第46話 手詰まり、そして……

 授業と掃除当番を終えた僕らは校内の部活動について調べるべく職員室を訪れていた。


 放課後も教員は色々作業があるらしく、慌ただしく机に向かっている先生たちの姿がちらほらと目に入る。


「部活の活動についての登録状況って誰に聞いたらいいのかな?」

「いや、でもそういう情報って普通に共有されてどの先生でも調べられるようになっているんじゃあないか」


 なるほど、それならば普通に担任の亀戸先生にでも聞いた方が早そうである。


 職員室はいくつもの島のように四つか五つずつ机が固まっていて、その周りに先生たちが座っていた。


 その中から僕らは柔和な雰囲気の少し白髪が混じった男性教師の姿を見つけ出す。


「お、いたいた。よし行こうぜ。……失礼しまーす」


 明彦が先陣を切って入って行き、亀戸先生の机に近づいた。


「ん、何だ。雲仙と月ノ下か。どうした?」

「いや、ちょっと。うちの学校の各部活の活動時間について調べたいんですが、わかりますか?」


 僕の質問に亀戸先生はふんふんと感心したように首を振る。


「ほほう。帰宅部のお前らも部活に入ることを考えるようになったか。……まあ寄り道して非行に走るよりはいいかもしれんな」

「いや、違います。そして帰宅部が非行に走るという偏見は勘弁してください」


 もっと言うとこの人にだけは非行がどうのと言われたくない。


「ま、いいだろ。別に隠すことじゃないしな。ちょっと待ってな」


 亀戸先生はパソコンをいじって部活関係というフォルダの中から一つのファイルを開いた。その表には校内の部活の概況が一覧で表示されている。しかし……。


「え、こんなにあるのか?」と画面を見た明彦が愕然とした顔になる。


 無理もない。火曜日に活動している部活は十数以上あって、そのほとんどが十八時半まで活動時間として登録していたのだった。


 二つか三つ程度の部活ならともかくこれだけの部活に所属する生徒数十人の中から、頻繁に作業教室棟に出入りしていた誰かを限定するのは難しいだろう。


「もう、いいか?」


 亀戸先生に訊かれた僕らは「はい」と力なく頷くことしかできなかった。





「なんてこった。ここまで来て万事休すとはな」


 校庭の花壇の上に座り込んだ明彦がぼやいた。僕もその隣でため息をつく。


「なんか、高坂さんに申し訳ないな」


 ちょっと夢見がちな女の子ではあるが、大事に思っていたものが無くなって悲しむ姿を見ていると同情的な気持ちにはなる。僕としても何とかしてあげたいとは思っていたのだが。


「でもよ。……そもそも犯人が部活に所属していたとは限らないし、その場合部活の時間で特定しようとしても無駄だったかもしれないぜ」

「あ、そういえばそうか」


 作業教室棟は放課後、部活で使用されていることが多いため「十八時過ぎまで残っている」イコール「その時間帯に活動している部活に所属する人間」と考えてしまったが、そんなことと関係なく校内をうろついている人間がいてもおかしくはない。


