第44話 手芸部員の話
「さて、ぬいぐるみを探すとしても一体どうしたものかねえ」
少し前を歩く明彦がぼやくように呟いた。
遠くに見えるグラウンドではサッカー部や陸上部と言った運動系の部活に所属する生徒が右左へ動き回っている。
星原と勉強会で話してから丸一日が経過した昼下がり。
僕らはぬいぐるみを本格的に探すべく、授業が終わってから教室を出て校内で情報収集をしているところである。
しかし今のところ方針がまとまらず本校舎の入り口横で明彦と二人、佇んでいたのだった。
「そもそも、犯人はどうやって手芸部の倉庫に入ったのかな」
「職員室の鍵の貸出表を見る限り、本当に誰も手芸部の倉庫の鍵を借りていなかったしなあ」
「あ、でもちょっと待ってくれ」
「ん、どうした」
僕は先日鍵の貸出表を見た時の記憶を思い出していた。
高坂さんが手芸部の倉庫に入ったのと同じ日に何人か別の人間が作業教室棟の部屋の鍵を借りていたのが記載されていたのだ。
「確か、作業教室棟って他にも部活の倉庫とかで使われていたりするんだよね」
「ああ。そうだが?」
「例えば『何か理由をつけて作業教室棟の他の部屋を借りるときに一緒に手芸部の倉庫の鍵を借りた』なんてどうかな。そして鍵のタグをすり替えて、他の部屋の鍵を借りるふりをして手芸部の倉庫の鍵を使って出入りしていたとか」
「鍵をすり替える、か。できなくはないだろうがな。……えーと」
明彦が携帯電話を取り出して、写真を表示させた。職員室で鍵の貸出表を見た時に撮影しておいたらしい。
「例えば、三週間くらい前に高坂が手芸部の倉庫に入った日に同じ作業教室棟の鍵を借りたのは四人だ。『演劇部倉庫の鍵を借りた
「そうか……」
明彦は携帯電話をしまいながら、難しそうな顔で僕に言い聞かせる。
「それにだな。そもそも鍵を他のものと替えたら、高坂が鍵を借りる時までにもう一度両方の鍵を借りて元のタグを付け替えないとバレちまうだろう。結局そのたびに手芸部倉庫の鍵を借りたことも貸出記録に残るし、手間がかかりすぎだ」
「あ、そりゃそうか。じゃあ他に何か考えられる?」
「窓から入ったって可能性はどうだ?」
廊下の入り口が無理なのだから窓。ごく自然な発想ではある。
「別のタイミングの時に入り込んで窓の鍵を開けておいて侵入した、か。確かに僕もぬいぐるみを最後に見たとき窓の鍵がかかっていたかは記憶にないけどさ。でも、手芸部の倉庫って作業教室棟の二階なんだよね。運動神経に優れている人間でも若干無理があるような気がするなあ」
僕は腕組みをしながら、すぐ頭上にある二階の窓を見上げた。
「だとすりゃあ、さ。ぬいぐるみが無くなるよりずっと前に入った人間が鍵に細工をして出入りできるようにしていたとは考えられないか?」
「なるほど。単純な話だけど、例えば合いかぎとか作っていたんならそれは可能だろうね」
勿論、たかが部活の倉庫にこっそり忍び込むために合いかぎを作る人間がいるとは考えにくい。だけど合いかぎではないにせよ、何かそれに類する仕掛けをしておけばいいのではないだろうか。もっとも今のところそれが何なのかは、まだわからないが。
「でもそういうことができる人間って……」
「まあ、同じ手芸部の人間だろうな」
確かに一番怪しいのは彼らだろう。ぬいぐるみの存在にしたって手芸部の人間を除けばそれを知っているのは高坂さんの周辺の友人くらいのはずである。
「よし。まずは手芸部に話を聞きに行こうか。……今日は活動日だったよね」
「ああ。もっともこの間の落ちこみようじゃあ高坂は休んでいるかもしれないけどな」
僕らは実習棟の家庭科室に足を向けることにした。
と、その時。
「あ、雲仙くん、それに月ノ下くんも」
少し高めの張りのある声が横からかけられる。
「よお」
「虹村。……どうかしたのか?」
そこにいたのはポニーテールに眼鏡をかけた生真面目な雰囲気の少女。クラス委員の虹村志純だった。
「いや、実はね。今、生徒からちょっとした相談を受けていて。もし余裕があったら手伝ってほしいと思っていたんだ」
彼女には世話になることも多いし、力になれることがあればできることはしてあげたいとは思う。しかし如何せん今の僕らはそれどころではなかった。
