第十五話 シナガワ・リンク・フォース~あかるい未来②~

◆◆◆◆◆


 ここ数日の事を振り返り、ハイドは絶望的な気になった。


 変わり果てたアリーと再会した直後、ハイドは拘束され、隊長達が『活力剤』と呼ぶ液を飲まされたのだ。すると後頭部から脳の全体へ痺れるような感覚が広がり、それにつれて全身に力がみなぎり、理由のない全能感に満たされた。そして、隊長の言葉が真っ直ぐ心を打ち、彼が全て正しいのだと妄信したのである。


 隊長は地上での人類生存の先駆けとして、喪失ロストした隊員の生活施設を運営しているのである。迫り来る絶望から目を逸らし、日々を肯定するためには活力剤が必要不可欠である、と隊長は語った。まさしくその通りだ。活力剤を得たハイドは、溢れる自己肯定感を身をもって知ったのである。活力剤がなければ絶望に押し潰されて地上で生き続ける事など出来ない。ただ、どうしても依存者が出てしまうのだ。強力な効能ゆえ、ある程度は仕方ない。アリーは依存と戦っており、本来はそっとしておくべきだと隊長は言った。きっと、そうなのだろう。


 活力剤を飲んだ翌日、ハイドは尋常でない喉の渇きを覚えて目を覚ました。しかし、水をいくら飲んでも満たされない。自分が何を求めているかは明白だった。


 活力剤。その橙色の液体を思うといても立ってもいられなくなり、隊長の部屋へと向かった。道中、奇妙なほど手足が震えていた事はよく覚えている。


 隊長から受けたのは、半依存者宣告である。克服出来れば隊員として復帰出来るが、渇きに負けて頭が活力剤でいっぱいになったら終わりだ、と。


 ハイドの頭には既に活力剤しかなかったのだが、いて考えまいと努力した。


 しかし、別の事を考えていても活力剤の橙色が思考に流れ込み、その感覚を求めて渇いていく。理性など役に立たなかった。それでも欲望の爆発を抑えていられたのは、隊長の存在が大きい。彼は「耐えきってくれ」と言ったのだ。その期待を裏切る真似は出来ない。


 生き地獄のような渇望の日々を送り、今は何とか安定している。活力剤を求める気持ちはあったが、以前ほど激烈ではなくなった。通常の資源回収任務に出られるほどには回復したのである。


 時が経つにつれ、胸には別の感情が強くなっていった。自身の酩酊状態を恥じ入り軽蔑する気持ちと、アリーへの情である。彼女を想うと、その苦しみが一層生々しく感じられた。自分が味わったよりも強い渇望感を抱いているとすれば、彼女が狂うのも不思議ではない。


