四話 もっと質問させて!

様々な植物が生い茂る、道とは呼べないような道をわたしたちは歩いていきます。

先頭にエルさん、後に必死に続いていくわたし。

エルさんは少し先の道を歩いて、生い茂る植物を折ったり踏んだり切り分けたりしてわたしが通りやすいようにしてくれます。そして、たまにこちらを振り向いてスピードを落としてわたしを待ってくれます。

紳士的、ジェントルマンですね。


「シェリルさんの服、結構高級なものだと思うから…汚れないように気を付けて」

「高級に見えます?旅用の服にしたのですが…」

「旅用、かな…?なんかいいとこのお嬢様みたいにみえるけど…」

「"いいとこのおじょうさま"というのが何かわかりませんが…家にこれしか動きやすそうな服がなかったんです」

「え、めちゃくちゃ動きにくそうな服だと思うけど…いたっ」

「うわあ、大丈夫ですかってえーーー!?」


後ろを振り向いてわたしの服を見ながら喋っていたエルさんの頭に何かが当たりました。

いえ、何かじゃありません。わたしちゃんとその正体を見ました。

茶色い毛皮で腕が長くて木に登っていました。そしてその長い腕でエルさんの頭を思い切り叩いたのです!


「なんなんですかあれは…エルさんいじめられてるんですか…」

「いじめられてないよ…。たぶんあれはサルだよ」

「…………?」


またまた知らない単語が出てきました。さる?とは木に登っていたあの動物のことでしょうか。

わたしの疑問が顔にも出ていたのか、エルさんがこちらを見て力なく笑います。


「あー、シェリルさんサルも知らないんだね…」

「馬鹿にしてます?」

「し、してないよ!馬鹿にするって言うよりはガッカリしたというか…」

「酷くなってません?」


エルさんは悪意なく人を傷つけるのが得意ですよね。いえもちろんわたしはそんなことで傷ついたりしないんですけど。


「ていうか知らないこと前提で話進めるのやめてくれません?知ってますよ、"さる"のこと。あの茶色い毛皮で腕が長くて木に登れる動物でしょう?」

「じゃあサルの好物は何か知ってる?」

「……………」

「一般常識なんだけどなあー。サルのこと知ってるならこのことみんな絶対知ってるはずなのになあー。」

「……………」


うぜぇ……。

やっぱり明確な悪意を持ってやってません?この人。ただ悪意を隠すのがうまいだけで、意外と性格悪いんでしょうかこの人。もうエルさんのことわたしわからないです。


「あはは、嘘だよ。サルっていうのはこういうジャングルに住む動物だよ。好物はバナナで、よく僕たち村人が頑張って作ったものを食べていっちゃうんだ。僕は何故かサルとか動物によく好かれるけど、村人たちはサルとかの動物が大嫌いなんだ」

「へー、なるほど……」

「ジャングルってなんですか?って聞かないの?」

「…なんで分かったんですか…」

「なんか不思議そうな顔してたから」


もう色々バレてますね…。ここまで来たらもう強がる意味も何もありません。

気になりますし、素直に聞きましょう。


「"じゃんぐる"ってなんですか?」

「うーん、なんていったらいいのかな…。ジャングルっていうのは別の言葉で熱帯雨林って言うんだ。だから簡単に言えば熱い地帯の雨のよく降る林ってことだよ。雨がよく降るし温暖だから植物も動物も多いんだ」

「めちゃくちゃ簡単に言いましたね…」

「あは…。僕頭悪いからさ、上手く伝えれないんだ」

「いいえ、充分よくわかりましたよ。ありがとうございます」


むしろ難しい言葉をつらつら並べられる方がよくわかりませんでしたから。

わたしの父母もこんな簡単な言葉で喋ってくれたらなあ…頭をフル回転させて言葉の意味を考えて忖度したり、その言葉の意味を履き違えて失敗して怒られる、ということもなかったのに。

