第二十話「魔法少女を越える存在」

「――結人くん! 返事してよ、結人くん!」


 樹の幹に体を叩きつけられた結人はぐったりと首をうなだれ、意識を失っていた。


 リリィは苦痛に鈍くなっていた動きが嘘だったかのように駆け寄り、彼を腕に抱く。しかし、必死の呼びかけに答えることもなく結人は口から血を流し、意識を手放したまま。


「どうして……どうして、ボクを庇ったの!? それで君に何かあったら……ボクが悲しむって分かるはずでしょ!?」


 涙をぽたぽたと結人の顔に零し、悲痛に叫ぶリリィ。


「か、カル姉ぇ……ヤバくないか? アタシ、一般人を攻撃しちまった」


「落ち着きなさい。勝手に一般人が魔法少女の攻撃へ介入しただけですよ。……とはいえ、あのような行動に出るのは予想外でしたね」


 表情を引きつらせて恐れ戦くクラブと、冷静ながらも事態を深刻そうに受け止めるカルネ。


 ――無論、彼女たちは結人の身を案じてるのではない。魔法の国のルールに違反したこと、それによる罰則を思って表情を暗くしていたのだ。


 確かに一般人がこうして魔法少女の盾になれば二人の思惑は崩せる。しかし大抵、魔法少女の別次元な争いを前にすれば容易い死を直感してそんな行動には出られない。


 それだけの威圧が、魔法少女のやり取りには存在する。


 しかし――、


「佐渡山くん、やはり君は躊躇いがない……それが、僕と君の差なのか?」


 凄惨な戦場に足を踏み入れたイレギュラー。そんな彼を修司、そしてクラブとカルネはそれぞれの思いを胸に見つめていた。


 一方でリリィはまだ浅く息のある結人の命を救うべく、行動しなければと考えていた。


 病院へ連れて行き、命の安全を確保する。そのためにリリィは彼の身を抱いたまま空を駆けるべく地を踏んで跳躍の準備をしようとした。


 だが、そんな時――、


「え、何これ……?」


 リリィは自分が取るべき行動の一切を忘れてぽつりと呟く。


 結人の額から緑色の光が零れ、それが奇妙な形を描いたのだ。それは額から乖離して宙へと浮かび上がり、空中で緑の刻印は展開――巨大な円形の魔法陣となって地面へ。


 魔法陣は少しずつ浮遊。そこからまるで幕が上がったように人の足が露わになり、それは腰、胸と順番に具現――、一人の人物を召喚した。




 真っ黒なとんがり帽子に、夜を纏ったようなローブ。そして風に揺れる明るいグリーンの髪――この街に住む魔女、メリッサだった。




 突如として現れたメリッサの存在にリリィ、そして修司にクラブとカルネまでもが唖然とする状況。集まる視線を気にした様子のないメリッサはリリィの胸に抱かれる結人の方を向いて嘆息する。


「随分と派手にやられたね。しかし、リリィを庇ったか……合格だね、君は」


 呆れた笑みを浮かべつつ、その声はどこか嬉しそうだった。


「め、メリッサ……! どうしてここに? ――いや、それどころじゃないや! 結人くんが……結人くんがボクの代わりに攻撃を受けて!」


「分かってる。全部分かってるから……安心しなさい。ちゃんと私が治すから」


 メリッサはどこからともなく握れば隠れる大きさの小瓶を取り出す。その瓶は蛍を閉じ込めたかのように淡い光を内包していた。

 

