第二十一話「良い子は真似しないように」

「最初に言っておくけど結人くん、ボク怒ってるからね?」


「う、うん……それは何となく分かる」


 腕組みをして頬を膨らませる政宗。その態度に結人は申し訳なさそうに後ろ頭を掻く。


 結人はクラブとカルネの襲撃から一日の休養を経て、すぐ学校に復帰できた。


 あの日――あれから風呂に入っていたため対応の遅れたローズが合流して事情を共有。眠ったままの結人はリリィが時間停止を駆使して佐渡山家に侵入し、こっそりベッドに寝かせた。


 そして、翌朝目覚めた結人は体を動かせるほど回復しており、登校も可能だった。だが、政宗が止めたため学校を休むことに。


 テスト勉強の疲れも含めて全てをリフレッシュして今日、こうして学校に向かっている……のだが、


(……珍しく政宗が怒ってる。でも、何に怒ってるのかイマイチ分からないんだよなぁ)


 結人は緊張感を伴いながら、恐る恐る推測を口にする。


「俺がクラブから受けた攻撃って多分、内臓破裂とかそんなレベルだったんだよな。それをメリッサさんが治すことになって迷惑をかけた……だから怒ってるんだろ?」


 謝る準備を胸に問いかけると、政宗はジト目を返す。


「……結人くん、本気で言ってる?」


「え、違うのか!?」


「違うよ! あぁ、もう……結人くん、結構察しがいい人だなって思ってたのに。なんでこういう時は気付かないかなぁ?」


 怒りを通り越して呆れる、を絵に描いたような政宗。肩を落として嘆息し、膨れた頬で結人を見る。


(……俺、怒られてる立場なわけだけど、政宗が可愛くて集中できない!)


 思わず緩みそうな口元を手で隠し、結人は考え込んでいるフリをした。


「ボクが言いたいのはね、どうしてあんな危険な真似をしてまで庇ってくれたのかってこと。結人くんに何かあったらどうするの?」


「あぁ、なるほど。政宗の怒りってそれか!」


 古典的に手をポンと叩いて納得した結人。


「でもさ、俺だって無意識だったっていうか。気付いたら体が動いてたもんだから」


「無意識!? なんかもう怖いよ……確かに魔法少女じゃない結人くんが立ちはだかったらあの二人は攻撃できないよ。でも、ああいう危険も実際あったわけじゃない!」


「……本当だ! 今思えば生身の人間が盾になればあの二人を阻害できたのか。全く気がつかなかった」


「えぇ!? もしかして結人くん、そんな考えもなく出てきたの!?」


「うん、だから言ってるじゃないか。無意識だったって」


 信じられず瞳を震わせ、政宗は頭を抱えて深く嘆息する。


「正直、結人くんの考えはボクが思った以上だったよ」


「そうだろうな。何も考えてないってオチなんだからな」


「いや、笑いながら言ってるけど深刻な問題だよ」


 低いトーンで語った政宗の言葉に結人の背筋が反射的に伸びる。


「政宗の言ってることは分かる。ただ、無意識だったからちょっと他人事みたいに感じてるんだよ」


「そんなのってあるのかなぁ……?」


「それがあるんだよ。他人事みたいっていうのは言い得て妙だ。どうして勝手に体が動いたのか、それだけは分かる気もするんだよな」


 結人は駆け出したあの瞬間を思い返す。記憶は茫漠としているが、それでも思い出せることがあった。それを語るなら――、


「リリィさんを守りたいって思った。今度は俺がって……体が動いてたんだ」


 結人はあの時の自分に当てはまる言葉を探し、そう結論付けた。


(立場が逆ならリリィさんはきっと前に出てた。それが分かるから、俺は同じように体が動いたんだ)


 リリィを想い、憧れる結人らしい行動原理。だが、政宗は目を丸くしたまま言葉を失っていた。


「――そ、それで命の危険も顧みず走り出したっていうの!? 結人くんは魔法少女じゃないんだから真似しちゃダメじゃない!」


「生憎、俺はそんなに良い子じゃなくてさ。真似しちゃった」


「しちゃった、じゃないよ! 死ぬところだったんだよ!?」


「そうだな。でも、俺はお前のためなら――死ねると思う」


 結人は脳ではなく心で言葉を選び、政宗はとんでもないセリフに顔を赤くする。


(……うーん。今のはちょっと気持ち悪かったな。それに重い。……でも、あの時感じた気持ちはそれくらいの勢いだったし)


 黒歴史が増えたことに苛まれる結人。一方で政宗は肩を落として深く息を吐く。


「……そんなの駄目だよ。バカだよ。結人くんが死んでもボクのためになんてならないんだから」


「うん、今なら理解できる。そして政宗が怒ってる意味も分かった。……ごめんな。俺の独りよがりだ」


「……まぁ、結果的にはメリッサが助けてくれたし。それに命さえ犠牲にして助けようとしてくれた気持ちは嬉しいんだけどね。映画みたいで……カッコよかったかも」


 手遊びをしながら、恥ずかしそうにボソボソと語った政宗。そして気持ちが伝染するみたいに結人も顔が熱くなり、頬を掻く。


 女の子から「カッコいい」と言われたのが初めてだったため、ちょっと嬉しかったのだ。


(とはいえ、助けに入った俺って結局クラブに殴られて吹っ飛んだだけだよな。それって本当にカッコいいのか……?)


 先ほどまでの高揚感が中和され、気持ちがフラットになっていく。


 さて、そのような会話を重ねている内に二人は学校へと辿り着く。一年生の教室が並ぶ廊下まで一緒に歩き、そこで別れる。それがいつもの流れなのだが……、


「――佐渡山くん」


 不意に声をかけてきた人物――彼は政宗が籍を置く教室から出てきた。


 一時期は苛立ちを重ねる原因で――しかし、同じ気持ちを抱いているため、どこか他人とは思えない人物。


「少し話したいことがあるんだ。ちょっと一緒に来てくれないか?」


 結人を打ち負かし、学年一位の成績を収めた秀才――智田修司だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女は少女を目指した~恋した魔法少女の正体がもしも女の子みたいな美少年だったら?~ あさままさA @asamamasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