第四話「大きな幸せ、大きな影」
「へぇ、ここが結人くんの部屋なんだ! なんか予想どおりかも!」
「あ、魔法少女アニメのDVDを見て言ってるな! まぁ、俺も政宗の立場なら同じこと言うと思うけど……」
五月三日の昼下がり、約束したとおり勉強をするため結人の家にやってきた政宗は通された部屋で感嘆の声を上げた。
部屋は勉強机にベッド、床にはテーブルが置かれており座布団が政宗の分も用意されている。
見るからに普通の部屋だが本棚には魔法少女関連の書籍やDVDがギッシリと収納されており、それは数年間リリィへ抱いていた想いの具現であるとも言えた。
「凄い数……しかもタイトルがバラバラってことは、こんなに魔法少女アニメって世の中にあるんだ」
並ぶ背表紙を見つめて感心したように呟く政宗。
ちなみに結人は女の子を部屋に呼ぶため、女子受けを考えてグッズを片付けようとした。しかし、自分を偽って接するのはどうなのかと思い、全てを曝け出したのだ。
「俺の趣味全開な本棚をチェックするのもいいけど、予定どおり勉強といこうぜ。座ってくれ」
「あ、うん……。何だかいざ勉強すると思うと憂鬱だなぁ」
「何を言ってるんだよ。ほら、観念して学生の本分に勤しむんだ」
「むぅ……。まぁ、やらなきゃ始まらないもんね!」
唇を尖らせて拗ねた態度の政宗だったが、気を取り直して両手をギュッと握りしめやる気に満ちた表情に。
四角いテーブルを「く」の字で埋めるように座り、政宗はカバンから教科書類を取り出す。
「どの教科から教わればいいのかな? ボク、どれも満遍なく得意じゃないんだよね」
「うーん、俺も他人の勉強を見たことがないからよく分からないな」
「魔法少女と勉強の両立ができてればこんな苦労はしないんだろうけど……」
「まぁ、それはアニメの世界で魔法少女達もよく抱える悩みだな」
教科書をパラパラとめくりながら溜め息をつく政宗に、結人は同情気味に言った。
政宗は放課後から夜まで魔法少女の活動をしている。なかなか勉強をする時間は取れないのだろう。……そう思ったのだが。
(いや、ちょっと待て。本当にそうか……?)
結人は怪訝そうな表情を浮かべて政宗を見る。
「政宗、俺達が魔法少女の活動を終えるのはだいたい夜の七時なわけだが……お前はいつも何時に寝るんだ?」
「ん? えーっと……十一時くらいかな? 夜更かししてもうちょっと起きちゃうときもあるけど」
「じゃあ、それまでの時間は何してるんだよ?」
「お風呂入って、楽しみにしてるドラマを見て……あとは部屋でスマホいじってたりかな」
問われている意味が分からないとばかりに首を傾げる政宗。結人は頭を抱えて大きく溜め息。
「はっきり言おう。魔法少女と学業が両立できないんじゃない。政宗が単純に――勉強をしていないだけだっ!」
犯人を看破した探偵ばりに指差し、宣言する結人。
そう、政宗には十分勉強する時間があるのだ。
「な、何だってぇ――――!? ぼ、ボクの意識の問題だったっていうの――――!?」
看破された犯人ばりに驚き、衝撃の事実を受け止める政宗。
何故かお互い、肩で息をして見つめ合う。
政宗が勉強を苦手としている理由は魔法少女という特殊な事情など何も関係なく――自由な時間を好き勝手に過ごしているだけだと発覚した!
○
「結人くん、教え方も上手……学校の授業より分かりやすいかも」
「流石にそれはないだろ。政宗が授業聞いてないだけなんじゃないか?」
「えへへ、そうかもね」
弱点チェックと題して問題集を解いてもらい、政宗の不得意な部分を重点的に教える結人。政宗も教えればすぐに理解する賢さを発揮したため、成績の悪さは単なるやる気の問題だった。
真剣な表情で問題集に視線を落とす政宗。隣で見つめ、結人は胸が熱くなる。
(やべぇ……何だこの状況、幸せ過ぎる。一緒に勉強とかカップルみたいなシチュじゃん……!)