 瓶を握りしめたメリッサは空いた方の手を結人にかざす。すると、手に橙色の温かみを感じる輝きが生まれた。


 ――それは、治癒魔法だった。


 魔女はマナを用いて自由に魔法を行使できる存在である。だが、この世界の大気にはマナが存在せず、魔女個人が持つマナ量は微々たるものという話のはずだった。


 だが手に持った小瓶による影響なのか、メリッサは魔女の名に相応しい力を行使。治癒魔法の効力によって結人は呼吸が安定し、容態的に安心できる領域まで回復した。


「ありがとう! メリッサ!」


「当たり前のことをしたまでだ。寧ろ、意識が戻ったら結人くんには謝らなければならないな。危険な目に遭わせたこと……そして、私がそれを予想していたことまで含めて」


 メリッサは十分と判断して回復魔法を終え、結人の前髪をそっと撫でた。そして、急務の問題を解決したメリッサは二人の魔法少女と向き合う。


 いつものだらしなさからはかけ離れた真剣な表情――この世界の人間誰一人及ばない理から外れた存在、魔女として威厳を湛えて語る。


「乱暴なご挨拶だね。どうもジギタリスのやつは魔法少女の躾がなっていないようだ。育ちが悪い子が魔法少女になったのかな?」


 カルネのトレードマークとも言える嘲笑を浮かべ、メリッサは言い放った。投げかけられた言葉にクラブは眉間へ皺を寄せ、


「何だと、テメェ!? 喧嘩売ってんなら買うぞ?」


 握った拳を突き出し、乱暴に吐き捨てる。だが――、


「いいよ、喧嘩するかい? ただし、魔法少女ごときが――魔女に勝てるとは思わないことだ」


 堂々たる物言いで一歩も引かないメリッサ。


 クラブとカルネは握りしめられた小瓶と尖がり帽子を見つめ、表情を苛立ちに歪めながら何もできず、そして――、


「……クラブ、ここは引きましょう。マナの用意がある魔女には絶対勝てません」


「でも、あんな挑発されて黙ってられるかよ!? アタシのこと育ちが悪いって――」


「――クラブ、言う事を聞きなさい。今戦っても得はありませんよ」


 子供を叱るようなカルネの声にクラブは必死に苛立ちと葛藤し、やがてその感情に何とか折り合いをつけて表情から戦意を喪失。


 二人の魔法少女はメリッサの方を向いたまま後方へと高く跳躍し、夜の闇へと消えていった。


 撤退したクラブとカルネ、二人の魔法少女へメリッサは、


「ジギタリスによろしく伝えてくれ。そして――魔法の国からの罰則を楽しみにしておくといい」


 そのように言葉を贈り、ニヤリと笑んだ。


        ☆


「どうしてメリッサが現れたの? しかも、なんか結人くんの額が光って……」


「彼が魔法少女から攻撃を受けた時、私がその場に召喚されるよう魔法をかけておいたんだ。あの魔法少女達とリリィが鉢合わせしたら対応できるようにね」


 メリッサと言葉を交わすリリィはベンチの端に座り、腿の上に結人の頭を乗せて休ませていた。ベンチで横になっている結人は寝息を立てており、先ほどまでのぐったりした様子は微塵もない。


 カルネとクラブが去って公園には普段どおりの静寂が訪れていた。街の喧騒が僅かに聞こえるも、それ以外に物音のない静かな場所に先ほどの戦いを想像させるものなど何もなかった。


 メリッサと修司はベンチの傍に佇み、いまだに心配そうな表情を崩さないリリィをそれぞれ見つめる。


「つまり、結人くんがこうして自分の身を挺してボクを守ると思ったから魔法をかけておいたの?」


「そうだ。無茶しそうな子だと感じたからね。とはいえ、本当に起動するとは思わなかったな……」


 メリッサ語りながら被っている尖がり帽子を位置を手で直す。被り慣れていないようでむず痒そうな表情を浮かべていた。


 結人に与えられたメリッサの魔法――それは魔法少女からの攻撃をキーとして起動し、メリッサを召喚する転移魔術。


 ちなみに防御力を僅かに上昇させるおまけ付き。それがなければ結人は粉々になっていたと思われる。


「すまなかったね、リリィ。不安にさせた。ジギタリスとの因縁に巻き込んでしまって申し訳ない」


「それは別にいいよ。ただ、結人くんは……無事なんだよね?」


「あぁ、大丈夫だ。心配するな、この魔女メリッサが保証する――彼の命は確かに救った」


 不安そうに表情を崩して見上げるリリィの髪を撫で、メリッサは安心を誘うべく微笑みを浮かべる。すると不安から解放されたリリィは瞳に涙を溜め、そしてその一雫を結人の頬に零す。


「よかった……よかったよ! ボク、結人くんが死んじゃうんじゃないかって……不安で、不安で仕方なかったんだ!」


 そう口にして、声を上げて泣くリリィ。彼女の感情の放流をメリッサは慈しむように見つめ、頭を撫でる。


 そんな光景を見つめて修司は何か納得したような表情を浮かべ、深く息を吐き出した。

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