 これは確かに僕の浅慮だ。


「例えばさ。作業教室棟の廊下で手芸部の倉庫に出入りする奴を見張るっていうのはどうだ」


 明彦が頭を抱える僕に代案を出した。


 単純だが確実な方策だ。しかし……。


「発想は悪くないけどさ。正直言ってその人物が今もあそこに頻繁に出入りしているのかわからない。何よりあの廊下ってこっそり見張るにしても隠れるところがないよね」


 あの二階の廊下はほとんど部活の倉庫として使われていて、鍵がかかっている部屋がほとんどだ。そして廊下は一本道で死角がない。


「あー、そっか。まいったな」

「二人ともどうしたの?」


 上から急に涼やかな声がかけられる。


 憔悴して校庭の片隅に座り込んでいた僕らをセーラー服姿の髪を結い上げた女子が見下ろしていた。クラスメイトの日野崎勇美だ。


「何だか、元気ないけど」

「……日野崎か」

「いやちょっと、後輩が大事にしていたものが無くなってしまってな。探すのを手伝っていたわけだ」


 僕と明彦はかわるがわる事情を簡単に説明した。


 一年生の一部で話題になっていた縁結びをしてくれるぬいぐるみが無くなったが、鍵の貸出表を見る限り部屋に入ることができた人間がいないということ。


 さらに調べた結果、一年生女子の一人が誰も鍵を借りていない十八時以降の時間帯に部屋に誰かがいるのを目撃していたこと。


 そこで、部活の活動時間を調べたが、そのタイミングで手芸部の倉庫に近づいた人間を特定するのは困難であったこと。


 日野崎はふんふんと頷きながら僕らの話を聞いてから口を開いた。


「それで、落ち込んでいたんだ」

「そういうこと」

「ちなみにそのぬいぐるみが無くなったのはいつなの?」

「えっと、この前の火曜日の放課後あたりだな」

「つまりその時間帯に作業教室棟の二階に行った人間が怪しいってことなんだよね」

「そうだけど」


 そこで彼女はにっこりと快活な笑みを浮かべる。


「あたし、偶然その時に部活で残っていたんだけどね。部室が散らかっていたからドアを開けて中のもの出して整理していたんだよね」


 そう言えば日野崎は女子サッカー部だ。そしてサッカー部の部室は作業教室棟の一階なのである。


「じゃあ、もしかして」

「うん。たまたまだけど、その時に階段へ続く廊下を誰が通ったのを覚えているよ」


「マジか!」と明彦も驚いて立ち上がる。


「でも、何で覚えているんだ? 普通はそんなこと忘れちゃうだろう。それに日野崎だって校内全員の顔を知っているわけじゃないだろうに」


 僕の疑問に日野崎は「いやあ。遅い時間帯に作業教室棟に出入りする人間なんて限られているからさ。通ったのは三人だけだったし。そのうち二人は顔見知りだったし」とにこやかに答える。


 何にせよ、ここに来て重要な情報をもたらしてくれる彼女の存在は天の助けだ。


「誰なんだ? その三人というのは」

「えっとね。一人目は演劇部一年の飛田とびたくん。二人目は書道部の青梅おうめさん」


 飛田くんなら前に僕らもある一件で演劇部に関わったときに会ったことがある。


 青梅というのは僕らと同じ二年B組のクラスメイトである。挨拶をする程度の間柄だが僕らも知っている。


「あと一人は?」

「あたしは直接知らないんだけど。三年生だったみたいで一緒にいた小平こだいら先輩が名前を呼んでいたんだ。確か、そう川角かわずみとかいったかな。髪の長い女の人だった」


 川角? 確か聞き覚えがある。そうだ、先日鍵の貸出表を見た時に高坂さんと同じ日に作業教室棟の一室の鍵を借りた記録があるのも彼女だった。


「部活は確か……」

「吹奏楽部か」


 言いよどむ日野崎の言葉を僕は先取りした。


「あ、そうそう。そうだった。……こんな感じなんだけど。助けにはなりそう?」

「ああ。だいぶ参考になったぜ」

「ありがとう。日野崎」


 明彦と僕はそれぞれ頭を下げて感謝の意を示すと、軽く手を振って彼女は去っていった。

 

 日野崎が見たという三人の生徒。

 

 飛田くんと青梅さんについても犯人候補といえば犯人候補なのだが、飛田くんは真面目で大人しい人柄であったし、青梅さんはアレルギー体質でタバコの煙なども苦手だという話をクラスメイトから聞いたことがある。

 

 つまりどちらも倉庫で見つかったライターのことを思うと犯人とは考えにくいのではないだろうか。二人については直接知っているので、人間性をある程度知っているだけに疑いづらいという情緒的な感覚も少しあるが。


 それに対して、川角という顔も知らない三年生。彼女は以前も高坂さんと同じ日に作業教室棟に入っていたのだ。ここでも名前が出てくるとなれば偶然ではなく必然なのかもしれない。

 

「川角、か。そいつがやっぱりぬいぐるみを持って行ったのかな」


 明彦が僕と同じ考えに至ったのか、考え込むような顔でそんなことを呟いた。僕もその意見には同意したいところではある。 


 しかし。


「その可能性は高いんだけどさ。仮にそうだとしても部屋にどうやって入ったのか。なぜぬいぐるみを持って行ったのか。それがまだはっきりしていないんだ」

「……だなあ。その川角ってやつがどんな人間か知らんが、普通はいきなり呼び出して証拠もなしに詰め寄ったって認めないだろうな」

「あと一歩だと思うんだけど」


 ヒントはすでにそろっていて答えもわかりかけているというのに、肝心のところがはっきりとしない。そんな何とも言えないじれったい気分である。


 だがその後しばらく考え込んでもあまりいい結論は出せず、その日の僕らは「とりあえず一度、落ち着いて情報を整理し直そう」ということで家路に着いたのだった。

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