まあ、もう全部今更ですけどね。


「じゃあ、ここはジャングルなんですね。最初は植物の多さにびっくりしたものです」

「ジャングルなんて世界にはいっぱいあるよ」

「へー、そうなんですか!」


世界にいっぱいあるならいつかわたしも訪れることになるかもしれませんね。でもわたしジャングル嫌いかもしれません…暑いしジメジメしてるし。正直訪れたくないです。

まあそれまでわたしが生きているかどうかはわかりませんが。今度こそ魚とかに食べられたりして死にそうです。そうならないためにも知識を身につけないと。


「あと"ばなな"ってなんですか?」

「…え?バナナも知らないの?」

「知りません。あ、この質問は予想していませんでしたか?」

「うん…全世界全国民が知ってると思ってたから」

「いやそれは言い過ぎじゃないですかね…?」


それはわたしだけじゃなくわたしの故郷も馬鹿にしてますよそれ。だってそんな名前の植物見たことありませんし。

あとわたし"ばなな"のことよく知らないですけど"ばなな"を知らない人、全世界にわたしとわたしの故郷の人たち以外にも一人はいると思いますよ、絶対。


「バナナはね…あともう少しで村に着くからそろそろ見えると思う…あ、ほら!あれだよ!」

「あの緑色の棒が集まったやつですか?」

「そうそれ!あれがバナナ!まだあれは熟してないけど熟すと黄色になるんだ。それがすっごく美味しいんだよ!世界中で食べられてると思うよ、たぶん。でもバナナは暖かいところでしか育たないから僕たちやほかの暖かい地域で育てて世界中に送ってるんだ」

「へー、なるほど…」


あんな緑色の気持ち悪い色したやつが黄色になるんですか…ちょっと想像がつきませんね。まあでも、少し食べては見たいかもしれません。旅の醍醐味は食事だと祖父も言っていましたし。それにそろそろお腹が空きました…


「あ、もしかしてバナナ見たらお腹空いちゃった?」

「なんでわかったんですか…」


ちょっとなんかエルさん怖いです。なんでそんなわかるんだろう。もしかして昔本で見た、心が読める能力者ってやつですか?


「お腹が鳴ってたから」

「…………」


能力者でもなんでもなかった。恥ずかしい……。


「でも大丈夫!そろそろ村に着くよ。たぶん村長たちがいろいろ食事を出してくれると思う」

「わあ、ほんとですか!?」

「うん。でもうち貧乏…ではないけど…一応貧乏ってことになってるからそんなに大したものは出せないけどね」

「…?…いいえ全然構いません!とても嬉しいです!」


なんで貧乏をそんなに強調するんでしょうかね?でも確かにさっき浜辺の近くで見た家の様子を見る限り貧乏なのかもしれません。

しかし、食事をご馳走してくれるのは嬉しいですね。リュックの中に申し訳程度の食料は入っていますが…出来るだけ使いたくないのでね。ありがたく頂きましょう!


「あ、じゃあ最後に一つだけ質問させてもらってもいいですか?」

「質問多いね…。いいよ、僕に答えられることなら」


エルさんならなんでも答えられそうな気がしますけどね。頭悪いとか言っておきながら知識も豊富で説明もわかりやすいですし。

そしてわたしは、この島に来てからずっと気になっていた基本的なことを質問しました。


「ここってどこなんですか?」

「…すごく今更だね」

「エルさんが次から次へと知らない単語を出してくるので、聞くのが後回しになってしまいました」

「そ、それはごめん…」

「で、ここはどこなんですか?どういう島なんですか?文化は?歴史は?」

「うーん、それは…僕には答えられないかな」

「え?」


予想外の答えが来て、わたしはとてもびっくりしました。エルさんならなんでも答えられると思っていましたから。今までもすらすらと答えてくれましたし。

まあ、わたしが勝手に一方的に期待してただけですがね。


「何故ですか?」

「僕には、答える資格なんてないし、答えたくもないから」

「…………?」


なんか意味深なこと言われました。

どういうことですか?と聞こうとしたとき、


「だから、ほら。村長に聞いてよ」


他の木と葉っぱで出来た小さな家とは明らかに違う、大きくて、少し頑丈な造りの家が目の前にありました。

ここが村長の家でしょう。一目でわかります。

周りを見ると、ここらへん一帯だけあれだけ茂っていた木が伐採されており、浜辺で見たあの粗末な家よりは少し建築レベルが高い家が村長の家を囲むように並んでおり、それぞれの家の近くには畑があり、様々な植物が育っています。

ここが、エルさんの言っていた村で、この島の中心なのだろう、とエルさんに質問せずとも何となくわかりました。

そして、そこには沢山の人々がいました。

畑で作業をする人、編み物をする女の人、料理する人、遊ぶ子供たち。みんな褐色の肌に黒い髪をしていました。


「村長、いらっしゃいますか?シェリルさんを連れてきました」


そんな中、エルさんだけが明らかに異常でした。

白い肌に白い髪。

わたしはなんだかそれが無性に気になって、エルさんに質問しようと思いました。


「エルさんはどうして────」






「おお!君がシェリルさんか!マッセリン島へようこそ!!」

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世間知らず少女の旅物語 もめん @momen119

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