「えっと……それって今日じゃあないと駄目なのか?」
「いや。急ぎってほどじゃあないけれど」
僕と明彦は一瞬、気まずそうに顔を見合わせる。
「そうか。……いや実は俺ら、今ちょっと後輩の探し物を手伝っていてさ」
「え? そうなの」
「うん。無くなった責任が僕らにもあるかもしれないから、なるべく見つけてあげたいんだ」
その答えに虹村は若干残念そうな顔をするが「それじゃ仕方ないね。ごめんね、呼び留めて」と頭を下げる。
「いや、落ち着いたら手伝うから」
「おう。それじゃあな」
彼女には申し訳ないが、一度に二つの案件を抱えるほどの余裕は今は流石にない。
明彦と僕は軽く手を振って、家庭科室に急いだのだった。
一昨日と同じように明彦が軽くノックをしてから、家庭科室に入ると五人ほどの生徒が作業台の周りでマフラーを編んだり布に刺繍をしている光景が目に入った。しかしその中に高坂さんの姿はない。
一方、手芸部の部員たちは急に入ってきた僕らに何事かと好奇の目線を集中させる。
「ええっと、すんません」
声をかける明彦に一人の少年が「あれ……」と立ちあがる。
「確かこの間、直子の知り合いから紹介されたっていう先輩でしたっけ」
彼は僕らが訪ねてきた時のことを覚えていたらしい。
両サイドの髪を刈りこんでいる明るいはきはきした雰囲気の男子である。
「部活動中に邪魔して悪いな。……あの今日は高坂さんはいるか?」
「いえ見ての通り、今日は休んでいます。何だかちょっと落ち込んでいるみたいなんですよ」
明彦とやり取りをする彼を見ていて僕はふと思い当たる。
そういえば、高坂さんは「同じ部活に所属する気になる男子との縁を結んでもらった」という話ではなかったか。それに彼はさっき高坂さんのことを下の名前で呼んでいた。
僕はつい横から口を挟んでいた。
「あの、君はもしかして高坂さんと仲が良いのかな?」
「あ、ええ。まあ。その、付き合っています」
若干周りの目を気にしながらそんな風に彼は答えた。いかにも初々しいカップルの彼氏と言ったところか。僕もあやかりたいものだ。
だが彼が縁結びをしてもらった本人だというのなら、高坂さんが大切にしていたぬいぐるみを持っていくなんてことをする可能性は低いだろう。
つまり手芸部員が疑わしいこの状況では話を聞くのに適任かもしれない。
「ごめん。手芸部の倉庫のことで訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「構いませんが……?」
「改めまして。
高坂さんと付き合っているという手芸部一年の男子はそう自己紹介した。
僕らは部活中の若葉くんを廊下に連れ出して、ぬいぐるみが無くなった件について話を聞くことにしたのだった。
「急に時間を取らしてもらって悪いね。……若葉くんは手芸部の倉庫にあったぬいぐるみが無くなったことについては知っている?」
彼は僕の質問に少し困ったような顔をして「ええ」と応える。
「直子が手芸部の皆にも『ぬいぐるみがどこに行ったか知らないか』って聞いて回っていましたから」
「……そうだったのか。それでぬいぐるみが無くなったのは多分、一昨日の放課後から昨日の朝までの間なんだ。例えばその時の部活中に手芸部員で怪しい動きをしていた人間はいなかったかな?」
「えっと、つまりうちの部員が手芸部の倉庫に行ってぬいぐるみを持っていたんじゃないかってことですか?」
若葉くんは目を見開いて驚いてみせる。
「職員室の貸出表を見る限り、手芸部の倉庫の鍵を借りた人間は誰も居なかった。でも手芸部員なら当然倉庫の構造にも詳しいだろうし何らかの方法で入れるんじゃないかと思ったんだけど」
「うーん、確かに部活中でもトイレとかに行って席を外す人はいますよ? でも作業教室棟の倉庫まで行って帰ってくるくらいだと十数分はかかりますよね。そんなに長くいなくなった人はいなかったような……それに鍵を使わずに入る方法なんて僕も思いつかないです」
「……そうか」
足を運んでみたもののどうやら手掛かりは得られそうにない。
僕が残念そうに下を向いたところで、隣の明彦が口を開く。
「ちなみに興味本位で聞くけどよ。若葉は例の縁結びをしてくれるおまじないは信じているのか?」
