかな?」
「……いや、なんでもねえよ。そうだ、気温、気温はどうだ? やっぱり夏はクソ暑いだろ? 冬は雪とか降るんだろ? 」
「うーん。ほとんど空調が効いた部屋の中にいるから……よくわからないかな」
「……そうか」
ご先祖様はまた悲し気な声を出した。なんだか申し訳ない気持ちになる。
「ごめんね。ご先祖様」
「いや……こうして子孫が会いに来てくれるだけで喜ばなきゃいけないよな」
「お盆だからね」
「お! 『お盆』って風習は残ってんのか!!」
ご先祖様の声にハリが出てきた。嬉しそうだ。
「そりゃそうだよ。だから今日は会いに来たんだよ」
「うれしいねぇ。わざわざ足運んでくれてありがとうよ。今8月だろ? 暑くねえか?」
「うん。昔は暑さで倒れる人も沢山いたけど、今はもう大丈夫だよ」
「そうか……色々変わっていっちまうけど、だからこそ変わらないものがあるってのは救いだな」
ご先祖様はしみじみとそう言った。
変わっていくものと、変わらないもの。どっちも同じくらい大切だと僕も思う。
そしてその気持ちは今も昔も関係ないんだと嬉しく思った。
「……そろそろ終わるね」
「おう。来てくれてありがとよ。身体、壊すなよ」
「うん。またね、ご先祖様」
僕はそう言って画面の「終了」ボタンを押した。
画面に映っていた墓石の画像消え、会話していた「ご先祖様」がシステムを終了した。
『ご利用、ありがとうございます。当システムはご登録いただいたお客様のご先祖様の会話履歴、SNSでの発言等をもとに対話を作成しております。会話に不自然な点、不快な点、その他お気づきのことがございましたら、下記のフォームにてご連絡ください』
画面に映る文字列を流し読みして、右上の×ボタンをクリックする。画面はデスクトップに戻った。
イヤホンを外してパソコンの電源を落とす。
真っ暗な画面には、僕の顔が映った。
静かになった部屋ではエアコンの音がやけに大きく聞こえた。
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