第十三話「盤上で駒を打ち合うように」
「修司くんと結人くんって仲良いの?」
「最近話すようになった感じかな。僕は悪くないと思ってるよ」
爽やかな微笑を政宗に向ける修司、そして物申したげな表情の結人。四人は屋上にて緩やかな風を受けながらお弁当の包みを開いていた。
「そうなんだ。でも、瑠璃ちゃんははじめましてだよね?」
「はじめましてだね。確かこの前転校してきたんだっけ?」
「そうそう。ほら瑠璃ちゃん、挨拶して」
政宗に促され、瑠璃は目を見開いてビクつきながら咳払いをする。
「……た、高嶺瑠璃よ。よろしく」
「ああ、こちらこそよろしく。智田修司だ」
目線を逸らしてぎこちなく挨拶する瑠璃と、いつものように淡々と返事をする修司。自己紹介を終え、形式的なことは完了したと言える状況となった。
今まで三人だった輪の中に新しい一人が加わったぎこちない感覚。しかし、歯車が噛み合い動き出すように少しずつ馴染み始める。……ただし、
(何だろう……いつも使ってる席に座られた感覚がする)
不愉快そうにただ黙々と弁当を食べる結人を除いて。
「相変わらず政宗くんのお弁当って綺麗よね。なんか色合いにセンスを感じるわ」
「えへへ、そうかな? 一応毎日作ってるからね。ちょっと自信あるんだよね」
「その自信に見合うだけのものはあると思う。凄く上手だよ」
「修司くんにまで褒められちゃった……ありがとね!」
後ろ頭を掻いて照れる政宗、そして涼しい顔でさらりと褒めた修司。
結人としてはやはりそういった場面で不愉快さを感じるのだが、内で湧き上がるのはきちんと相手を褒められる修司に対する劣等感ではなく――自分が同じ立場の時にそうできなかったもどかしさ。
(政宗の秘密を知ってるから、初めてあの弁当を見た時に褒められなかった。切なくて胸が張り裂けそうになったから……)
可愛らしく盛りつけられた弁当。それを初めて見た時、結人は「ささやかな反抗だ」と思った。
それが物悲しくて何も言えなかった事実が、目の前のやり取りを前にして「気遣いのできない自分」にすり替わっていく気がして結人は後悔する。
無言の優しさというのは所詮、自己満足なのかも知れないと――。
それから三人は和気藹々と会話しながら弁当を食べ進め、一人先に完食してしまった結人だけが退屈そうにスマホへ視線を注ぐ。
そんな彼の浮いた状況に政宗と修司は気付き、それぞれ別の表情を浮かべる。しかし、会話の流れに押されてあくまで気付くに留まっていた。
そして皆のお腹が満たされた頃、修司が口を開く。
「そういえば、もうすぐ中間テストが近いよね。みんなはテスト勉強してるのかな?」
学生の身分としては目下、一番の話題。政宗は困ったような表情、瑠璃は得意げな笑みを浮かべ、そして――結人はわざとらしい話の運びに悪意を感じていた。
「ボクは勉強があまり得意じゃないから不安なんだよね。正直、テストなくなっちゃわないかなー……なんて思ったり」
「確かにテストって憂鬱だよね。僕も一応、勉強してはいるけど正直不安だよ。高嶺さんはどうなのかな?」
「私? そうね……勉強はあんまりしてないわ。授業を聞いてたらそれで十分だし、テストを憂鬱だとは感じないかしらね」
「えぇー!? 何その余裕は! 瑠璃ちゃん、ボクと同じ中の下組じゃなかったのー!?」
さらりと秀才自慢をしてしまったため、教室で語ったことと矛盾してしまった瑠璃。
政宗の泣きそうな視線を受けて狼狽を身振り手振りにまで出して「ち、違うの」と口にするも、二の句が出てこない。
そんなやり取りを見て楽しげに笑い声を漏らしていた修司だが――ふと、顔から感情の一切失くして、
「佐渡山くんはどうなのかな? 勉強はしてる?」
と、目を細めて抑揚なく問いかけた。
凍てついた手で心臓を握られたみたく鼓動をどくんと鳴らし、そこから連なる不快感を表情に出さまいと結人は無理に笑う。
「まぁ、そこそこはやってるよ。できる範囲で」
必死に勉強していると悟られたくない結人はそう繕う。しかし――、
「何言ってんのよ。あんた、教室で死にそうな顔して休憩時間返上で勉強してるんじゃない!」
「ボクがお昼誘いに行くまでも勉強してたみたいだし、今回は結人くん本気だよね」
あっさりと結人の勉強事情をバラしてしまう二人。
まさか打倒修司を掲げているとは思わないはずなので仕方ないが、結人は内心で人差し指を唇に突き立て「しーっ!」と閉口させたい気持ちだった。
「へぇ、そうなんだ。佐渡山くん、今回のテストに賭けてるんだね。頑張ってるって聞かされると何だか負けられない気持ちになってくるな」
普段の爽やかな語り口調で言った修司だがそこに気持ちはこもっておらず、結人をジッと見つめて口元を不愉快そうに歪ませる。
結人は気まずいものを感じ、視線を空へと向ける。さっきまでは真っ白な雲と透き通るような青空。それが今はどこからともなく暗雲が流れ込み――晴れ渡る景色を汚しつつあった。
その崩れゆく天気を反映したみたいに、修司は手をポンと古典的に叩き、
「そうだ。いいことを思いついた。明日は土曜日だしさ、よかったらみんなで勉強会しない? 図書館とかで集まって分からないことを教え合う場を設けたいんだけど」
提案に結人はわざとらしさを感じた。
「勉強会かぁ……いいね! ボク、一人じゃちゃんと勉強しないから丁度いいかも」
「私もご一緒させてもらおうかしら。勉強をわざわざする必要性は感じないけど、どこかの誰かさんに教えてやる約束もあるし」
好意的に提案を受け止める二人。ニマニマと笑いその誰かさんを見つめる瑠璃に、結人は「ははは」と乾いた笑いを返す。
その提案はまるで政宗に勉強を教えた思い出が汚されるみたいで、結人は心の底を言ってしまえば――行きたくなかった。
勉強を教わって笑顔を浮かべている政宗を見たら――教えていることを誇らしげにしてくる修司を見たら自分はどうなるのか?
それを思えば結人の気は一向に進まない。
しかし、不安感というのは望まない好奇心を呼び起こす。自分の与り知らない場所で行われる修司と政宗のやり取りを想像でしか補完できないのが耐えられない。苦痛だとしてもこの目で確かめなければ、想像がどこまでも飛躍して苛まれる。
ブラックボックスを許せないから――結人はその申し出を断れない。
テストで勝負を挑まれたことと同じく、結人は詰まされていた。
「佐渡山くんはどうする? もちろん来るよね?」
それは見えざる心理戦、盤上に打ち込んだチェックで――、
「……あぁ、行くよ。もちろん」
結人の返事は両手を上げた降参に等しかった。
自陣に踏み込まれ、ことごとくを蹂躙された気持ち。居場所を失い安寧を駆逐されて、蹴とばされ盤上から落とされる。結人は心にぽっかりと穴が空き、風が吹き抜けるようなもの寂しい喪失感を感じていた。
やがて空を埋め尽くした雨雲はぽつりと雫を落とし、屋上の白い地面を黒く染め始めた。
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