第十八話「魔法少女マジカル☆クラブ&カルネ」

「き、君達はもしかして……」


「ん? お前アタシらと面識あったっけ……?」


「おそらくローズさんから聞いているのでしょう。私達が来ることも」


 緊迫した空気の中、マイペースに会話する二人の魔法少女。


「じゃあ、自己紹介しとこっか。アタシは魔法少女マジカル☆クラブ。好きなものは暴力。よろしくな」


 腰に両手を当て、踏ん反り返る少女。


 肩までしかない深緑のサイドテールを揺らし、下品に笑った口から八重歯が覗く。すぐ他人を睨みつけるクセが刻んだ目つきの悪さで修司と結人、そしてリリィを見回す彼女こそ――魔法少女マジカル☆クラブ。


 そして――、


「私は魔法少女マジカル☆カルネです。好きなものは……そうですねぇ、弱い者いじめでしょうか? そういう意味ではよろしくお願い致します」


 クローバーよりも物腰柔らかな彼女はスカートを摘まんで持ち上げ、上品に挨拶。


 腰まで至るストレートの髪は黄色。礼節を弁えた態度とはかけ離れた嘲笑を湛え、この場にいる者全てに見下したような視線を送る彼女こそ――魔法少女マジカル☆カルネ。


 そう、二人こそ――ジギタリスからの刺客なのだ。


「アタシらはジギタリスに言われて挨拶に来た。……まぁ、言われるまでもなく他の土地に足を踏み入れる必要はあった。なぁ、カル姉ぇ?」


「そうですね。私達、地元ではやり過ぎてしまいましたから……そろそろ新しい遊び場がないと退屈でした。そんな時にこの場所を紹介されまして」


「とりあえず、まずはメリッサの魔法少女マジカル☆リリィ、そんでもって旧友のローズによろしくしとかねーと、ってことでやってきたんだけど……」


「リリィさん一人だけ。……ローズさんには会えませんでしたねぇ」


 人差し指を下唇に当て、とぼけたように首を傾げるカルネ。


 一方、メリッサ組とでも言うべき三人は自分のペースで話を進めていく二人に気圧され、言葉を失っていた。それではいけないと結人は意を決して口を開く。


「新しい遊び場って……つまりはこの街を自分達の縄張りにしようってことか?」


 結人が一歩前へ進んで投げかけた言葉。クラブは面倒くさそうに、そしてカルネは相変わらずの嘲笑を湛えたまま結人の方を向く。


「なんだぁ、テメェ? そういえばこの場に男が二人もいるってのは変だよなぁ。リリィ、お前もしかして男をはべらしてマナ回収してんのかぁ~?」


「い、いや……そういうわけじゃなくて! 結人くんはただの協力者というか」


「協力者? では変身していないだけで、あなたも――魔法少女なんでしょうか?」


 表情とは逆に上品な物言いで問いかけるカルネ。


(会う魔法少女みんなから『お前も魔法少女か?』って言われてる俺は一体何なんだ……?)


 表情を引きつらせて「違うよ」と首を振り、否定する結人。


「カル姉ぇ、そもそも男が魔法少女になれんのかぁ?」


「誰であろうと変身すれば少女の姿になるから魔法少女と呼ばれます。ならば、男でも変身は可能かなと思いまして。……まぁ、実際にそんなのがいたら気味悪いですけどねぇ」


 ふふと笑ったカルネの言葉にリリィは表情を曇らせ、それを結人は見逃さなかった。


(リリィの正体をこんなやつらに知られるわけにはいかないな。政宗に何を言うか分かったもんじゃない)


 そんな思いを胸に結人はクラブとカルネを睨み付ける。


「ちなみにローズさんはご存知ですよね? この街でお世話になっているかと思いますが」


「ローズちゃんはこの街で一緒にマナ回収をやってる友達だけど」


「かはは、ローズに友達ぃ? 面白いこと言うな。あの触れれば誰でも傷付ける茨みてーな女と関わるって――もしかして、ドMなのかぁ?」


「まぁまぁ。クラブ、私達とは合わなかったのですよ。しかし、ローズさんはあなた達に語っているのでしょうか。何故彼女がジギタリスに与えられた街から出ていったかを」


 クラブとは対照的に物腰柔らかなカルネ。しかし、彼女の物言いには隠し切れない悪意が紛れていた。


 メリッサ組の三人は言葉を紡げず静観。それは暗にカルネの質問への答えとなっていた。


「ローズはですね、私達に耐えかねて出ていったのですよ。ジギタリスが彼女に与えた街。そこにはマナ回収の対象が溢れてまして、自分の縄張りを喰らい尽くした私とクラブがある日お邪魔したんですよ」


