第48話 倉庫の秘密

 日が少し傾いて、学校のグラウンドの上に山の稜線が陰になって描かれる。


 僕は作業教室棟の前に静かに佇んでいた。


 星原と話して、新聞部を訪れた日のさらに翌日の放課後である。


「おーい、真守」


 本校舎の方から近づいてきた人影が僕に声をかける。明彦だ。その後ろには高坂さんもついてきている。僕がメールで連絡して二人にきてもらったのである。


「ぬいぐるみを持って行った犯人とその方法がはっきりしたって本当か?」


 明彦に続いて高坂さんも期待と不安が入り混じった目で僕を見ながら問いかける。


「あの。シルキーちゃんがどこに行ったのか、わかったんですか?」

「ああ。多分間違いないはずだ。……まず説明したいことがあるから、あの手芸部の倉庫に入ろう」


 僕は二人に向かって目の前の建物の入り口を指さしてみせた。





 数分後。僕らは作業教室棟の階段を上がり、二階の廊下にある手芸部の倉庫の前に立っていた。


「開けるよ」


 小さく呟いて僕は教員室で借りた鍵を取り出すと扉の穴に差し込む。半回転させると鍵が開いて、中に入れるようになった。


 僕が部屋に足を踏み入れると二人も続いて入ってくる。


「それで、説明したいことっていうのは何だ?」


 明彦が僕に向き直って首をかしげた。


「まずこの部屋でぬいぐるみが無くなった件なんだが、あの時最後にこの倉庫の鍵を借りた人間は高坂さんだけで、次に僕らが入る時まで誰も借りていない。だからこの部屋に入れる人間はいない。僕らはそう思っていたんだ」


「そうだな」と彼は相槌を打つ。高坂さんは「何を話すつもりなのだろう」と言いたげなきょとんとした顔で僕の話に聞きいっていた。


 ここで僕はポケットから一枚の紙を取り出す。


「しかし、最初から僕らは勘違いをしていたんだ。これを見てくれ。先日新聞部でコピーさせてもらった作業教室棟の見取り図だ。部屋の割り振りはどうなっている?」

「え?」

「うん?」


 二人は近づいてきて僕の取り出した見取り図のコピーを見た。そしてその手芸部の倉庫に当たる部分を。


「あれ? なんか、実際より狭いな。この見取り図だと」

「……そうですね。これってもしかして」

「そうなんだ」


 僕はこの部屋の隅に設置された間仕切りを指さした。


「この部屋は一つの教室を間仕切りで二つに分けて二つの部活の倉庫として使われている部屋だったんだ。だが年月が経つうちにいつの間にか『誰かが間仕切りを隅に避けて』そのままにしてしまったんだ」

「二つの部活だって? それはまさか」

「ああ。間仕切りで区切った建物の手前側が『手芸部』。奥側が『吹奏楽部』の倉庫なんだ。入口が『二つある』のもそれぞれの部活に所属している生徒が別々に使っていたっていう事だろう」

「そ、そうだったんですか?」

「マジか?」


 高坂さんと明彦がそれぞれ驚いて見せる。


「本当だ。ほら、あれを見てくれ」


 僕は倉庫の奥の方に転がっていた二本のスティックとトロフィーを指さした。思えば最初に来た時にちゃんと観察すればすぐに気が付いたことだった。


「あのスティック、手芸部の倉庫という先入観からてっきり編み物用かと思っていたんだけど。よく見たら大きすぎる。あれは吹奏楽部のドラムのスティックだ。それにトロフィーだって手芸部の全国大会か何かかと思っていたんだが、今見てみたらあれは吹奏楽部のものだった」

「私、全然意識していませんでした。最初からあの間仕切りが開かれていたから、この部屋全てが手芸部の倉庫なのかとばかり」


 高坂さんが周りを見回しながら、感慨深そうに呟いた。

 

 彼女の話では手芸部の人間はこの一年間ほとんど倉庫に来なかったということだったから、二つの部屋を仕切る壁が取り払われていたことも意識していなかったのだろう。


「何よりも、実はさっき入ってくるときに僕が使った鍵がそもそも手芸部倉庫のものじゃないんだ。職員室で『倉庫に知り合いの部員と入った時に忘れ物をした』と理由をつけて借りた『吹奏楽部の倉庫の鍵』なんだよ」


 言いながら僕は入ってきた時に使った鍵のタグを見せつける。そこには「作業教室棟・吹奏楽部倉庫」と書いてある。


 部活の倉庫として使う部屋を割り当てるときに、この余っていた作業教室棟の教室を間仕切りで二つに分けて手芸部と吹奏楽部で使うことになったのだろうが、おそらくその時に一つの教室のために設置されていた鍵をいちいち付け替えようとはしなかったのだ。元々あったこの教室の鍵とそのスペアキーをそれぞれの部活の倉庫の鍵として使っていたのである。


