第三話「夢のシチュエーション」
「いい映画だったよね。ボクついつい泣いちゃったよ」
「恋愛映画ってあんま見ないジャンルだったんだけど、いいもんだな。俺も我慢できなくて涙腺が緩んじまった」
映画を見終え、結人と政宗はショッピングモールから駅通りにある喫茶店へ移動していた。
ちなみに映画館の暗い空間で手が触れ合ったり、キスシーンでお互いを意識するベタな展開はなかった。どうも両者、映画を見ると没入してしまうタイプだったらしい。
「結人くんのほうが泣いてたんじゃない? 映画館出る時、涙で視界がぼやけて転びかけてたじゃない」
「そ、それは……映画が悪いだろ。せっかく結ばれたのに死に別れるってそんな悲惨な運命あるかよ」
「でも、そんな運命を変えるために命懸けで愛する人を守った主人公……素敵だったよねぇ」
窓際の席にて向かい合って腰掛け、映画の熱も冷めやらず語り合う二人。泣くことに恥ずかしさがあるのか、結人は少し耳を赤くしていた。
最初は政宗の選んだ映画がベタな恋人と死に別れる系だったので「うわ……」と内容に抵抗を持った結人だったが、結果としては満足したようだった。
「うーん、しっかりしないと駄目だなぁ、俺。昔から映画とか見ると結構入り込んじゃってさ、泣くの我慢できないんだよ。情けない」
「そう? 同情して泣ける優しい人ってことだし良いんじゃないのかな?」
「そうなるのか? ただ泣いてただけなのに?」
「なるよ。結人くんは他人の感情や痛みを理解できる人なんだって知れてさ……素敵だなって思った」
少しずつ恥ずかしさで声が小さくなっていく政宗の言葉。
結人は刹那、ハッと息を飲んで瞳を震わせながら政宗を見つめ、
「そ、そういう解釈もあるのか……!」
我に返ると慌てて取り繕うように言い、後ろ頭を掻く。そんな裏で政宗に対して芽生えかけた心、発展途上の気持ちが疼くのを感じた。
吸い付いては弾き合う磁石のような二人の視線。
充実した沈黙がそこにはあった。
「そういえばさ、もうすぐ中間テストだよね」
ぽつりと語り、静寂を破った政宗。
「連休初日に休み明けの話をするのかよ……と言いたいけど、確かにテストだな。そういう時ってマナ回収はどうするんだ?」
「テスト直前はさすがにお休みかな。毎日やらないといけない義務はないから」
「そうは言いつつマナ回収をしないと誰かが悪事の犠牲になりそうって考えて、結局は活動しそうだな」
政宗は図星だったようで「えへへ」と笑って後ろ頭を掻く。
(なんだ、優しいのは政宗の方じゃないか)
結人は再確認し、無性に嬉しくなって頬が緩むのを堪えた。
「でも、そのおかげで勉強がおろそかになるから成績はよくないんだよね。中学の頃から勉強しない癖がついちゃってるっていうか……」
「そうなのか? じゃあさ、よかったらこの連休中一緒に勉強するか! こう見えて俺、中学の頃は割と成績良い方だったんだぞ」
「そうなの? じゃあ教えてもらおうかな! あ、でも場所はどうしたらいいんだろう……?」
探偵が悩むようなポーズを取って「うーん」と考え込む政宗。
結人がその問いにまず浮かんだのはベタに図書館。だが、それよりも優先して提案したい場所があった。
「じゃ、じゃあさ……例えば、俺の家とかどうだ?」
まるで真剣な交渉に臨むようなトーンで語った結人。
「結人くんの家? いいね、ちょっと興味あるし行ってみたいかも」
「じゃあ決まりだな。俺の家で勉強することにしよう!」
政宗が瞳に好奇を宿したのを見て、結人は内心でガッツポーズ。
(女の子を自分の部屋に呼んで一緒に勉強……! 感動だ!)
結人は憧れていたシチュエーションが一つ叶い、喜びの絶頂を迎えていた。
さて、雑談をしている間に二人の注文が運び込まれる。結人はホットコーヒーに苺が乗ったショートケーキ、政宗は目の前に置くと顔が隠れてしまいそうなほどに大きいストロベリーパフェ。
赤と白のコントラスト。咲き誇る花のような盛り付けが美しく、どこかマジカル☆リリィを思わせた。
「うわぁ、凄いのが出てきたね! 見た目も可愛くて、甘い上に美味しいって最強だと思わない?」
政宗はスマホでパフェを撮影しながら感嘆の声を上げる。
「美味しいかどうかはまだ食べてないんだから分からないだろ……。まぁ、間違いなく美味しいとは思うけど」
「だよね! でも、結人くんのケーキも美味しそう。意外と甘いもの好きだったりするのかな?」
「実は好きだし、そういうパフェを食べてみたい気持ちもある……んだが、俺みたいなやつが可愛らしいパフェを注文するのはどうなのかと考えてしまってな。妥協してショートケーキだ」
頬を掻き恥ずかしそうにする結人。政宗はハッとして気付き、パフェをひとすくいスプーンに乗せて、
「じゃあ、食べてごらんよ。せっかくだしさ」
と、政宗は柔和な笑みを浮かべて結人の方へと差し出す。
「ちょ――!? 政宗! お前……自分が何をやってるか分かってるのか? これってよくカップルとかがよくやる『あーん』みたいなやつじゃないのか!?」
「え!? ボクからスプーンごと受け取って食べるんじゃないの!?」
「あ、すまん……! なんか早とちりしたみたいで」
「いや、その……結人くんがして欲しいなら、べ、別にしてあげてもいいけどっ!」
「口調がなんか高嶺になってる! ――っていうか、いいのかよ!?」
政宗は堪えるように目を閉じ、顔を赤くしてスプーンを持つ手をぷるぷると震わせる。結人も差し出されたスプーンを見つめ、ごくりと唾を飲む。
「……は、早くしてよ、結人くん」
人目を気にして周囲をきょろきょろする政宗。隣接する席に他の客はいない好機、政宗のためにも結人はさっさと覚悟を決める必要があった。
「お、おう。分かってる……分かってるけど、心の準備がだな」
結人は胸に手を当て深呼吸し、そして高鳴る鼓動に逆らってがむしゃらに政宗が差し出すスプーンを口に含む。
瞬間、口の中ではストロベリーの酸味と甘さ、そしてクリームの濃厚な味が広がる……はずなのだが、頭の中が沸騰するようなシチュエーションに結人は味を感じられなかった。
(……あ、あれー!? また一つ夢のシチュエーションを達成したぞ!? 俺達ってもしかして……知らない内に付き合ってたのか?)
耳をカーッと赤くして顔を背ける政宗を見つめ、結人は口元のクリームを拭いながら夢の中にいるような気分に暫し酔いしれた。
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