第九話「日常の影を歩く者」
「おかしい……! 昼休みなのに政宗が来ない。おかしいぞ!」
「死にそうな顔して震えてるあんたの方がおかしいわよ……」
クラスの人間が席をくっつけてお弁当を食べたり、学食などそれぞれの場所へと向かう中、結人は自分の席から動かず焦りで瞳を震わせていた。
そして、そんな結人を瑠璃が隣の席からジト目で見つめる。
「まぁ、確かに政宗くんが来ないと私もお弁当をどうしたらいいのか分からないわね。最近はいつも一緒だし」
瑠璃からマナ回収した一件以後、三人揃って屋上でお弁当が昼休みの決まった光景だった。結人の苦手意識の変化もあって政宗が教室まで訪ねてくるようになったので、今日も誘い待ちをしていたのだ。
「っていうか、来ないことにぶつぶつ文句を言ってる暇があったら行動しなさいよ。隣のクラスなんだから見に行けば?」
「いや、それは……ちょっと」
「何で見に行くのが駄目なのよ」
歯切れ悪く語った結人と、しかめっ面な瑠璃。
どうして来ないのかと口では言いつつ、結人は勝手に予想を立てていた。それは今朝話しかけてきた智田修司を役者としたものだった。
(もし……もし、教室で政宗が修司と一緒に弁当を食べてたら俺はどうしたらいい?)
結人は修司の存在にペースを乱され、授業も集中できていなかった。
「じゃあ、スマホで連絡しなさいよ。それなら問題ないんじゃないの?」
「それもどうなんだろうな……。あ、そうだ。高嶺、お前から連絡してくれないか?」
「どうして私から連絡するのよ」
瑠璃の正論に自分でも「まぁ、そうだよな」と思う結人。できれば「ごめん、今日は修司くんとお弁当食べるね」みたいな文章を見たくなかったのだが、瑠璃は協力してくれなかった。
しかし、それにも理由があるようで――、
「そもそも私から連絡はできないのよ。政宗くん、頑なに連絡先を教えてくれないから」
「あれ、そうなのか……?」
「ええ。何故なのかしら? そういえば逆にリリィは連絡先を教えてくれたけど、正体は明かさないしゴールデンウィークも遊んでくれなかった。私、やっぱり友達との接し方に何か問題があるのかしら……?」
今度は瑠璃がズーンと沈んだオーラを纏い、結人は語るべき言葉を持たないために頬を掻く。
(まぁ、政宗のスマホは一つしかないからリリィの時に教えたらそれっきりだよな)
おそらく魔法少女同士の連絡を優先したと思われ、それを伝えてやれば瑠璃の気持ちは晴れるのだろう。しかし、まだ政宗は正体を明かすつもりはないらしい。
しばらく瑠璃のこういった葛藤は続くのかも知れなかった。
「接し方は問題ないと思うぞ。自信持てって」
「本当に? そう言ってもらえると助かるわ」
「とりあえず、待ってても仕方ないよなぁ。やっぱり見に行くのが一番早いか」
気が進まず、重い腰を上げての行動だったが腹は括った結人。
上がる心拍数を不愉快に思いながらも立ち上がる。そして衝撃の光景を予めイメージして慣れと覚悟を急造し、隣のクラスへ。
廊下から扉の向こう、教室内を覗く。
すると――教室の中で席に座る政宗と立ったままの修司が談笑していた。弁当は食べていなかった。
最悪のシチュエーションは回避していながらも、それなりに不快感と焦りで光景に胃が痛くなってくる結人。
すると結人の視線に気付いた修司が一瞥。結人に向かってしたり顔を浮かべ、また政宗との談笑に戻っていく。
その挑発に沸き上がる感情は濁流となって結人の平常心を飲み込む。嫉妬心と焦り、喪失感に苛立ち、混じり合う感情が一気に押し寄せた。
「いやぁ、絵になるわね……あの二人。美少年同士だものね」
背後から品定めするような声が響き、結人は体をビクつかせる。振り向くといつの間にか瑠璃が立っており、同じく政宗のクラスへ視線を注いでいた。
「た、高嶺! いたのかよ!」
「いたわよ。それにしてもピッタリの組み合わせよね。ホント、眼福っていうか」
「なんだお前……そういう趣味なのか?」
「そういう趣味って……女の子なら当然の嗜みでしょう? これから友達を作っていくためにそういった年頃の女子の趣味趣向はとりあえず押さえてあるのよ」
「それが年頃の女子が言うセリフかよ」
結人は引き攣った表情を浮かべつつ、同時に瑠璃の事情を思って悲しくもなる。おそらく瑠璃はみんな好きなものが分からず、ネットなどで調べた知識を鵜呑みにしたのだろう。
(とりあえず押えたって割にはガッツリハマってんじゃないか……? もの凄くワクワクした表情してるけど)
瑠璃の視線を追うようにして、結人は再び政宗と修司を見る。
(絵になる二人、か……確かにそうなのかも)
結人の目には談笑する二人が美少年と美少女に見えていた。
――その後、まもなくして結人と瑠璃の存在に気付いた政宗は修司との会話を切り上げ、「ごめん、ごめん」と謝りながら駆け寄ってきた。
○
「そういえば智田修司……だっけ? あいつと何を話してたんだ?」
「んー? 別に大したことじゃないよ。テスト近いから不安だって言ったら、同じクラスだし教えてあげようかって言われたりして」
「へぇ、そうなのか。きっと教えるのも上手いんだろうな」
合流した政宗を含めた三人で屋上にて昼食。気になる結人は会話の流れを無視してさっそく問いかけてしまった。
(勉強を教えるの、政宗に俺がしてやれる数少ないことだったんだけどな……)
気丈に振る舞いながら、内心ではかなりダメージを受けていた。
「そういえば結人くん、朝に修司くんから呼び出されてたよね? そっちは何の用だったの?」
「ん、俺の方か? ……いや、こっちこそ大したことじゃないよ」
「そうなの?」
「ああ、そうだとも。そ、それより、修司とは他に何を話したんだ?」
落ち着きの無い口調で話題を元に戻す結人。
「あんた、何でそんなに智田くんと政宗くんの会話が気になるのよ……?」
「確かに結人くん、ちょっと変だよね。どうしたの?」
ジト目で見つめる瑠璃の視線に体をビクつかせる結人。調子が狂っているのは自覚しており、反省して押し黙る。
(政宗の気持ちが修司に傾かなかったらそれでいいんだよな……? そのはずなんだけど)
修司がリリィの正体を男性だと理解していながら――問題視していなかったのが気になっていた。
政宗が性同一性障害で心が女性だとは知らないはずで……ならば修司は姿かたち、性別など関係なく一人の存在として政宗とリリィを愛しているのか。
リリィの正体が男性の体だと知った時、結人は一度自分の気持ちを失いかけた。
同じように正体を知った時、修司はどうだったのだろうか?
(何となくだけど……すんなり受け入れたんじゃないかって思う。だとしたら、俺じゃ勝てないんじゃないか?)
勝手な妄想は結人の抱く不安によって立体的になっていく。像を与えて立ち上がらせ、結人の起き上がろうとする気持ちをことごとく踏み潰す。
いつもの昼休みを過ごす中にあって、鬱屈とした気持ちを抱える結人。今日までどうやって笑っていたかが分からなくなり、表情が手動操作になる。
なるべく自然に――と、擬態するように胸中を隠して他愛ない話を笑う。
日常から置いていかれているような感覚がしていた。
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