第二話 クニタチ・リンク・フォース~祝福すべき土地~
◇
コーネリアは、常緑地帯を見下ろしてため息をついた。暗闇に揺れる無数の光に、世界の広さを感じずにはいられない。
地上はコロニーと比較にならないほど多彩だった。埃混じりの停滞した空気や、色彩感に欠けた岩場から解放され、ようやく自分は外界にいる。その事実がコーネリアを満たした。肺には新鮮な空気。耳にする音は無限の広がりを持っている。涼風は肌を撫で、視界はどこまでも続いている。
廃墟の縁に腰掛けて常緑地帯を眺めていると、隣に部隊長のフィリアが座った。
「どう?
鈴の転がるような可憐な声音。コーネリアには、自分と同年代の女の子が隊長をやっていることが不思議でならなかった。その顔にはあどけなさが浮かんでいる。機嫌が良くなると手をひらひらと振る癖はいかにも女の子らしかった。
他の隊員は階下で睡眠を取っていた。フィリアと二人きりだと、コーネリアはいくらか素直になれた。
「ええ。素敵な場所です」
フィリアは両手をひらひらと振って頬を緩ませる。
「そう言ってくれる人はあんまりいないから、嬉しいなあ」
嬉しい。なんとも彼女らしい言葉だった。
地上は憎むべき化物に覆われている。呪わしく思ったり、畏怖に身を震わすことはあっても肯定的に捉える人間は少ない。
一般的な感覚を置き去って、フィリアは
フィリアの戦闘をはじめて目にしたとき、コーネリアは呆気に取られてしまった。
両の長い袖から伸びた鎖を振り回し、化物を八つ裂きにしてみせたのだ。鎖の先はナイフになっており、廃墟の壁さえ切り刻むほど鋭い。彼女はくるくると踊るように戦った。化物の体液や廃墟の粉塵さえ裂く如く。
なにより目を奪われたのは、その表情である。悲哀に満ちた微笑。それは戦闘終了まで崩れることはなかった。
一方でコーネリアのリンク・メイトは非力だった。それを何度恨めしく思ったか分からない。
小振りの短刀。それが彼のリンク・メイトである。訓練卒業の日、それを手渡されて随分がっかりしたものだ。思い出して、コーネリアは自嘲気味に笑った。
「なあに? どうしたの?」
こちらを覗き込むようにしてニコニコと訊くフィリアに、コーネリアはドキリとした。
「い、いや。なんでもないです」
「なーにー? 教えなさいよー」
フィリアは彼の脇を指でつつく。廃ビルの最上階でのじゃれ合い。
「わ、危ない危ない。分かりました、言いますって」
「ほんとかー? こいつめー」
フィリアは危険など度外視して脇を突く。彼女には廃ビルの屋上も、うららかな花畑と同じなのかもしれない。コーネリアはそんなことを考えた。
「ほ、本当ですよ。隊長さんのリンク・メイト、かっこいいなあ、って思ったんです」
フィリアは動きを止め、じっとコーネリアを見つめた。
「本当?」
「本当ですよ。羨ましいくらいです。僕なんて短刀ですから……」
言い終わらないうちから、フィリアは猛烈に首を横に振った。
「そんなこと言わないで。大事にしなきゃ駄目」
それまでのフィリアとは打って変わって、真剣な口調だった。気圧されたわけではなかったが、コーネリアは大人しく頷いた。
さすが隊長。武器の扱いには厳しい。そんな印象でしかなかった。
暫しの沈黙が訪れ、コーネリアはなんだか気まずさを感じて口を開いた。
「隊長さんは、優遇住民に誰を指名したんですか?」
言って、フィリアを見た。その微笑はゆるゆると崩れ、瞳から一筋の涙が零れる。
慌てるコーネリアに、フィリアはぽつりと答えた。
「お母さんを選んだの、わたしは。志願書に無理やり書かされて。お母さんはどうしても優遇住民になりたかったみたい。……それって自然なことだよね。誰だって良い思いをしたいもの」
地雷を踏んでしまった、とコーネリアは後悔した。たったひとりの指名枠を無理やり奪われたのだ。実の母がする行いではない。
なんて慰めればいいだろう、と考えたが、上手い答えが浮かばない。きっとフィリアには指名したい人がいて、それを奪われた哀しみに暮れているのだ。
なにも知らないコーネリアはそう考えた。
「けどね」とフィリアは続ける。「なにもかも許そうって決めたの。でなきゃ、哀し過ぎるから」
優遇住民として幸せな生活を与えることが出来たであろう想い人の姿を想像し、非情にもそれを奪い取った母を憎み続けるのは哀し過ぎる。そういうことだろうとコーネリアは直感した。
「わたしのリンク・メイト、凄く強いでしょ?」
フィリアは涙も拭わず、そう言った。
「ええ、とても」
「だから、許そうって思ったの」
いまいち話の脈絡がないような気がしたが、それを指摘するほどコーネリアは無粋ではなかった。
「隊長さんは優しいですね。尊敬します」
フィリアは空の深みに視線を注いで「どうなんだろう」と呟いた。
◇◇
リンク・メイトの意味や、優遇住民の真実について、ついぞフィリアは語らなかった。
あの一夜、そして、フィリアと過ごした日々は空隙を埋めるように徐々に膨らんでいったのだ。
コーネリアは、数年ぶりに
コーネリアは迷うことなく
コーネリアは腰に納めた短刀に、愛おしく触れた。
気まぐれに、両手をひらひらと振ってみる。
ひらひら、ひらひら。
彼女と、そして彼女の母がいたこの土地に祝福を。
ひらひら、ひらひら。
涙が止まらなかった。
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