第十二話「勝つための努力と協力者」
「ねぇ、昨日リリィが一人でマナ回収やってたけどどうしたのよ? もしかしてまた喧嘩しちゃったとか?」
五月十四日、授業合間の休憩時間全てにおいて教科書や参考書を片手に難しい顔で勉強する結人の姿があった。
そんな彼へ新種の生き物でも見るような目を向けていた瑠璃。結人の醸し出す空気に遠慮してそっとしていたが、疑問が山積みとなり――やがて痺れを切らし口を開いたのだ。
「ん……? いや、別にそういうわけじゃない。というか、あのすれ違いにはお前も深く関わってるんだから安易にいじるなよ」
「あの時の喧嘩はあんた達が勝手に始めてたんでしょ? 私は火に油を注いだだけよ」
「悪びれずそんなセリフを口にできるとか、お前なんかおかしいぞ……」
参考書から視線を瑠璃へと移し、呆れた口調で語った結人。
「まぁ、そんなのはどうだっていいのよ。あれだけリリィと一緒に夜の街を駆けまわってたあんたがどうしちゃったのかと思って」
「どうもしてないさ。ただ、テストも近いから勉強がしたくて自粛してるんだよ」
結人の言葉に裏はなく、本当にマナ回収に行かず家で勉強していたのだ。睡眠時間を削り、そして今のような休憩時間も利用して頭に叩き込めるだけの知識を吸収させる。
それは修司との勝負に勝つための努力だった。
「今回のテストがピンチなのかしら? もしかして成績悪いの……?」
「いや、俺の成績はごくごく平凡――いや、それよりかはちょっと上かも知れない。勉強自体は嫌いじゃないからな」
「そうなの? じゃあ、どうして勉強するのよ?」
「俺はどうやら今回の中間で、トップの成績を目指さなければならないらしいんだ」
話し終えると結人はまた視線を参考書に落とし、睡眠不足で下がってくる瞼と格闘しながら一つでも何かを覚えようと勉強を進める。
――が、一方で瑠璃は笑いを堪えきれず吹き出してしまう。
「ちょ、ちょっとあんたってば、この高嶺瑠璃に勉強で勝つつもり? 私、言っておくけど中学時代は成績トップを譲ったことがないのよ?」
「ずっと成績トップ!? そりゃスゴいな」
素直に驚く結人に対し、瑠璃は涙が出るほどおかしかったらしく目元を指で拭う。
「スゴいのはあんたよ。私に勝つ気でいるんでしょ? いやー、あんたがそんなに笑いのセンスを持ってるなんて知らなかったわ!」
「俺もお前がそんなに笑いのセンスが悪いとは知らなかったよ。あと言っておくが、お前なんか眼中にないからな?」
「……はい? おそらく今度の中間でもトップの成績を収めるであろう私が眼中にないってどういうことよ? まるで私より上の存在がいるみたいじゃない」
修司の存在を知らないようで頭上に疑問符を浮かべ、きょとんとする瑠璃。しかし、結人は瑠璃の言葉など意に介さず、参考書と睨めっこ。
彼の真剣な横顔を見つめて瑠璃は何かを察したのか、「なるほど」とニヤニヤした笑みを浮かべて語る。
「分かった。正直、意味分からないけど……あんたが勉強してる理由、それはきっとリリィのためになるのね?」
「――ッ! べ、べべっ、別にそんなんちゃうわ!」
体をビクつかせ、わざとらしく繕う結人。しかし、語るに落ちており瑠璃は得意げな表情。
「ふーん、間違いなさそうね。まぁ、あんたって四六時中リリィのこと考えてるんだろうし、頑張るならそこよね」
「……だ、だったら何だっていうんだよ?」
結人の怯えるような表情に瑠璃は得意げに笑んで語る。
「いやね、勉強を見てあげてもいいかなと思って」
「……高嶺が教えてくれるっていうのか?」
「そうよ。なんで勉強することがリリィのためになるのかは分からないけど、マナ回収の件であんた達二人には……世話になってるしね」
素直に語るのが恥ずかしかったのか、結人から顔を背ける瑠璃。意外な申し出に結人はきょとんとする。
(そうか、無理に一人で勉強する必要はないのか。……まぁ、リリィさんのためではないんだけどな。あくまで自分のためだ。でも、そのために協力を得られるなら――!)
