第十話「下位互換の敗北感」
「うわぁ! すごいねぇ! まるでスポーツ選手みたいだよ!」
「本当だなぁ……なんであそこまで動けて何の部活にも入ってないんだよ」
体育の授業は隣のクラスと合同で行うため、政宗と結人は並んでバスケットボールの試合を観戦していた。
コート内で修司はドリブルをしながら機敏な動きで相手の妨害網をすり抜ける。そして、稲妻を描くようにゴールへと駆け寄りダンクシュート。
周囲で見守る生徒からの喝采を受けながら、修司はやはり涼しい顔をしていた。
五月七日、外は生憎の雨。だが、天井を穿つ雨音は歓声と床を叩くボール、そして靴の音に掻き消されて悪天候を忘れそうな活気が体育館の中にあった。
まさにヒーローといったゴールを決めた修司。だがそれで試合が終わりではなく、また攻防の応酬に戻っていく。そんな瞬間――修司は政宗へと視線を送った。
無邪気な笑みで手を振る政宗を横目で見つめ、結人は浮かない表情。
(勉強ができる上に、スポーツ万能。俺が勝てる要素なんて一つもないじゃん)
拗ねた気持ちを胸に抱え、不貞腐れて試合を見る。そして、気持ちが沈むたびに結人は、
(政宗からしてみれば修司は自分を男性だと思って近づいている人間。そんな相手なんかどうも思わないはず)
と、心の中で呪文のように繰り返し呟く。
――だが、そうは言っても政宗は女の子。政宗から見れば修司は異性なのである。
(俺みたいな何の取柄もないやつじゃ……修司には勝てない)
魔法少女の存在を忘れず、そして政宗の正体を知っても恋し続けられる修司は自分の上位互換だと――結人はそんな風に考え始めていた。
少し前、政宗は結人と瑠璃の仲を勘違いしていた。その立場を自分に置き換えたような状況だと結人は思う。
しかし、厳密に言えば違う。
政宗は別に結人を好きだとは言っていない。ブレないと信じられる好意を表明されたわけではないし、誰を好きになろうが政宗の自由。
あの時とは――ケースが違う。
「……結人くん、なんか顔色悪くない? もしかして体調悪いんじゃあ……?」
「ん、あぁ……大丈夫だよ。ちょっと寝不足かもな」
心配そうに覗き込んでくる政宗に、結人は作った笑みを返す。そして言い訳で語った寝不足が、事実だと気付く結人。
閉じた瞼に映し出される考えたくない未来に心は落ち着かず、意識は現実に張り付けられる。眠りに落ちることなどできなかった。
(いつだったかな? 女の子として告白されるのが嬉しいって政宗は言ってた。そんな告白を修司からもらったら……もっと嬉しいんじゃないか?)
自ら気持ちを苦しい方向へと追い込んでいく結人。
――でも、そうしないとやっていられなかった。
無自覚な馬鹿ではいられないからこそ、可能性全ての蓋を開けて中を確認してしまう。乗り越えた気になりたかった。ブラックボックスは怖すぎるから。
修司の存在を意識してから――結人の心は一気に摩耗していた。
○
「今更こんなこと聞くのも変だと思うけどさ……政宗ってどんなやつがタイプなんだ?」
結人はふと口にハンバーガーを運ぶ手を止め、隣に座る政宗へ問いかけた。
夕方六時――マナ回収は放課後から夜までぶっ通し行われるわけではなく、こうして途中に休憩を挟む。そして空腹を満たすべく、飲食店へと入るのは二人にとって密かな楽しみとなっていた。
ハンバーガーショップ二階の飲食スペースにて窓ガラスを前に並んで座る二人。ドリンクを両手で持ってストローを口に含む政宗は体をビクつかせて結人の方を見る。
「そ、それって……どんな男の子が好きかって質問かな!?」
「まぁ、そうなるのかな。今考えたらこういう話ってしたことないなと思って」
「そ、そうだね。ボクも恋バナみたいなことって、誰ともできなかったし……たまにはそういうのもアリなのかな?」
顔が赤いのは窓から望む夕焼けのせいではないらしく、政宗は俯いて質問を考える。
質問の意図、それは自分を見つめ直すためのもの。政宗のタイプを理解し、そんな人間に自分を合わせていけたらと思ったのだ。
特技や特徴がないと落ち込む結人だが、何もせずボーっとしているわけにはいかない。そんな焦りからの行動だった。
とはいえ、結人としても自分の聞いていることがちょっと恥ずかしいのか、政宗の方を見ず窓の向こう夕暮れの街並みで一際目立つ展望塔を見つめる。
窓ガラスには先ほどまで降っていた雨粒が残っており、沈みいく陽の光を受けて宝石のように輝く。
気付けば、結人も政宗と同じ顔色をしていた。
「そうだなぁ……まずは何より、優しい人かなぁ?」
「意外と定義が難しいのを最初に持ってきたな。でも、やっぱりそこか」
「雑だったり、乱暴な人はちょっと嫌かな」
頬を掻きながら窓へ視線を預ける政宗の横顔を見つめ、結人は考える。
(俺は優しくできてただろうか……? そして、修司はどうなんだろう?)
――例えば、修司が勉強を教えると政宗に申し出たこと。あれも優しさではないのか?
結人は今更ながら、この質問で修司そのままのことを言われたらどうするのかと不安になる。
「あと、賢い人。自分にはないものだから憧れちゃうんだよね」
「か、賢い人かぁ……。なるほど、なるほど」
えへへと笑いながら語る政宗に、結人は気丈に振る舞いながら心には大きなヒビが入っていた。
(賢さに関して修司に適う部分なんて俺にはないじゃん。これ、もしかして本当に……?)
聞かなければよかった、と後悔し始める結人。その胸中など知らず、政宗は続ける。
「これが一番大事かも知れないんだけど……一生懸命な人、かな」
結人は必死で表情に平静を描きながら――頭の中は真っ白になり、言葉を失ってしまう。
(…………修司のことを言っているようにしか聞こえない。勉強にスポーツ、何事にもアイツは一生懸命だ)
何も反応を示さないわけにはいかず「ははは」と困ったように笑う結人。そんな彼の反応に政宗は頭上に疑問符を浮かべ、首を傾げる。
もし――政宗の好みが修司そのままであるなら、下位互換である自分に勝ち目はないと結人は思う。
しかし、ならば「負けだ」「降参だ」などとあっさり捨てられるほど軽い想いではない。だからこそ、考える。
(つまり、修司を越えるような人間になれってことか……? 今から? そんなこと……できるのか?)
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