 活力剤への依存。地上で生きる不安。隊長への妄信は段々と薄れ、もはやハイドには何が正しいのか分からなかった。


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「大変素晴らしいニュースがある」


 隊長の部屋に招かれたハイドは、機嫌良さそうに切り出す彼の姿をただ眺めていた。


 そして隊長は活力剤のもととなる植物の栽培に成功したと告げた。濁った輝きを放つ彼の瞳に、どこか不穏な影を感じる。


「これからは面倒な取り引きもせずに活力剤を製造出来る」


「面倒な取り引き……ですか?」


「今までは悪々汰オオタ区のならず者どもから、活力剤の素となる実を買っていたのさ」


「買う?」


 疑問符を強調すると、隊長は詰まらなさそうに答えた。


「こっちが製造した煙草や酒と物々交換していたのさ。これからは嗜好品も活力剤もこちらで消費出来る」


 素晴らしい事だ、と隊長は加える。


 そして先日の取り引きでゴミの詰まった箱を取り引き物の代わりに渡された事を苦々しい表情で語った。


「舐めた馬鹿どもの目を覚ましてやらなきゃな。……もう取り引きはないんだ。派手に蹴散らしてやろうじゃないか。勿論協力するだろう?」


 ハイドは沈黙しながらも、小さく頷いた。


「結構結構。首尾よくいけば君に重要なポストをあげよう」


 隊長が提示したのは、実の栽培施設の責任者という役職だった。事実、重要なポジションであり、また、嫉妬を生みそうな役職でもある。


 しかし、とハイドは思う。本来自分は隊長候補として萎皮シナガワに配属させられたのだ。施設の責任者、という響きが何故だか島流しのように聴こえてならない。


 もしや隊長は、とっくに自分を見限っているのではないかという疑念が湧いた。


 隊長の部屋を後にしても疑いは消えるどころかどんどんと強くなっていったのである。


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 あんな事があったのに、ハイドはアリーに会いたかった。あの時、彼女の目は隊長にしか向いていなかったのだ。本当の意味で対話をすれば、何か、これから長く続くであろう人生において重要なものが得られるように思えてならない。施設責任者よりもずっと大事な何かが。


 ただそれを隊長に言い出す事はしなかった。良い顔をしないであろう事は分かりきっていたからだ。これ以上、彼の機嫌を損ねるわけにはいかない。


 その日もハイドは資源回収任務にいそしんでいた。萎皮シナガワの全てを見たわけではないが、何だか地上に新鮮味を覚えない。吹き荒ぶ風も、天然の太陽も、廃屋の匂いも、全てが月並みに感じた。


 夜間任務に就けば少しは違うだろうか、と思う。萎皮シナガワでは任務は昼間のみであり、日をまたぐような遠征もない。健全な生活習慣のため、と隊長は言っていた。


 それに萎皮シナガワでは夜に活性化する化物が多いらしい。隊員をむざむざ犠牲にしないための配慮と、生活習慣の矯正から夜間外出を禁じられていた。


 ――抜け出してやろうか。


 ハイドは心に浮かんだささやかな反抗を必死に打ち消した。駄目だ駄目だ。自分は萎皮シナガワに永住しなければならない。わざわざ不利になるような行動は慎まなければ。


 回収した資源を背負い、帰路に着く。


 道路に走る亀裂から、つたが這い出ていた。まるで助けを乞うかのように。


 歩きながらぼんやりと、アリーについて考えた。彼女の語った景色と、そこで生きる人々。荷詩魂ニシタマのクジラや、苦煮立クニタチの夜景。鉢殴似ハチオウジの広大な廃墟。自分が目にする事の出来ない幻想。何だか胸が痛んだ。


 だからだろうか。


 気が付くと活力剤製造施設の前にいた。


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「君には聞きたいことが山ほどある。萎皮シナガワに不満があるのか、だとか、自由な時間が欲しかったのか、だとか。あるいは我々のやり方が気に入らないのか……。それらはおおむねひとつの問いに収斂しゅうれんされるように思うね。つまり、何故こんな馬鹿げた事を仕出かしたのか、だ」


 地下拠点の一室で、ハイドは床に正座をしていた。目の前には隊長。周囲には取り巻きの男達。こうなる事を予測していなかったわけではない。むしろ当然とさえ思う。にも関わらず、ハイドは意思を抑える事が出来なかったのだ。


 活力剤の製造施設に侵入し、ロバートに取り押さえられたのである。我ながら浅慮せんりょだとハイドは呆れた。


「薬が欲しかったのか?」


 沈黙するハイドに苛立つように、隊長は問いを重ねる。


 首を振って否定すると、隊長は「ならどうして施設に潜り込んだ。許可を与えた覚えはないぞ」と言った。低い声音に、冷たい目付き。いよいよ駄目かもしれない、とハイドは考える。


 意を決して、言葉を紡ぐ。


「アリーに――」


 しかし、その台詞は隊長の怒声に遮られた。


「アリーには一度会っただろうが!!」


 あの一幕が再会と呼べるはずがない。ハイドの反論は喉の奥で消え果てた。


「どうかしてる」と隊長は長いため息をついた。「君は今後、萎皮シナガワから離れる事はない。それなのに自分が不利になるような行為を仕出かすなど、馬鹿としか言い様がないな。……実際、君が隊長の座につく事はないだろうよ。全く、アリーアリーと馬鹿のひとつ覚えだ。薬漬けの女のどこにそそられるか分からん」


