第十三話「振り返って、向き合って」
「リリィさん……どうしてここに?」
「ほんの少しだけどボクのツインテールが反応してさ。やってきたら結人くんがいた。ゴミ箱で何する気だったの?」
「いや、これは……その」
お互いが相手の存在に驚き、しかし元の気まずさに戻っていく微妙な空気。特に結人は怒りに任せてゴミ箱を放り投げようとしていたため、尚更気まずい。
とはいえ、答えないわけにもいかず――、
「何ていうか……自分に苛立ってついつい。物に当たるってよくないんだろうけど、ちょっと我慢できなくて」
「そうなんだ。ちょっと面白いね」
「そうか? 結構な危険人物だと思うけど――って、そういうことか!」
結人はようやくリリィがここにいる理由を悟る。
(俺の苛立ちがマナとしてリリィに感知されたのか! ……まさか俺が回収対象になるとは)
恥ずかしくなって後ろ頭を掻く結人。
彼の気持ちはマナ回収によって落ち着き、平静を取り戻していた。
一方でリリィは彼から目線を逸らし、体をもじもじとさせながら機を伺う。語るべき言葉を口にする、タイミングを――。
「あのね、結人くん。ボク……言わなきゃいけないことがあるんだ」
「奇遇だな……俺もだよ。それでリリィさんを探してたんだ。スマホを家に忘れちまったもんだから」
「あ、だから何回連絡しても応答なかったんだ?」
「……え? 連絡してくれてたのか?」
「うん。でも繋がらなくて……もしかしたら街にいるんじゃないかなってマナ回収ついでに探してたんだよ。同じだね」
お互いの行動が明らかになると刹那――どちらからともなく笑い出し、重なる声は今日までの分を取り戻すように繰り返す。そして、響き渡る。
同じ不安を抱えて探していたと知り、安堵する二人。
胸に詰まった感情は笑いをアウトプットに選んだ。
いつもどおりの結人とリリィの光景。
瞳に涙が浮かぶほど二人共が笑った。
「じゃあ、どっちから話す? ここはレディーファーストかな?」
「いやいや、男の人がエスコートするんじゃないの?」
「あはは、決まらないじゃん。それじゃあ、同時にするか?」
「いいかもね。なんか、さっき笑い合った瞬間に感じたよ。きっとボクらは似たようなことを口にするんだよね」
「きっとそうなんだろうな」
結人とリリィは静寂の中で真っ直ぐ見つめ合い、軽く息を吸う動作を同じくして――語る。
「――悪かった、政宗! そしてリリィ! 許してくれ!」
「――ごめんね、結人くん! ボクが悪かったよ!」
思いの丈を叫び、頭を深々と下げる両者――だったが、距離感を理解していなかったため額同士が激突。謝ったと思った瞬間、目の前がチカチカして頭に衝撃と痛みが響く。
何が起こったかも理解できずヒットした位置をさする結人、そして魔法少女の身体強化によって痛みはないはずなのに反射的に両手で額を押さえるリリィ。
互いが相手の挙動を見て何が起きたかを理解し、今度は笑い出すのではなく穏やかに笑みを浮かべ合う。
「イテテ……全然、恰好がつかない感じになっちまったな。しかし、やっばりお互い謝るつもりだったのか」
「みたいだね。でもさ、ボクは結人くんから何を謝られるのかな?」
「それは俺も思った。リリィさんが謝ることってなんだろう」
相手も謝罪を口にすると予想しておきながら、その先を全く考えていなかった二人。だからこそ、入り組んだ事情を共有していく。
「多分だけどさ、リリィさんは俺とローズを……その、勘違いしてたりしたんじゃないか?」
「……うん。それで結人くんを避けて嫌な思いをさせちゃったよね」
「なるほど……。お互いそこを謝ってたのか。全部、こうして話してみれば説明がつくんだよな。ただ、言葉足らずだっただけで」
「もっと結人くんを信用しなきゃいけなかった。自分の不安に忠実じゃダメだった。今となってはそう思うよ」
抱えていた事情を明かし、それを微笑み合って共有した二人。
相手の人格や気持ちを信じれば起きなかったすれ違いだった。
しかし、根拠もなく盲信できるほど人間は強くも、愚かでもない。相手を思うからこそ疑ったり、信じられないこともあるのだ。
ならば、教訓を得るためのすれ違いとして――これは必要だったのかも知れない。
「そういえば結人くん。どうしてあの時、ローズさんを尾行してたの?」
「それは……なんかリリィさんとあいつが仲良くなる橋渡しができないかなと思ってさ」
「ボクがローズさんと? ……やっぱり仲良くした方がいいのかな?」
途端に表情を暗くするリリィ。
「可能ならそうした方がいいと思ったんだけど……ちょっとローズの行動が不信じゃないか?」
「それはボクも思った。嘘吐かれてたみたいだし」
「なるほどな。ちょっとその辺の情報を詳しく共有しておこうぜ」
○
