第六話「残念な魔女メリッサ」
「うぅ……すまないな。ついつい飲み過ぎて二日酔いになってしまった。吐いたからもうだいぶ楽になったが」
「ボク、お酒飲む年齢じゃないから分からないけど……家で一人飲んでて二日酔いってなるものなの?」
ベッドに座り、今にも死にそうな表情を浮かべるメリッサへ水を汲んで渡すリリィ。そして、上下グレーのスウェット姿なメリッサに魔女のイメージを大きく崩される結人。
(魔女って黒っぽい衣装にとんがり帽子じゃないのか? ……あ、部屋の隅にとんがり帽子は転がってる。っていうか部屋汚いなぁ!)
以前、政宗に指摘されて片付けたためあの時ほどではないが、ビールの缶や脱ぎ捨てた衣服が転がっていた。
ちなみに――、
「オロオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロオロ――――ッ!」
「おーい。大丈夫か、高嶺?」
「う、うるさいわね! 私には構わなくていいから!」
メリッサに続いて瑠璃がトイレに籠っており、乗り物酔いによる不快感を解消していた。
部屋に響く瑠璃の苦しむ声に皆が苦笑い。だが、メリッサは二日酔いの介抱をしてくれるリリィの姿に気付くとしかめっ面を浮かべる。
「そういえば政宗、お前今日はどうして変身なんか――」
「――あぁ! メリッサ、それに関しては話しておくことが!」
慌ててメリッサの言葉を遮り、耳元でひそひそと事情を説明するリリィ。瑠璃がトイレに籠っているこの状況は好都合だった。
正体を隠したい旨をメリッサに説明し終えると、トイレからまだ気持ち悪さの余韻を抱えた瑠璃が出てきて、ふらりと三人のいるリビングへ歩んでくる。
「まさか四人中二人がグロッキーになってるなんてな……」
「私もあんなに揺れるなんて思わなかったわ。あんた、普段からあれに耐えてるの?」
「流石におんぶだともう少し乗り心地は違うけどな」
結人は瑠璃に言葉を返しながら、二日酔いに苦しむメリッサを見る。
(前にリリィさんからメリッサさんはぐーたらしてる人だって聞かされたけど……それどころじゃないだろ。もう何というか……残念な人じゃん)
その後――メリッサはもう一度嘔吐。スッキリしてから魔法で部屋を片付け、ようやく本題へ。
○
「なるほど、君が政――いや、リリィから聞いていた少年、結人くんか。そして、吐き仲間の女の子が瑠璃ちゃん――マジカル☆ローズというわけだね」
「は、吐き仲間って! そんな不名誉で括らないでください!」
二日酔いの不快感も冷めやらぬ中、リリィに指示して冷蔵庫から持ってこさせた缶ビールを開け、一気に喉へと流し込むメリッサ。
酒のせいで気分が悪いのに飲もうとするメリッサに呆れるリリィだったが、止めても聞かないと分かっているのか何も言わなかった。
そして、片付けられた床に腰を下ろした結人と瑠璃は顔を見合わせて引き攣った表情を確認し合う。
「なぁ、お前んとこの魔女はたぶんああいう感じじゃないんだよな……?」
「ウチのも違う意味でダメ大人な部分はあるけど、ベクトルは違うわね。正直、魔女にも色々いるんだって思わされたわ」
好き勝手言われていることに気付いていないメリッサはリモコンでテレビのチャンネルを変え、バラエティー番組を探していた。
そんな仕草も魔女らしくないが――、
(さっき部屋を片付けた時に使ったのは確かに魔法としか言いようがなかった。やっぱりこの人は魔女なんだ)
メリッサのだらしなさを差し引いても魔法の行使は結人にとって感動的で、彼女を魔女だと認めるには十分な光景だった。
「それにしても、どうして二日酔いになるまでお酒を飲んでたの? いつも飲み過ぎてるけど、そこまでなってるのは見たことないよ?」
「いやな、深夜に映画の再放送をしていたんだが、随分と救いのない内容でな。鬱屈とした感情を置き去りに幕を降ろすものだから、ひたすら酒を飲み続けて紛らしていたらついつい」
残念すぎる理由をさらりと述べるメリッサ。流石のリリィもこの理由には呆れたのか、三人が一様にして引いた表情を浮かべる。
一方でそんな周囲の視線など気にならないのか缶ビールの中身を一気に飲み干し、たはーと息を吐くメリッサは問う。
「それで、今日は三人もやってきてくれたわけだが――おそらく私と酒盛りをするために来たのではないだろう?」
「まぁ、俺達は全員未成年ですからね。とりあえず、今回持ってきた話は高嶺からした方がいいんじゃないか?」
「そうでしょうね。でも、その前に――」
瑠璃はメリッサと正面から向き合うように体勢を直し、床に指を突いて礼儀正しく頭をしっかりと下げる。
そして――、
「この度はメリッサさんの管轄であるこの街でマナ回収させてもらえるように計らって頂いて――ありがとうございました」
いつもの角がある口調一切を取り払い、誠実にお礼を口にした瑠璃。
これもまたマナ回収がもたらした変化。瑠璃は本来受けた恩をそのままにできず、きちんと筋を通したがる性格。今までならお礼を言えなかった自分に苛立っていたのだろう。
しかし、少しだけ素直になれた今ならばこんな態度を見せられるのだ。それを思い結人とリリィは微笑み合う。
「顔を上げなさいな。いやぁ、私は改まったことが得意じゃない。それに私はリリィに全てを委ねているからね。リリィが君を認めたなら私だって同様だ」
快活に笑むメリッサを見て、固い表情を少し解いた瑠璃。
「しかし、私は瑠璃ちゃんとリリィが仲良くなって嬉しいよ。こりゃお酒が進むなぁ。リリィ、おかわり」
「えぇ!? もう一缶空けちゃったの!?」
メリッサは空いたビールの缶を振って、リリィに二本目のビールを取りに向かわせる。
「とはいえ、私の管轄で魔法少女をやらせるからには色々と聞いておきたいんだが……君はそもそもどこの魔女と契約したのかな?」
「それは今日話す予定の内容と通じるんですけど……私を担当する魔女はジギタリスといいます」
「ほう? ジギタリス、か……」
リリィから缶ビールを受け取ったメリッサは目を細め、因縁めいた口調で名を口にした。
「メリッサ、もしかして瑠璃ちゃんの魔女を知ってるの?」
「あぁ、知っているとも。久しぶりにその名前を聞いた。そして、何となく君達が持ってきた話の内容が読めてきた気もするな」
二本目の缶ビールを開け、喉を鳴らしながら飲む。そして口元を袖で拭い、メリッサは面倒くさそうに嘆息する。
「――ジギタリス。あいつと私はライバルと言うべき間柄だからなぁ」
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