第五話「不穏な空気に備えて」
「今日、ジギタリスと会ってきたんだけど……ちょっと不穏な空気を感じたわ」
勉強会を行った日の夜――魔法少女の活動を終えて合流するや否や、ローズは神妙な面持ちで語った。
「不穏な空気? そもそもジギタリスに願い事の変更が可能か聞きに行ったんだっけ?」
「ええ、そうよ。結果から言えば変更は可能だったわ」
「へぇ、可能なんだ。願いの変更ってどんな感じでやるのかな?」
「難しくないわよ。魔法少女になった時の契約書を更新するだけみたい」
魔法少女達の会話を聞き、意外ときちんとした契約に驚く結人。
(契約書って……魔法少女って書面契約なのか? 羊皮紙に血判とかかな? それはそれで魔女のイメージ通りではあるけど魔法少女っぽくないなぁ)
詳細を聞きたくて仕方がなかったが、話が大きく脱線しそうだったので自粛した。
「とりあえず、今まで集めたマナを使って他の願いを叶えられるんだ?」
「そうみたいね。マナもかなり溜まってるみたいだったわ」
「なら、大抵は叶っちまいそうだな。何を叶えればいいんだろうな……欲しいものとかないのかよ?」
「うーん……ないわね。欲しいと思ったものは大抵、家の人間に言えば手に入るし」
嫌味っぽさの欠片もなく語ったローズ。金持ちの娘だと思い出し、結人とリリィは「あぁ」と納得の言葉を揃えた。
とりあえず、ローズの願い事と集めたマナに関しては解決したようだった。
「で、ジギタリスさんはマナ回収でローズさんの抱えている問題が軽減されたことについて何か言ってた?」
「そんな手段があるとは気付かなかった――って、さらりと言われたわ」
肩を落として嘆息しながら語ったローズ。ジギタリスがそのような返事をするのは予想しており、実際にそう返されたからか呆れて嘆息した。
(ジギタリスからすればローズは願いを安く叶えられて、マナも手に入る都合がいい相手だったはず。なら、他所の魔法少女に高嶺からマナを回収されたのって面白くないことだよな)
――と、そこまで考えて結人は気付く。
「なぁ、ローズ。もしかして、ジギタリスが不穏な空気を醸し出してるのってさ……?」
「……えぇ、そうよ。キープしていた私のマナを掠め取られて機嫌がよくないのよ。口では言わないけどね。でも――魔女メリッサと、その魔法少女に近々挨拶するって言ってたわ」
「メリッサの魔法少女……ってボク!? 挨拶って、それ穏やかな意味じゃないよね!?」
自分を指し、体をビクつかせるリリィ。結人も思わず唾をごくりと飲む。
「その挨拶、どういう感じでアプローチしてくるんだろうな。……正直、不安だ」
「たぶん、抱えてる魔法少女をこっちに寄越すんじゃないかしら。ジギタリスは自分から出張るようなタイプじゃないわ」
「マジカル☆クラブさんと、マジカル☆カルネさん……だっけ?」
禁じられた言葉を口にするような震えた口調のリリィにローズは首肯する。
「私もこの街で活動する魔法少女としてメリッサさんとリリィの味方をするつもり。だけど――クラブとカルネは危険なやつだから、警戒はしておきなさいよ。……本当はこんな報告したくなかったんだけど」
ローズはリリィから顔を背け、奥歯をギュッと噛んで語った。
彼女は自分を救うためマナを回収したせいでジギタリスの怒りを買い、結果――リリィが狙われる結果になったと責任を感じていたのだ。
とはいえ、リリィはそんなことで責めるつもりは一切なく、苛立ちで震えるローズの拳を両手で優しく包んで「大丈夫だよ」と言う。
「どんな敵がやってきたってローズさんと結人くんが一緒にいてくれればどうにかなるよ。心配しなくても大丈夫、冷静に対策を考えようよ」
「え、あ、そう? あ、ありがとう……。正直、佐渡山くんが何の役に立つのかは分からないけど」
「おい、サラッと俺を役立たず扱いするな。言い返せないからただ傷付くだけだぞ」
文句を言う結人――はさておき、リリィから顔を背けつつきちんとお礼は言えたローズ。以前の悪循環を抱いてた彼女なら責任に押し潰され、このように素直な反応にはならなかっただろう。
「とりあえず、メリッサに相談するのが一番いいかな。結人くん、そしてローズちゃん――明日メリッサのところへ一緒に行ってくれない?」
「メリッサさんのところへ? ……私も行っていいのかしら」
「もちろんだよ。もうローズさんはこの街で一緒に活動してる魔法少女なんだから。結人くんもいいかな?」
「あぁ、俺はもちろん構わないぞ。魔女がどんな存在かも興味あるしな」
結人が快諾し、明日――三人はメリッサを訪ねることが決定した。
○
「……で、なんであんたは変身したまま来てんのよっ!」
「だって正体はバラせないわけじゃない? なら、この恰好で来るしかないよ」
五月四日――約束どおりメリッサと会うため三人は集合。その場所が変身スポットとなってしまった路地で、そこへ政宗はマジカル☆リリィの姿でやってきた。
当然、リリィの姿でやってきた理由を分かっている結人は何も言えない。そして、頑として正体を明かさない姿勢に瑠璃は納得いかなさそうだった。
「まぁまぁ、ボクがこうして変身してきた意味は他にもあるんだよ。ここからメリッサの家まで移動するわけだけど、大した距離じゃないとはいえ歩かなきゃいけないじゃない?」
「そうでしょうね。あ、もし歩くのが面倒だっていうならウチの運転手を呼ぶけれど?」
「いや、運転手さんは呼ばなくていいよ。ボクが二人を抱えてメリッサの家まで跳ぶから」
「――え? ちょ、ちょっと待って! それってつまり、いつも佐渡山くんがおんぶされてるみたく無様な姿を私も晒すってことかしら!?」
罰ゲームが決定したかのような絶望を表情に描く瑠璃。
「こらこら、無様って言うな。言い返せないからただ傷付くだけだぞ」
「ちなみにおんぶじゃないよ? 二人を両手に抱えて跳ぶの。こうお腹周りを抱えるようにしてさ」
「まぁ、背中は一つしかないもんな。なんか狩られた獲物みたいで恥ずかしいけど……仕方ないか」
「えぇ!? 何を受け入れてんのよ! そんな移動法アリなの!?」
物申したげに瑠璃は結人とリリィを交互に見る。どうしても嫌なら瑠璃も変身すればいいのだが、咄嗟に思いつかなかったようで結局――、
「い、いやぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁああああああ! こんなの一生の恥よ! 降ろして、降ろして―――――!」
「暴れちゃ駄目だよ! 瑠璃ちゃん、我慢して」
リリィは捕らえた獲物を持ち帰る狩人のように二人を抱え、ビルを足場に跳んでメリッサ宅へと向かった。
○
「うぅ……なんか変な酔い方をしてしまったわ。吐きそう」
「大丈夫かよ。トイレ貸してもらって吐くといい」
「うーん。メリッサ、またインターホンを押しても応答しないよ」
閑静な住宅街にあるアパートの二階。メリッサ宅を前にして瑠璃は体を丸めて乗り物酔いに苦しみ、リリィはインターホンを押すたびに首を傾げていた。
いくら呼び出しても応答しないメリッサに業を煮やしたリリィはドアノブを捻る。すると、以前のように扉は開いていた。
だが前回と違う点があり、それは部屋の電気が点いていること。
そして、トイレの扉が開いておりメリッサが――、
「オロオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロ――――ッ!」
二日酔いで嘔吐していることだった。
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