第十九話「君のために力を尽くして」

「ほらほら、どうしたよ? リリィ、戦う気があろうとなかろうとアタシらは止まらないぜぇ?」


「ローズさんのようなプライドの高い人間を手折るのも一興ですが――申し訳ありません、私は自己紹介したとおり弱いものいじめが趣味ですので」


 上空にてリリィはまるでキャッチボールの球みたくクラブとカルネから殴る蹴るの攻撃を交互に受け、それぞれの間を行き交う。


 そんな状況から脱却を図ってリリィは時間停止を行使する――も、逃げきれていない。


 実は同じく時間停止を使用できる魔法少女には意味がない。ただ、一般人が介入できない魔法少女の時間が生まれるだけなのだ。


 そして魔法少女たちの世界を目撃できない結人の視界には時間停止が解かれた瞬間に結果だけが具現する。


 ――炸裂。


 そう表現するしかないベクトルの氾濫。


 風圧や物音、衝撃の交差。

 時間停止の間に蓄積した一切が解放され、目の前で炸裂する。


(何が起きてるのか全く分からない……これが魔法少女だけが到達できる領域なのか?)


 理解が追いつかず唖然とした表情の結人。すると修司が結人の方へやってきて問う。


「こ、これはどういうことなんだ……? 佐渡山くん、リリィは今どうなって?」


「多分、時間停止を使ってるんだ。……俺達が干渉できない領域で戦ってるんだと思う」


「じゃあ、僕達は見ていることしかできないのか……」


 修司は絶望に満ちた表情で空を見上げ、手を震わせる。しかし、そこに魔法少女達がいるわけではない。いや――いるとも言えた。


 時間の概念を超越して駆け回る彼女らは、その視界の中を通り過ぎていたのかも知れない。


 だが、目視は不可能。

 生身の人間では干渉できない、彼女らだけの戦いだった。


 しかし、そんな攻防の応酬はいったんの小休止。クラブとカルネが並んで地に立ち、二人に対峙するようリリィの姿が結人達の前に突然現れた。余裕そうに笑う二人に対し、リリィは肩で息をしていた。


 魔法少女の衣装はあらゆる場面に想定して強力な防御力を備えている。あれだけの猛攻を受けても衣装は一切破損なく、リリィ自身に外傷もない。


 しかし、魔法少女の身体強化による攻撃力が僅かに防御力を上回り、超過分の痛みをリリィに与えていた。


 あくまでシャットアウトするのは外傷のみ。痛みは感じているようで、リリィはお腹を殴られていたらしく鈍痛を堪えるべく手で押さえていた。


(あの日、トラックを止めたリリィさんが痛がるって……魔法少女の攻撃ってそんなにヤバい威力なのか!?)


 結人は比較対象を持つ故に戦慄していた。


「あなた随分お優しいんですね。私達が拳で殴り、足蹴にしているのに全く抵抗しない。あまり魔法少女に向いてないのでは?」


「それは……こっちの、セリフ……だよ。……平気で、他人を……傷つけて、魔法少女を名乗るって……何を、考えてるの!?」


「かはは、正義の味方みたいなこと言ってるぜ、カル姉ぇ! あのなぁ、魔法少女は魔法でしか叶わない願いを抱いてなるもんだ。不満を原動力にしてんのに、正義の味方って――自分もままならねーやつが他人を構うとかアホかぁ?」


 クラブは自分の頭を人差し指で小突き、語り終えると舌をべーっと出す。しかし、そんな挑発に反応する余裕もないのかリリィは身を抱いてふらつきながらでその場に立っているのみ。


「佐渡山くん、この街にはもう一人魔法少女がいるそうじゃないか。その子を呼ぶわけにはいかないのか?」


「でも、ローズにとってあいつらは……いや、そんなことは言ってられないか。呼ばなかったことを怒られそうだ」


 結人は瑠璃にとってのクラブとカルネを思い、迷っていた一切を振り切って連絡。しかし、すでに帰宅した瑠璃は現在スマホを見られる状態にないらしく返信はなかった。


「まぁ、いいや。とりあえずカル姉ぇ、このまま攻撃を続けようぜ?」


「そうですね。この子はローズさんと違って性格が温和ですが、その分素直に悲鳴を上げそうです。いじめがいがありそうですよ」


「……ボクが変身を解くまで攻撃するつもり? いいよ、耐えてみせるから」


 リリィはギュッと拳を握り、気丈に振る舞う。結人もその言葉に祈るような気持ちを重ねる。


(頼むから高嶺、早く連絡に気付け! ローズが助けに来れば何とかなるはずなんだ。そしてリリィさんも、もう少しだけ――もう少しだけ頑張ってくれ!)