「……いいえ。効果はあるのかもしれませんが、信じてはいませんね」
彼は何か含むところのある苦笑いをしながら答えた。
「何だ? 意味深な返事だな」
「あの、ここだけの話なんですけどね。つい数週間前にうちのクラスの知り合いから『手紙』を渡されたんですよ」
「手紙?」
「そいつの話では、何でも『あなたあての手紙を間違って受け取った人がいる』『手紙に送り主の名前は書いていなかったし、自分が書いたと勘繰られるのも嫌だったみたいで名前も名乗らなかった』という話だったんですけどね」
送り主の名がない手紙? それはまさか……。
「でも手紙に書かれた言葉の端々から自分の身近な人間で、同じ部活の人間だなというのはすぐわかりましたし。何より部室の鍵の貸出表に書かれている『彼女の筆跡』にそっくりだったんです」
「つまりそれは高坂さんがおまじないと称してぬいぐるみに託した手紙だったわけか」
「ええ。それで彼女が僕のことをどう思っているのかわかったので、僕も意識して付き合うことになったというか。……まあ、彼女自身はおまじないを本気で信じているのでこのことは話していませんが」
明彦は「なるほどな」と頷いてにやりと笑った。
「いや。ちょっと待ってくれ」とここで僕は若葉くんに改めて向き直る。
「それじゃあ、こういう事なのか? 誰かが人形のところにあった手紙を持って行って、宛名に書かれている人物、つまりこの場合は君のところに渡るようにしていた、と」
「まあ、そうなりますね。誰なのかはわかりませんが」
しかし高坂さんの話では手紙を人形のところに置いて部屋を出た後で、自分以外に鍵を借りて出入りしている人間はいないという話だった。
そしてその事実こそが「人間ではなくぬいぐるみが手紙を届けてくれるのだ」という高坂さんのおまじないの根拠になっていたのだ。
だが実際には手紙を渡す誰かがいたというわけだ。
「それならやっぱり誰かが何かの方法で倉庫の鍵を使わないであの部屋にこっそりと出入りしていることになるじゃないか」
「まあ、そうなりますよね。だから僕はこう考えています。警備員とか用務員のおじさんとかが見回りや掃除で出入りして、気を利かせてたまたま見つけた手紙を渡しているんじゃあないかって」
若葉くんの考えは至極現実的だ、しかし。
「……でも、警備員や掃除の人はぬいぐるみを持っていったりはしないだろう。それまで放置していたのに急に片付けるなんて不自然だ」
もっと言えば手紙にしたって無くなってトラブルになるのを嫌がるだろうから、仮にぬいぐるみの手紙に気が付いても極力触らずに放置すると思うのだ。
「それは……そうかもしれませんが」
今度は若葉くんも反論が思いつかないらしく困ったように眉をしかめる。
「でも他に誰がいるんです?」
「それはまだわからない。……でも高坂さんの友人に参考に話を聞いてみたいと思っている」と僕は答える。
そう。高坂さんはこう言っていた。
ぬいぐるみのことを同級生の何人かに話したが、そうしたら興味を持って一緒にここに来た女の子も何人かいるというようなことを。
彼女たちの一部はおまじないに否定的だったという。高坂さんは縁結びに失敗したからおまじない自体に否定的なんだと主張していたが、「ぬいぐるみではなく人間が関係していると思うような何か」を目にしていたのだとしたらどうだろう。
そして彼女たちは僕と違って何度かおまじないを実践する場面を目にしているはずだ。
「彼女たちなら何か知っているかもしれない」
「なるほど、そいつはあり得そうだな」と明彦が相槌を打つ。
「若葉くん。君も高坂さんと同じクラスなんだったよね」
「え、ああ。はい」
ここで明彦がポンと彼の肩を叩く。
「それじゃあさ。悪いが、高坂の友人を紹介してくれないか。……彼女さんの悩みを解決するのに協力すると思って。な? こういうときに惚れた女のためにできることをするのが男の気概ってもんだろ」
「はあ、それくらいはかまいませんが」
若葉くんは戸惑いながらも僕らの頼みを承諾してくれたのだった。
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