第十一話「想いをはかる試験」
「呼び出して悪かったね。またちょっと話をしたくなったんだよ」
五月十三日、授業合間の休憩時間――いつもの自販機にて缶コーヒーを購入した修司はもう一本分のお金を投じようとしながら言った。
結人はそんな挙動を手で制し、
「別に構わないよ。それに奢られてばかりじゃ悪い」
そう言って修司と同じ無糖のコーヒーを自腹で購入。二人は缶のプルタブを開き、揃って空へ視線を預けた。
天気の悪い日が続いており、分厚い雲が陽光を遮る。湿った空気を風が運び、近い内に降る雨を予感させた。
「で、話ってなんだよ? まぁ、リリィさん関連だとは思うけど」
結人はコーヒーを口に含み、広がる苦みに耐えて平静を装う。
「そんな感じだ。前に僕が告白するって話はしたよね?」
「あぁ。でも、まだ実行してないんだろ?」
「まだしてないよ」
弾まない淡々とした会話。牽制するように言葉を放つ、痺れた空気がそこにはあった。
「そういえばまだ聞いてなかったけど佐渡山くん、君は告白はしたのかな?」
何故そんなことを話さなければならないのか、と思う結人。しかし、それも今からの話題に必要なのだろうと察して嫌々ながら語る。
「俺はリリィさんと再会した時、すぐにしたさ」
「…………へぇ、なりふり構わないんだね。凄いじゃないか」
修司は軽く目を見開き、しかし次には面白くなさそうな表情をした。結人は小馬鹿にされていると感じ、苛立ちを覚える。
「それで? リリィの返事はどうだったんだい? 付き合ってないって言ってたし……もしかしてフラれたのかな?」
「だとしたらお前は嬉しいだろうけどな。返事は考えさせてくれってことで今のところは保留だよ」
「そうなんだ。ちなみに君としてはどういう感触な――」
「――俺の話はもうよくないか? 本題に入れよ」
強い語気で結人はピシャリと話題を閉じ、修司は深く息を吐き出す。
「悪かったよ。確かにちょっと話が脱線し過ぎた。本題に入ろう」
そう語り、ぐいと缶コーヒーの中身を喉に流し込んで修司は語る。
「正直言って、告白しようと思ってもいいきっかけがなくてね。今日まで探ってたんだけど、どうも見つからない」
「なんだよ、じゃあ告白は諦めるのか?」
「だとしたら君は嬉しいだろうけどね。告白する予定に変わりはない」
「……そうかよ」
不機嫌そうに吐き捨てる結人。
この数日――常に曇り空のような心境を抱えてきた結人。だが、本人と対峙するとそういった弱気な感情は鳴りを潜め、斜に構え続けていた。
それはせめてもの抵抗、強がりだと言えた。
「それでね、僕は考えたんだ。同じ人を好きになった君は僕にとって無視できない存在。ならば一度――徹底的に叩いておく必要があるとね」
「……何だ、お前? 喧嘩売ってるように聞こえるんだけど」
「そうだとも。僕は君に――勝負を挑むつもりなのさ」
あっさりと肯定し、修司は結人の方を向く。それに呼応して結人もまた修司を見る。
修司の瞳には闘志が宿り――完全に結人を敵として捉えていた。
「一週間後に中間テストがある。全教科の合計点数で――僕と勝負しないか?」
「て、テストで……勝負?」
突きつけられた提案にそれ以上の言葉を失う結人。
(何で勝負する必要があるんだ……? 俺を叩く? こっちが応じなきゃいいだけだろ)
混乱気味に状況を考察する結人。しかし、結人の思考は想定済みとばかりに修司は先回りして語る。
「君は僕と戦わなきゃいけないさ。僕はこの勝負で君が抱くリリィへの気持ち、その強さを測りたいんだ。これは
修司の語った言葉は結人にとって、脅しだった。
「お前の言いたいことは理解したよ。学年でもトップクラスの成績と言われるお前に挑み、勝負すること。勝とうとする努力で気持ちの強さは示せるのかも知れない」
「分かってるじゃないか。なら、勝負を受けてくれるかい?」
「ちょっと待てって。純粋に勝負するだけなのか? お前の挑発にどれだけ真摯に取り組めるか……それを試すだけだとしたら、俺には勝たなきゃいけない理由がないぞ?」
戦いにはかならず勝者と敗者が存在し、栄光と屈辱がそれぞれ与えられるのは世の常。
ならば――戦いが終わった時に与えられるものとは?
そんな疑問の答えを修司は語る。
「もしも君が勝ったら――僕はリリィ、そして政宗くんに告白しない」
「告白……しない?」
「あぁ。僕は自分の学力に自信がある。それを超えられたら僕は素直に負けを認めるね。僕に勝つほどの努力と情熱を見せられたら、君こそ彼女に相応しいと心から思えるだろうし」
胸に手を当てて語った修司。
(もしこの勝負に勝てば、いつもどおりの日常を取り戻せる――?)
結人の心に一筋の光が差し込み、緊迫した鼓動の高鳴りを感じる。ただ、疑問はまだ拭いきれない。
「……じゃあ、俺が負けたらどうなる?」
「君に勝ったという事実をきっかけとして僕は告白する。それ以外には何もないよ。つまり、予定どおり僕が告白するだけで君には何のリスクもない」
「なるほど……この勝負でお前は告白のきっかけを作りたいのか」
不愉快そうな表情の結人に、修司は首肯する。
(自信があるからこそ、そんなエサをぶら下げて俺を誘うんだろうな。そして、逃げればその程度の想いだったと自動的に証明されるから――俺は勝負に乗るしかない)
退路は断たれ、敵の戦略の渦中にいる状況。しかし、可能性は目の前にぶら下がっている。
勝てば守れる平穏のため、結人が選ぶべき答えは一つ。
(相手の思うツボだったとしても、この勝負――受けるしかない!)
結人は修司と同じ眼差しを返し、ゆっくりと口を開く。
「……分かった。勝負を受けよう」
「受けてくれるんだね? じゃあ――勝負しようか」
そう言って修司は空になったコーヒーの缶をゴミ箱に投じて校舎へと戻っていく。結人は缶の中身を一気に飲み干し、決心した表情で空を見る。
相変わらず厚い雲は青空を閉ざし、陽の光は遮られたままだった。
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