 ローズの助力で事態は好転するのは結人の予測に留まらず事実だった。魔法少女それぞれの力に差異はない。つまり数がリリィを苦しめているのであって、同数での戦いができれば相手の優位性は損なわれる。


 その予想に間違いはない。しかし――、


「かはは、耐えてるだけじゃ意味ねーぜ? こうして攻撃される度にダメージは蓄積されてんだからな。さてはリリィ、お前知らねーんだなぁ?」


「気絶した魔法少女の変身は解除されます。私達はあなたが根負けするのを待っているのではありません――変身を解除させるべく攻撃しているんです」


 カルネが語った一言、それはリリィ――そして結人にとっても絶望的な事実だった。


(ちょっと待て! じゃあ、このまま戦い続けたらリリィさんは正体をバラされる? もし政宗が変身者だとバレたら――こいつらは一体何をする気なんだ?)


 結人の絶望を置き去りにクラブとカルネは駆け出す。一方、ダメージで身動きが鈍ったリリィは迫りくる彼女らに対して回避行動に移れない。


「時間停止をしない!? どうしてだ、少しでも隙が作れるんじゃないのか!?」


「……駄目なんだよ。魔法少女は時間停止の干渉を受けない。使ってもただ俺達が認識できない空間を作りだすだけなんだよ」


 蚊帳の外にされ、リリィが傷付けられるのを見ているしかできない結人と修司。


 彼らは魔法少女ではない。所詮人の身であるのだから――その戦いに干渉する資格を持たない。そのことに悔しさを噛みしめ、握りしめた手を震わせる二人。


 しかし――、


(守らなきゃ……守らなきゃ! リリィさんの秘密がバレる。今までマナ回収もずっと見ているしかできなかったけど、今この瞬間までそんなのは嫌だ。何か……何かできないのか!?)


 結人は苛立ちと焦りに煽られ、パニックになりながら考える。


 この現状に何か干渉する方法はないのか――?


 時間停止が行われなくなったため、魔法少女二人がリリィに行っていた悪逆非道は結人と修司の眼前で明らかとなる。


 クラブの容赦ない拳による殴打がリリィの腹部へ。そして、逃げようと地を踏み、飛び上がろうとするリリィの足を払い高笑いするカルネ。


 愛しいものが壊される――。


 鼓動が小刻みに打ち付け、焦る気持ちを加速させ、呼吸が早くなる。


 結んだ髪を掴まれ、逃れられないリリィに醜悪な笑みを向けるクラブ。そしてカルネはリリィのくるぶしをぐりぐりと踏みつけ、嘲笑を湛えて見下す。


(このままじゃ――このままじゃ、リリィさんが危ない!)


 そして結人は修司の隣、ぽつりと……、


「……助けなきゃ」


「え?」


「――助けなきゃ!」


 そんな言葉を残し――結人は駆け出していた。


 反射的行動。

 駆け行く背に修司は目を丸くし、手を伸ばして、


「――おい、危ないぞ! 死ぬ気か!」


 叫ぶも、結人に他人の言葉を聞き入れる理性的は残っていなかった。


 いつぞや銀行強盗に対峙したリリィを見て結人は彼女の命に危機を感じた。

 そんな時、結人は迷わず思ったのだ。


 ――代わってやりたい、と。


 彼は愛しい者のためならばあらゆる犠牲を苦とせず、それは自分の命だって例外ではない。そんな無意識に存在していた行動原理が彼を突き動かした。


 クラブは高く跳躍して空中から落下するエネルギーを用いてリリィへトドメの一撃を加える所だった。カルネはリリィの足を踏みつけ、逃げる隙を与えない。


 そのような一方的な状況へ――結人は駆け出し、介入する。


 大の字で、盾になって。


「――ゆ、結人くん! 何やってるの――!?」


 リリィの悲鳴に似た声が響く。


 クラブの振りかぶった拳。魔法少女の身体強化によって高められた一撃の落下点へ重なるようにして結人が立ちふさがる。


 無論、クラブは人間である結人を傷付けるわけにはいかない。

 それはカルネも理解しており、


「――クラブ、やめなさい!」


 叫んで攻撃をやめさせようとする。しかし、すでに繰り出されたクラブの攻撃は結人へ成立してしまう。そして、誰かが時間を止めたとしても無駄。魔法少女は時間停止の干渉を受けない。


 ――叩きつけられる強烈な一撃。


 魔法少女へのトドメとして用意した殴打は、結人の腹部へと炸裂。


 口から大量の血を撒き散らしながら、その身はワイヤーで引っ張られたように数メートル先へ高速で吹き飛ぶ。そして、その身は公園に植えられた樹の幹に叩き付けられた。


 木々にて体を休めていた鳥たちが衝撃に驚き、一斉に羽ばたく。月の輝きで影を纏った飛び立つ闇が、夜空に吸い込まれて消えた。

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