 どっ、と取り巻きが笑いを上げる。その追従ついしょうに怒りを覚えた。


「薬漬けなら自分を好いてくれると思ったか? 馬鹿だ。あの女には薬しか目に入らん。それに――」


 隊長は言葉を切ってハイドを見つめた。その瞳は何故か、残酷な愉悦をたたえている。


「アリーは薬と心中した」


 そのひと言が発せられた直後、ハイドは後頭部に強い衝撃を感じた。頭を殴られたような衝撃である。しかし、痛みもなければ実際に殴った相手もいない。


 心中……。つまり、アリーは死んだのか?


「どうして……?」


 ハイドは、自分の声が随分とかすれている事に気付いた。


 隊長は目を細め、どこか演じるような口調で返す。「どうして、か? 哀れな事に、栄養をらずに薬ばかりを求めたからだ。必死の反抗だったのかもしれんね。いじらしいが、薬を与えたって栄養にはならん。寧ろ、彼女の身体から薬を抜く必要があったのだよ。……我々は心を鬼にして薬を与えなかった。泣こうが喚こうが関係ない。彼女は栄養を拒絶した結果、る朝、冷たくなっていた。その様子は実に……哀れだったよ。愚か者だがね」


 栄養を拒み、薬を求めたアリー。一切応じなかった隊長。


「……これで君が執着するものはこの世から消えたわけだ。今回の暴挙を不問にすることは出来ないが、これからは大人しく萎皮シナガワで生きるといい」


 そう言い残して、隊長達は去っていった。ひとり残されたハイドの目は、もはや何物も映していない。過ぎ去った情景が蘇っては、胸に鈍い痛みを与える。彼女と過ごしたたった一日が、まるで責めるように浮かんでは消えた。


 押し寄せる感情は、今までハイドの感じた事のないものだった。それはいつまでも彼の心を鷲掴みにして離さない。脱力と、倦怠けんたいと、呵責かしゃくと、少しの吐き気。


 その感情が、行き場を失った憎しみである事に気付くまで実に一週間以上かかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 取り引きの現場へ同行するよう隊長から告げられたハイドは、耳を疑った。彼から見れば、自分は信頼出来ない人間だろうから。


「いいか。お前は吸いも甘いも知らなきゃならねぇんだよ。どうせ萎皮シナガワに永住なんだから、少しくらい使える人間になりやがれ」


 施設に侵入して以降、隊長はぞんざいな口調でハイドに接するようになった。それが彼の本来の姿であると知り、ハイドはがっかりしながらもどこか安堵したのである。


 これほど横柄おうへいなら、卑屈に従っても仕方がないと納得出来たからかもしれない。事実ハイドは、段々と卑屈な人間になっていった。心に一物いちもつ抱えながらもへらへらと従うような日々である。


 同行者に選ばれたのも、案外そこが理由となっているのかもしれない。反抗出来ない小さな存在。ハイドは自嘲気味に、違いない、と内心で呟いた。


 相手は隣区のならず者とのことだったが、詳しい事はたずねなかった。どす黒い取り引きなんて興味ない。


 取り引きの日、隊長と共に向かったのは或る廃墟である。高層な建物だったが、隊長は地下へと潜っていった。ハイドと隊長、それから取り巻き達を含めて合計五人。それぞれの靴音が薄暗い階段にこだまする。ハイドは隣区に引き渡す予定の木箱を持たされていた。


