第十四話「疲弊する心身」
「図書館で勉強するなんて、なんか学生っぽいね! 図書館はたまに利用してたけど、勉強した経験はないからなんか楽しみだったんだよね」
「そうなんだ? 僕は時々ここで勉強するけど集中できて便利だよ」
政宗と修司の会話。結人は後ろから不愉快そうに見つめていた。
五月十五日、土曜日――修司の提案どおりテストに向けた勉強会を行うべく図書館へやってきた四人。結人が通学に利用する駅にて集合し、そこから徒歩で十分ほど移動したところに図書館はあった。
「私は図書館に来るの初めてだから楽しみだわ。中はどんな感じなのかしら?」
「瑠璃は転校してきたわけだし、こっちの街には詳しくないよな。まだ図書館とかは行ったことなかったのか」
「この街に限らずどこの図書館にも行ったことないわ。本なんて使用人に頼めば用意してくれるもの」
「……あぁ、お前の家はそうだったな」
平然と語った瑠璃に対し、呆れて嘆息する結人。
さて、政宗を先頭として、その隣に修司。そして二人の後ろを並んで結人と瑠璃が歩む形で図書館へと入っていく。無論、結人はそんな行動における組み分けが面白くなかった。
(駅に集合してから修司に政宗を独占されてる感じだ。話しかける隙がない)
その苛立ちを悟ったように修司は振り向き、したり顔を見せる。結人は堪えて引き攣った表情を浮かべるに留まる。すると、隣を歩く瑠璃が何かを悟ったようにニヤニヤとしていた。
「一番のお友達である政宗くんを独占されて不機嫌なのかしら? あんた、意外とそういうの顔に出るのね」
「勝手に判断するなよ。そんなんじゃないって」
「そうかしら? でも、逆に言えば隣が私だと不満だと捉えられるんだから気をつけなさいよね」
咎めるような感じではなく、あくまで言い聞かせる口調の瑠璃。彼女の言っていることは正しかった。
(四人で行動している以上は政宗と修司が仲良くやってたって顔に出すべきじゃない。そうだよな……気持ちを切り替えないと!)
結人は両手で頬を二回叩き、ネガティブな思考を頭の中から払拭する。
そしてやってきた図書館内に存在する学習スペース。個人向けの仕切りを設けた机が並ぶが、今回は四人掛けのテーブルに二人ずつ向き合うように座る。その際、移動時に出来上がっていた組み合わせが適用される。
つまり、政宗と修司が並んで座り、当然結人の隣には瑠璃。
先ほど結人が入れ替えた気持ちはまたも反転。どうしたって政宗と修司のことが気になる。
「それじゃあ、早速始めようか。政宗くん、とりあえず何か気になる教科はあるかな?」
「うーん……正直言えば全部なんだけど、前に結人くんと一緒に勉強して特に弱い教科が見えた気はするんだよね」
後ろ頭を掻いて照れる政宗は問題集を開き、それを覗き込むため修司は椅子を寄せて距離を詰める。
反射的に視線を逸らし、しかし見てしまう結人。
何かを巡った争いに耐えられるほど結人の心は強くなく、そしてそのような好戦的な性格もしていない。この状況は文字通りの地獄だった。
結人も勉強するため問題集を取り出す。
勉強に集中していれば嫌なことを意識せず済み、好都合だった。
○
「ちょっと、あんた聞いてる? もしもーし? 佐渡山くんー?」
「……………………はっ! すまん、すまん。何だっけ?」
瑠璃からの呼びかけに数秒遅れて過敏に反応し、意識を覚醒させる結人。そんな彼を瑠璃はジト目で見つめる。
この光景が先ほどから数度、繰り返されていた。
「あんた、私のありがたい授業を子守唄にするとはいいご身分ね」
「いや、そういうわけじゃないんだよ。ちょっと寝不足でさ」
結人は愛想笑いしながら語り、瑠璃は不審者を前にしたような視線を返す。
勉強会が始まって一時間が経過。政宗は修司の的確な指導に感嘆の声を上げ、一方で結人も瑠璃から応用的な問題の解説を受けていた。
しかし、睡眠時間を削ってまで勉強してきたツケがここにきて押し寄せ、結人は強烈な睡魔に襲われていた。瞼を閉じる度にそのまま眠ってしまいそうになる極限状態。
そして、睡眠不足によって気も立っており、修司の一挙手一投足へ感情が普段以上に出力される。とにかく結人は不安定な状態に置かれていた。
「あんまり睡眠時間削って勉強しても効率よくないんじゃないかしら?」
「それは分かってるんだ。でも、安心して眠れないし、勉強できたはずの時間を寝たら……きっと後悔すると思うんだよ」
「あんた一体何と戦ってるのよ……?」
懐疑的な表情で首を傾げる瑠璃だが、眠気でふらふらと頭を揺らす結人から返事は得られない。
睡魔によって内に秘めておくべくことを口にしてしまった結人。彼の発言に政宗は勉強する手を止め、心配そうな表情を浮かべる。
そして、修司は結人を追い詰めた実感で愉快そう――かと思いきや、口元を不機嫌に歪め、睡魔と必死に応戦する宿敵を見つめていた。
☆
「ねぇ、ローズちゃん。最近結人くんが睡眠時間を削ってまで必死に勉強してるみたいだけど……アレってどうしてなんだろう? 何か知ってる?」
夜七時――土日は基本的にマナ回収を行わないリリィだが、結人がいない場面でローズに聞くために活動していた。なので、いつものように活動終了を報告し合う公園にやってきたリリィ。
ローズは肩を落として嘆息し、髪を指でいじりながら語る。
「正直、私にもよく分からないわ。今日だって何と戦ってるのか聞いても答えなかったし」
「そうなんだ? 結人くん、一人で何を抱えてるんだろう……?」
胸に手を当て、不安そうに俯くリリィ。そんな彼女を一瞥し、ローズは少し迷いながら語り始める。
「一つだけ分かることがあるの。佐渡山くんの態度から察したから確定じゃないけれど」
「態度から……? 何だろう」
「彼はリリィ、あんたのために頑張ってる――それだけは間違いないわ」
ローズの断定する物言いにリリィは目を見開き、息を飲む。
(ボクのため……? でも、勉強を頑張るのがどうしてボクのためになるんだろう?)
新たな謎が増えるだけな言葉だったが、結人の行動原理としてそれ以上のものはないだろうと思ってリリィは納得する。
自分をあれだけ想ってくれる人だからこそ――らしいと思えた。
(とはいえ、結人くんがどうして頑張ってるのかは気になる……。これはちょっと探りを入れてみる必要があるかな!)
リリィは決心した表情で拳をギュッと握る。そんな様子を見つめ、ローズは微笑ましい表情を浮かべる――も、あることに気が付く。
「佐渡山くんが必死に勉強してるの知ってるって……やっぱり、リリィって私と同じ学校の生徒なのかしら?」
ローズの問いにリリィは体をビクつかせる。
「……え、えーっと、何の話? ぼ、ボク全然言われてる意味が分からないや」
「いや、分かるでしょ。ホント、何で頑なに正体を隠すのよ……?」
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