「そしたらローズのやつ、アタシらの丁寧なご挨拶も突っぱねやがってさ。だから、失礼なやつにはおしおきするしかないだろ……?」


「……お前ら、何を言ってるんだ? それってもしかして――」


 思い至った結人にクラブは下品に歯を見せて語る。


「そうだよ、アイツはアタシらにイジメられて情けなく逃げ出したんだよぉ! かはは、面白くねぇか? 愉快だと思わねぇか? あんだけ高飛車な女が、アタシらに屈して己の身可愛さに逃げ出したんだぜ?」


「確かにあれは堪能させて頂きましたね……。地に伏したローズさんの背中を踏みつけ、表情を苦痛に歪ませる――あはは、あはは、あーっはっはっは、何て甘美な瞬間だったんでしょう!」


 己の身を抱いて悶え、歓喜の声に甘い吐息を交えるカルネ。メリッサ組の三人は二人を一言――「ヤバい」と認識し、警戒心はゲージを振り切る。


(ダメだ、こいつらはダメだ。やっぱりこういうやつがいるんだ。力を手にして酔ってるタイプ……話が通じるような相手じゃない!)


 罪悪感のあるべき場所に悦楽が代入されている明らかな異常者。結人はどこか悟ったような気持ちで良心の欠片もない二人を軽蔑した目で見つめる。


「さて、本題といきましょうか。おっしゃるとおり私達はこの街が欲しいんですよ。素直に応じれば穏便に済むかと思いますが……どうでしょう? 素直に明け渡す気はありませんか?」


「この街を? ……そんなの、駄目だよ」


 狂った人間の要求を断るというとてつもない恐怖。何とか拒否するリリィだが、頼りない物言いとなった。そんな彼女の言葉にクラブはめんどくさそうに舌打ちする。


「素直に応じようが、そうでなかろうと結局こいつは痛めつけるんだろ? カル姉ぇ、そういう交渉ごっこは要らなくねーかぁ?」


「クラブ、あなたは血気盛ん過ぎていけませんね。危機を回避したと安心させてから叩き落とすのがいいんです。あなたとはそういう部分で少し合いませんね」


 カルネとクラブは意見を対立させながら――しかし、仲良さげに顔を見合わせて笑い声を上げた。


(……おいおい、ちょっと待てよ。それって返事なんか関係なく、今からこの二人はリリィに襲いかかるって言ってるんじゃないか?)


 結人は生唾を飲み、ゆっくりとリリィの方を見た。眼前の二人を現実とは受け入れられず、瞳を揺らして表情を恐怖に染めていた。


 結人は拳をギュッと握って勇気を振り絞る。


「待てよ。魔法少女同士はルールなんか関係なく争えるのかも知れない。でもな、リリィさんが変身を解いてしまえばお前らは手を出せない。……そのはずだろ?」


 結人の震えた声で投げた問い。カルネは含んだ笑みを浮かべる。


「よく知ってますね。……そう。一般人相手に私達は手を出せない。もし、危害を加えれば魔法少女の資格を喪失しますからね」


「この力で日々楽しんでるアタシ達は一般人を痛めつけてまで魔法の国のルールに違反することはしねぇ。それは間違いないよな」


 二人の回答を受けて結人は訝しむ視線を送りつつ、内心でホッとしていた。


 ルール無用とばかりに一般人でも攻撃してくる相手だったなら、この場を切り抜ける術はなかった。だが、クラブとカルネは魔法の国のルールに反するつもりはない。


 ならば、予め変身解除によって攻撃を回避できる――そのことを知っていると表明するのは、正体を知られたくないリリィのために一定の意味がありそうだった。


 逃げ道を知っている相手へ無闇に襲い掛かるほど、馬鹿な相手ではなさそうだったからだ。


 だが――、


「でもさぁ、アンタらはそれで事態を切り抜けられるつもりかぁ?」


 心を読んだようなクラブの言葉に結人の心臓はどくんと跳ねる。


「……どういうことだよ?」


「考えてみれば分かるでしょう。変身を解除して正体を明かすのですよ?」


 そこまでを語って――瞬間、結人の視界からクローバーとカルネが消えた。


(――どこへ行った?)


 結人はリリィを見るが彼女の姿もなかった。


 そして、上空――輝く星々が散りばめられ、閉じた瞳のような下弦の月が釣り下がる夜を背景に三人の魔法少女が飛び交う。


(戦いが始まった!? この目で追えない展開……時間停止か!)


 リリィは襲い掛かってくる二人の攻撃を必死にかわし、再び地に降り立つ。そして同じく着地したカルネが語る。


「変身を解くならどうぞ、そうして下さい。しかし、そうなれば素性が知られるのです。こんな時代です、個人を特定される――その恐怖は想像に難くないと思いますが?」

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