結人は体ごと瑠璃の方へと向き直り、頭を下げて両手を合わせると、
「……よろしくお願いします。高嶺大先生」
素教えを乞うべく頼み込んだ。瑠璃は上機嫌となり、腕組みをして見下ろしながら、
「殊勝な態度じゃない。いいわよ。でも、私が教えるからには――厳しくいくから覚悟しなさい?」
――堂々たるスパルタ教師宣言。
この日から中間テストまでの休憩時間――瑠璃による結人の学力大幅アップ作戦が開始されることになった。
○
「うわー、本当に勉強してる! もしかしてお昼誘いにきたのは邪魔だったかな?」
昼休み――結人と瑠璃を屋上へと誘いにきた政宗は、昨日の放課後に聞いていた「しばらくテスト勉強に打ち込みたい」という言葉どおりな光景に目を丸くした。
ちなみに昨日の曇り空とは打って変わって、今日は雲がまばらに浮かぶくらいの青空。屋上で昼食とするには絶好の天気だった。
「いや、ランチタイムまで勉強で潰すつもりはないよ。政宗が来るまで少しでも詰め込めるものがあるんじゃないかと思って参考書見てただけだから」
結人はパタリと参考書を閉じ、カバンから弁当を取り出す。
「そうなんだ? でも気合入ってるんだね。今回は高得点目指してる感じなのかな?」
「まぁ、そんな感じ。テスト前はいつもこんなもんだよ」
「へぇ~、やっぱり勉強できる人は違うんだね。ボクなんかはテスト前についつい部屋の片づけとかし始めちゃってさ」
「なんかああいうのってやらなきゃいけないことがある時に限って、集中できちゃうんだよな」
結人と政宗が笑い声を交えて語る光景。高得点どころかトップを目指していることを知る瑠璃はジト目で結人を見つめていた。
「そういえば瑠璃ちゃんは勉強ってどうなの? 勝手なイメージだけど成績良さそう!」
「――え! わ、私!?」
不意打ち的に話を振られた瑠璃は背筋をピンとさせ、顔をほんのりと紅潮させる。
「私は……まぁ、悪くない感じかしらね。そこそこ。あくまで最低限って感じよ」
「そうなの? じゃあボクと同じくらいかなぁ。えへへ、一緒だね」
弾けるような政宗の笑みに見惚れ、次の瞬間には恥ずかしくなって顔を背けて何も言えなくなってしまう瑠璃。
ちなみに結人は先ほど、そこそこどころかトップクラスの成績を自負していた瑠璃を知っているのでジト目で見つめ返していた。
――さて。そのような会話を経ていつもどおり三人は屋上へ向かう。
○
昼休みの開放的な雰囲気、そして自由に行き来する生徒達の流れに混じって進んでいく中で通りかかった政宗の教室。ただ屋上へ至る景色の一つであるはずだが――、
「政宗くん、もしかして今から屋上でお弁当かな?」
突如かけられた声に立ち止まる三人。声の持ち主は教室から顔を出した修司だった。
「あれ、修司くんこそどうしたの? いつもはクラスの子達と学食に行ってるはずじゃない?」
「今日はたまたまお弁当でね。学食の子達についていってもよかったんだけど、どうせなら同じ弁当組に混ざりたいじゃないか」
肩をすくめて語った修司は政宗――ではなく、結人の方を見つめていた。言葉だけは政宗へ向けて送り――しかし、視線は挑発的に結人へ向けられていたのだ。
「政宗くん達はこれから屋上で昼食なんだろう? よかったら――ご一緒していいかな?」
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