「ボクね、ローズさんみたいな本物の女の子には勝てないなって思ったんだ。嫉妬してたのかも」
情報を共有し、ローズが吹聴して回っていた嘘を把握した二人だったが、そんな会話の延長でリリィは語り始めた。
それは結人とローズの仲を疑っていた時に抱いていた、悲痛な胸の内。
「お前、そんな風に考えてたのか?」
「うん。僕は変身しなきゃ女の子になれない偽物だから……結人くんにはローズさんの方がいいのかなって」
「そんなわけないだろ。俺はリリィさん一筋だよ」
「あはは、だよね。分かってたはずなのに」
リリィは頬を掻き、無理に笑みを浮かべた。
しかし、結人は嘆息して首を横に振る。
「一筋だからって……今までなら言ってたと思う。だけど、ちょっと違う気がしてるんだよ」
「え、どういう意味……?」
話の流れが変わり、不思議そうな表情を浮かべるリリィ。
結人は確かめるように胸へ手を当てる。
あの時に感じた純粋な想いは――まだそこにあった。
「ずっと考えてたんだ。リリィさんへの思い、それを政宗に傾けていいのかなって。俺がずっと抱えてきた想いってさ、リリィさんに向けたものであって……政宗に抱いてるわけじゃない。それを変身者だからって、そっくりそのまま傾けるのは間違ってる気がしてたんだ」
リリィはリリィの言葉を受け、目を見開き――しかし、次の瞬間にはそっと目を伏せた。
深い悲しみの海に、沈むように。
あの告白は藤堂政宗に向けたものではないという宣言。やはり、リリィの正体である政宗まで好きだと語ったことにはできないと結人は思った。
でも――、
「だからこそ、俺はマジカル☆リリィを抜きにして政宗を一人の女の子として見始めてるのに気付いた」
「……え? ボクを?」
結人の言葉にリリィは顔を上げる。
真剣な表情の結人と視線がぶつかり、リリィは瞳を揺らす。
「俺、政宗をリリィさんと同じくらい好きになれそうだって予感があるんだ。それでやっと俺はお前に本当の告白ができると思う。だから、リリィさん一筋なんて言えないよ!」
言っていることは荒唐無稽で、支離滅裂かも知れない。そう思いながら、結人はあやふやな輪郭のない予感を言葉に閉じ込めた。
リリィは口元を手で覆い、瞳に涙を浮かべて受け取る。
「……ボク、さっき話したでしょ? ローズさんに嫉妬してたって。女の子が変身する魔法少女だからって」
そこまでを語り、リリィ唇を震わせて。
一呼吸の間を置いて――口を開く。
「でも、本当は――魔法少女マジカル☆リリィ、この姿にも嫉妬してたんだ! ボクの仮の姿のくせに、結人くんに好きだって言ってもらえる――この体が羨ましくて仕方なかった!」
リリィは胸に飾られたハート型の宝石を強く握りしめ、抱えてきた想いを吐露する。涙で歪んだ声は、なりふりかまわず叩きつける感情の放流。
悲痛な叫びに結人は目を伏せる。
今日まで語ったリリィへの想いが政宗にどう響いていたのかを思って。
でも、それは藤堂政宗と魔法少女マジカル☆リリィを別個に考えていたのが――結人だけではなかったという事実。
「結人くんはボクを……藤堂政宗を見てくれるって言った。本当に? 男の子の体をしてるボクを、リリィと同じように見てくれるの?」
「あぁ、当然だ。言っておくが願いを叶えればいつか女の子の体になるから、とかそういう未来を期待して言ってるんじゃない。俺は今の政宗を見てるんだ」
結人の言葉でリリィの瞳からはぽろぽろと涙が溢れる。
リリィは胸がいっぱいになり、言葉を紡げなくなっていた。
そんな彼女に結人は歩み寄り、その涙を指で拭う。
すると、リリィは結人の行動でさらに涙を溢れさせる。
結人はそんなリリィを――政宗を愛しく思い、柔和に笑む。
「だからさ、待っててくれよ。政宗への気持ちがリリィさんと同じ場所で並んだら、もう一度告白するからさ」
その言葉がもうすでに告白と同義であるのは結人も分かっていた。
ただ、まだ満たない政宗への気持ちを育てたくて。
だけど、彼女に気持ちの芽生えを知って欲しくて。
だからこその予約を――リリィは瞳を閉じた笑顔で頷き、
「うん、待ってるよ。その時にはボクも――」
彼女もまた自分の中で予感めいている想いを語ろうとした。
そんな時、だった――。
「――あら? 仲直りしちゃったんだ? 仲間割れしててくれた方が愉快だったんだけど……どうしてこうなっちゃったのかしら?」
聞こえてきたのは、声と地面に着地する足音。
最悪のタイミングで現れたのは、一人の少女。
この街に存在するもう一人の魔法少女にして、結人とリリィの関係性を引っ掻き回した張本人――マジカル☆ローズだった。
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