結人は思い切って勉強会を自宅にした自分を褒めてやりたい気持ちになった。恋愛漫画でよく出てくる「このまま時間が止まればいいのに」を今まさに実感する結人。
しかし、そんな幸福を邪魔するように――扉をノックする音が鳴り響く。
『――結人、お茶とお菓子持ってきたから空けて頂戴』
「か、母さん!? ほっといてくれたらいいって言わなかったか!?」
体をビクつかせ、母の来襲に神妙な面持ちの結人。無視するわけにもいかず扉を開くと愛想のよい表情を浮かべた結人の母が立っていた。
湯気が立ち上る紅茶二人分と皿に盛ったクッキーをお盆に乗せ、室内に運び込んでテーブルの上に広げていく。
「ちょっと休憩しなさいな。はい、あなたも紅茶どうぞ」
「おいおい、ベタなことしてんじゃねぇよ」
「あ、ありがとうございます! 結人くんのお母さんですよね?」
突然現れた結人の母に、政宗は恐る恐るといった感じで紅茶を受け取りながら問う。
「もしかして姉に見えたかしら? でも、お母さんで合ってるわよ。いつも結人がお世話になってるわね」
「い、いえ! こちらこそ! ボクは藤堂政宗です!」
結人の母親へ緊張気味に挨拶した政宗。そんな二人を見て結人は複雑そうな表情を浮かべていた。
……まぁ、当然だろう。この年頃の少年にとって母親とはそういうもの。そして、結人からすれば女の子と一緒にいる空間に乱入されたのだ。
「それにしても結人が友達を連れてくるなんて久しぶりねぇ。中学に入ってからは変なアニメばっかり見て、友達とも遊ばなくなったから」
「こら、変なアニメって言うな」
息子の不満げな表情にして楽しげな結人の母親。
しかし、政宗は――、
「そ、その節は本当に申し訳ありません……」
マジカル☆リリィをやっているせいで他人の息子の趣味を歪めたため、気まずそうに後ろ頭を掻く。
「あら、なんで政宗くんが謝るのかしら……? まぁ、いいわ。それで、高校に入ったと思ったら、最近は夜まで遊んで帰ってくるから変な友達とつるむようになったのかなってちょっと心配だったのよね」
「そ、その件に関しても本当に申し訳ありません……!」
萎縮して絞り出した声で謝る政宗だったが、結人の母は「あははは」と軽く笑い飛ばす。
「別にいいのよ! 政宗くんと遊んでるんだったら構わないの。寧ろ、家にずっといる方が不安だもの。友達を連れてくるようになって安心してるのよ」
「安心したんなら出てってくれよ。勉強の邪魔だって」
「あらあら、冷たいわねぇ。ただ、こうして友達を連れてきてくれたんだし、次は女の子でも家に上げてくれたら嬉しいわ」
「はいはい、いいから出ていけよ」
結人は背中を押し、母親を無理やり外へ出す。そして、相変わらずニコニコした表情を浮かべる母親を隠すように結人はバタンと扉を閉めた。
そして、去っていく足音を確認すると、
「……なんかゴメンな。ウチの母さん、よく喋る人だからさ。それに本当は今まさに女の子を連れてきてるって言ってやりたいんだけど……」
仕方ないとはいえ、母親が堂々と政宗を男の子扱いしたことを結人は申し訳なさそうに謝った。
そんな言葉を受け、政宗は嬉しそうに笑む。
「いやいや、別にいいよ。でも、いつかボクが願いを叶えて女の子になったら――その時は自信満々に紹介して欲しいな」
「そ、それはもちろんだよ!」
政宗の未来を想わせる言葉にドキドキしながら、結人は快活に答えた。そして、同時に結人は思う。
(俺が政宗も好きになれそうだって言った日から――気持ちがこっちへ傾いてきてるように感じるのは俺の思い込みなのかな? 前に進んでるって、思っちゃ駄目かな?)
――夢が叶いそうな予感。連なる階段の先に目指していた扉が見えてきたみたいに。あと少しで手が届きそうな感覚で胸が高鳴る。
(もしかしたら政宗も――俺を好きになってくれてるんじゃないか? 少しずつ意識し始めてるんじゃないか……?)
そう考えると結人は目頭が熱くなり、幸せで胸がいっぱいになる。
幸福過ぎて、何か良くないことが起きるんじゃないかと――思うほどに。
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