 だから吹奏楽部の倉庫の鍵でも入ることができたのだ。


「えっと、それじゃあ。……ぬいぐるみを持って行ったのは。吹奏楽部の倉庫の鍵を借りていた人?」


 高坂さんが考え込みながらも言葉を紡いだ。


「そのとおりだ。そして、高坂さんがこの部屋に出入りした後で吹奏楽部の倉庫の鍵を借りている人間がいるんだ。この数週間でも、この間のぬいぐるみが無くなった時も」

「なるほど。つまり吹奏楽部の川角か。……だが、なんでぬいぐるみを持って行ったんだろうな」 


 明彦が不思議そうな顔で例のサイドテーブルを見ながら呟いた。


「それについてなんだけど、そもそもあのぬいぐるみ自体を置いたのが川角さんなんだよ、多分。置くことで心理的な効果を期待したんだろうね。そして今回、理由があって持って行ったんじゃないかと」

「要領を得ないんだが」


 コホンと咳払いをして僕は話を続けた。


「先日、明彦がこの部屋でライターを見つけたよね」

「ああ」

「え? そんなものがあったんですか?」と高坂さんが驚いて目を見開いた。


「うん。あれはおそらく川角さんのものだ。思うに、あれが動機の一つじゃないかと思うんだよ。川角さんはおそらく人目に付きにくくて鍵もかけられるこの部屋で喫煙をするつもりだった。だけど、この部屋は他の生徒も出入りする。そこでぬいぐるみと花を入れた花瓶を置くことにしたんだ。そうすると、ちょっと違う雰囲気が出るだろ?」

「ああ、なるほどな。……『事故現場』か」と明彦が頷いた。


 そう、事故や自殺などが起こった場所には追悼の意を込めて、花束や小物が置かれることがある。ましてや昼でも薄暗い作業教室棟の一角にある倉庫の中だ。何か不吉なことがあったと思わせる効果を期待してぬいぐるみと花を置いたんじゃあないか。


 もっとも僕らは事前に縁結びをしてくれるぬいぐるみと聞いていたので、最初に入った時にその辺の連想は全くしなかったが。


「そうすることで人が寄りつかなくなって、喫煙しやすい状況ができることを意図していたんだ。だけど逆に注目して、この場所を避けるどころか頻繁にやってきては人を連れてくる人間が現われた」


「あ、私ですか」と高坂さんが自分を指さした。


「うん。そこでぬいぐるみを動かしたりあれこれしていたけれど、逆効果になって今度は違う学年の男子まで連れてくるようになった。……つまり、僕らをね。それで焦って『それならいっそない方が良い』とぬいぐるみを持って行ったということなんだよ、おそらく」


 僕の推測を聞き終えた明彦は「うーん」と唸った。


「状況は理解できたが、それでこの後どうするつもりだ?」

「ま、喫煙をしていた件については良いことじゃないけどさ、僕らは別に生活指導ってわけじゃないし騒ぎ立てるのもどうかと思うんだ。ぬいぐるみを持って行ったことも、もし本人が持ち込んだものなら自分が持ってきたものを回収しただけだからね。……でも、ぬいぐるみが持っていかれたことで悲しんでいる一人の女の子がいることは伝えてみるつもりだ。それでライターのことを黙っておくのと交換条件で、あわよくばあのぬいぐるみを高坂さんに譲ってもらえないかと考えているんだけども」

「ほほう。それでこれから交渉しようってことか」

「え、そうだったんですか」


 僕は「うん」と高坂さんに頷き返す。


「僕から川角さんにここに来てもらうように既に連絡している。もうすぐここに来るはずだ」


 川角さんのクラスは職員室で調べたらすぐに三年B組だと判った。そこで三年B組の生徒に「川角さんが部活の倉庫に忘れて行ったものを持っています。直接返したいから吹奏楽部の倉庫に来てください」と伝えるように頼んでおいたのである。


 あとは当事者である僕ら全員が話し合って決着を着けるだけだ。


 僕が胸中でそう呟いた、まさにその時。


 ガチャリと音がして倉庫の扉が開かれた。


 そして一人の少女が姿を現す。


 ストレートロングの髪にはっきりとした目鼻立ち。美人といえば美人なのだが少しつり目できつそうな印象がある。


 こうして顔を合わせるのは初めてだ。


「川角先輩、ですよね?」

「うん。私が川角若葉かわずみわかばだけど。……あなたが落とし物を拾ったっていう?」

「はい、二年の月ノ下です。落とし物の件も含めて少し話がしたいんだけど、良いですか?」


 果たして、交渉が上手くいくと良いのだが。


 軽い緊張感が漂う中、僕らは彼女と対峙した。

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