 やけに軽い。それに、箱の中から半透明の糸が伸びている。


「何が入っているんですか?」


 好奇心に負けて訊ねると、隊長はさも上機嫌に答えた。


「爆弾だ。これで奴らに報復する。舐めた真似をしたらどうなるか、身をもって思い知らせてやるんだよ」


 爆弾、という言葉を聞いた瞬間、ハイドの全身から汗が吹き出した。すると、伸びた糸は何かの細工なのだろう。


 そんな危険物を持たせるなんて、と思わず足を止めそうになる。すると隊長が振り向いた。


「お前、萎皮シナガワで生きてたいんだよな? 逃げるんじゃねえぞ」


 恫喝と、凍てついた眼差し。ハイドは何も返さず、俯きがちに階段を降りた。隊長は喪失ロストしていない奴隷が欲しいのかもしれない。そして自分は、限りなくそれに近い。萎皮シナガワから離れる事は出来ず、彼が隊長である以上反抗も難しい。


 階段が終わり、蛍光灯の明かりに照らされた通路を進んだ。


「上手くやりゃあ薬をやる」


 隊長はどろりと濁った目でハイドに言った。


 薬。その言葉にハイドは心を強く揺さぶられた。しかし欲しいとは思わない。アリーの死を知って以降、その引力よりも忌避きひする気持ちのほうが強くなっていたのだ。


 にも関わらず心を揺さぶられたのは別の理由からである。


 隊長は自分を、薬をちらつかせればいくらでも言う事を聞く人形だと思っているのだろう。確かに薬の力は強烈だ。味わったからこそ分かる。だからこそ、爆弾なんていう重要物を持たせているのだ。思い通りにならない人間にさせる仕事じゃない。


 隊長は自分が製造している薬の力に絶対的な信頼を置いているのだろう。その効能を熟知している。


「薬なんて、調整して使えば廃人になったりしねぇのさ。なぁ、欲しいだろ、ハイド」


 ハイドは息を呑んだ。


「は、は、は、はい。ほ、欲しい……今すぐにも……!」


 活力剤に支配されていた頃の自分の言葉を思い出し、なぞるように返した。


 隊長達は嘲笑する。きっと、間抜けな半中毒者に見えている事だろう。


「いいか。俺は約束を破ったりはしねぇ。だからお前は俺に逆らわず、言われたままに動け」


 ハイドは安堵した。演技を見抜かれてはいない。こうして中毒者の振りをしていれば、いつかその足元をすくう事が出来るかもしれない。


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 武器の喪失ロストについて、ハイドはある事実を知っていた。いつだったか、隊長と取り巻き達が会話しているのを耳に挟んだのだ。


 隊長は転属者に薬を過剰に与え、酩酊めいてい状態にさせる。彼等は一切の抵抗力を失い、判断力もなくなる。武器を捨てろ、と言えば大人しく従ってしまうほどに理性が働かないのだ。


 そうして意図的に喪失ロストさせ、リンク・フォース本部からの人員補充を待つのである。本部にしてみれば、喪失ロスト者は死者と同義。萎皮シナガワの地上施設で労働力になっているなんて知りもせずに人員を寄越すわけだ。こうして隊長は施設人口を増やし、産業を作ろうとしているのである。それが彼の口にするユートピアの実態だ。


 アリーもそうやって騙され、死んだのだろう。


 もう、同じ事を繰り返させてはならない。ハイドは機を待ち、いつか必ず隊長を破滅させると心に誓ったのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 これは最大のチャンスかもしれない。通路を進みながら、ハイドは思った。例えば、この物騒な爆弾を今ここで爆破させれば――。


「何だ、まだ来てねぇじゃねぇか」


 隊長が足を止める。取り巻き達と合わせるように、ハイドも立ち止まった。


 相手を待つ間、ハイドはぐるぐると考えを巡らせた。どうすれば隊長達を破滅させられるだろうか……。


 明確な答えが出ないまま、通路の先に五人の人影が現れた。彼等は隊長の口にした通り、ならず者の雰囲気を漂わせている。服装もかなり崩れていた。全員がスーツ姿のこちらとは大違いだ。


 けれど、重要なのは見た目ではない。実態がどうであるかが全てだ。これは確信していたのだが、隊長以上に薄汚い人間は存在しないし、萎皮シナガワ以上に隣人が敵となる区域は存在しない。ずっとこの区域に拘束されるなんて、悪い冗談だ。


 相手から取り引き物を受け取ると、隊長はハイドに、例の木箱を蹴り渡すよう命じた。


 この木箱を思い切り叩き潰せば、自分の命と引き換えに隊長達を道連れに出来るだろうか。手足が興奮から震える。


 しかしハイドは、木箱を相手に蹴り渡した。


 中身を確かめたわけではない。具体的な起爆条件を知らないまま賭けに出る事は出来なかった。


 箱を開けるべく、隣区のリーダーらしき男がしゃがんだ瞬間、猛烈な後悔に襲われた。結局のところ、自分は隊長に反抗出来ず、悲劇の引き金を引いてるじゃないか。


 相手から見れば、自分も同じ穴のむじな――。


 やがて閃光が目をくらまし、爆音が耳をつんざいた。


 音の消えた世界で、隊長が大口を開けて笑っていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 死。それを導いたのは自分である。ケジメをつけなければならない。


 ――不意に、舞い上がった埃の先に一丁の銃が見えた。徐々に煙が晴れ、その姿が現れる。


 相手側のリーダーだった。彼の片腕は吹き飛び、傷口からは血が絶え間なく流れている。それなのに、銃口は隊長を指してぴくりとも揺れなかった。


 隊長の目が大きく見開かれる。次の瞬間、発砲音が響き渡った。


 弾丸は一直線に隊長の腹へ撃ち込まれる――。


 彼は倒れざま、腰から細長い爆弾とライターを取り出した。「おい! こいつであの馬鹿野郎を吹き飛ばせ!」


 考えるよりも先に身体が動いていた。ハイドは隊長から爆弾を受け取ると導火線に火をつける。そして充分に待ってから放り投げた。


 爆弾は放物線を描いて、床に転がった。倒れた隊長と、彼のそばに寄る取り巻き達のところへ――。


「ハイド、てめぇ――」


 隊長の声は致命的な爆発によってき消された。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目が覚めると、天国でも地獄でもなかった。先程の通路の床に、自分が倒れていた。


 即座に身を起こすと、頭が割れそうに痛んだ。けれど、今は痛みなんて些細な問題でしかない。


 隊長のいたであろう場所を見て、どろどろと濁った安堵を得た。隊長も取り巻きも、残骸と血を残して消し飛んでいる。


 成し遂げた。そう思うと、ハイドはゆるゆると脱力した。既に取り引き相手の姿はない。どれ程の時間が経過したかも分からなかった。


 激痛に耐えて通路を後にし、階段を登る。


 これから先、居場所はないかもしれない。隊長の死を知った隊員から真っ先に疑われるのは自分だ。そして彼らの疑念は正しい。


 けれど。


 この先どんな壁が待ち受けていようとも、決して屈しない。如何なる嘘を吐こうとも、暴力を行使しようとも、自分が隊長の座に就く。


 卑屈で臆病な魂は、隊長達と共に消し飛んだ。


 萎皮シナガワに明るい未来は待っていないかもしれない。薬の力に抗えない人間もいるだろう。しかし――。


 地上の光の下、ハイドは口元を引き締めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 数年後。


 萎皮シナガワに新人隊員が配属された。訓練校卒業と同時に23区とは、随分災難な事だ。


 緊張を隠しきれていない新人隊員に、ソファを勧める。新人は恐る恐る腰を下ろした。


「そう緊張しなくてもいいよ。萎皮シナガワは決して過酷な土地じゃない。けれど、心してくれ。君を待ち受けるのは美酒でも快楽でもなく、実直な任務だ。なに、不安に思わないでくれ。僕らは全力でバックアップするし、互いに協力して日々を生きている。君もその一員になるだけさ。地上は決してユートピアなんかじゃないからね。よろしく頼むよ」


 差し出した手を、新人隊員は遠慮がちに握る。


 大丈夫・・・だ。大丈夫・・・


 ハイドは新人の手を握り、微笑みかけた。

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