第十二話「相手の姿を求めて」

(結人くんに謝らなきゃ……! 勝手に気持ちがローズさんへ移ったと思い込んで避けたのはボクだ。あんなに好きだって言ってくれたのに、傷付けちゃった!)


 リリィはビルの屋上、建物の屋根を次々に跳んで夜の街を駆ける。


 ローズから聞き出した結人の気持ちを踏まえ、リリィは自分の中にあった疑心を振り払っていた。結人の口から直接聞いたわけではないけれど、彼の語る「好き」がどれだけ強く――そして長く続いてきたのかをリリィは知っている。


 知っているはずなのに――、


(なんで信じられなかったんだろう! 彼は今日までの数年間、ずっとボクという魔法少女を想い続けていて……だからこそ、記憶を失わずにマジカル☆リリィと再会できた。それは想いの強さだ。そんな彼の気持ちが――容易く曲がるはずないのに!)


 リリィの瞳から零れた涙は風にさらわれ、星屑のように輝く街の明かりに混じって消えた。


 きっと信じられなかったのはリリィが――政宗が、結人を手放したくないと感じたから。不安で揺さぶられるほどに――もしかしてと思うほどに、結人から貰った想いを抱きしめていたからだ。


(君は――まだボクを想ってくれてるよね?)


 心の中で反響する言葉、それは願い。

 自分の勘違いで結人を避けた後悔が胸に募る。


 リリィは一刻も早く結人に謝りたかった。だが傷付けた罪悪感があまりに大きく、すぐ結人へ連絡できなかった。


 ――どう話を切り出せばいいのか?

 ――何と言って謝ればいいのか?


 友人関係が豊かではないリリィは迷い、考え続けて……ようやく連絡できたのだがタイミングが悪く、応答はなかった。


 なので現在、リリィは落ち着かない気持ちを抱え続けている。焦る気持ちのやり場がなく、携えたまま街を駆けるリリィ。そんな彼女の行動は一つの予感に基づいていた。


(確か結人くんは電車通学。学校があるこの街の近くには住んでない。……だけど、どうしてだろう? 結人くんは今、この街にいる気がする)


 ただの直感でしかなかった。


 しかし、妙に信憑性のある予感を胸に次々とビルを越えるリリィは、いつぞやローズと邂逅した公園の付近を通った時――ツインテールが微動するのを感じた。


「……マナの気配? 微弱だなぁ。街で落書きをしている人達くらいの反応。何だろう……これ?」


        ○


(まさかスマホを家に忘れるなんて……俺、何やってんだよ。まぁ、そもそも変身してるリリィさんが電話に応答できるのか微妙だけど)


 結人は駅通り、人々の流れの中で立ち止まり空を見上げていた。瞬く星々の中、流星のように空を駆ける魔法少女が過ぎることを期待して。


 結人はあれからすぐリリィに連絡しようと考えたのだが、スマホを家に忘れていたためどうしようもなくなっていた。


(早くリリィさんに会いたい。でも、相手は空を駆ける魔法少女。地を歩くしかない俺じゃあ動きを探すのは無理がある)


 焦る気持ちが抑えられず、髪を掻き毟る。


 街のシンボルとなっている展望塔を利用しても目視は不可能。それに、高所を駆けるリリィを見つけたとして街の喧騒に飲まれて声は届かない。


 なら、リリィと会う手段はない――そう結論づけて結人は見上げるのをやめ、視線を街を行く人々の靴や歩道を彩るタイルに落としてトボトボと歩き始める。


(このまま帰ったとして、心の中で気持ちが暴れるだけだ。できれば今日会いたい……けど、あっちはどうなんだろう? まだ、会ってくれるのかな?)


 結人は政宗が「ローズへ鞍替えした」と思っているであろうと察した。それによって政宗が自分を避けているのだと考えたわけだが、


(誤解を解けばちゃんと元に戻るのかな?)


 人間の気持ちはスイッチみたいに切り替わらない。

 だからこそ、不安になる。


(もしかしたら政宗の気持ちはどれだけ言葉を紡いだって取り返せない距離まで――離れてしまってるんじゃないか?)


 結人は空を見上げる。リリィの姿はやはりなく、彼の目に映る風景は滲んで星々のきらめきはぼやけ膨らむ。


(せっかく会えたのにこれで終わりなんて、俺は嫌だよ。政宗の気持ちがまだ俺から離れていないのを願う。告白の返事をするまで友達だと言ってくれたあの日と同じ距離でいられたなら――)


 ふらりと結人は歩き連ね……気付けばいつぞやローズと邂逅した公園の前を通りかかる。妙に魔法少女と縁がある場所へふらりと入っていき、蛍光灯の冷たい光しか光源のない公園の中で立ち止まる。


 視界に飛び込んできたのは、空き缶が集められたゴミ箱。


 結人は自分の中で膨れ上がる不安や焦り、後悔に自己嫌悪が爆発しそうで、ふと――それにぶつけてやろうと思った。


 子供がすっぽり入りそうな大きさのゴミ箱を両手で持ち上げる。


 数十センチほど浮かび上がったそれを地面へと放り投げ、物に当たる行為で自分の中にあるモヤモヤした感情を一気に放出しようとした。


 苛立ちに任せてゴミ箱を振りかぶる。


(どうして俺は政宗に勘違いされるようなことを! リリィさんの力になりたいなんて自己満足の望まれていないことをして、俺は本当に――馬鹿だ!)


 感情の臨界点へ達し、激情が吹き出すように行動へ。



 ――そうなる、はずだった。



 しかし、空から何者かが舞い降りた靴の音が聞こえて、結人の中で渦巻く感情はふっと消え去る。


 自分の考えていたことがちっぽけだったとか、単純だったと気付ける、あの瞬間が唐突に訪れたみたく――冷静になった。


 ゴミ箱をその場に置き、結人は振り向く。


 きっとこの公園で何度も会ったローズが小馬鹿にした表情で立っていると思った。しかし――、


「結人くん、見つけた! まさか本当に外にいるなんて。……何しようとしてたの?」


 そこに立っていたのは魔法少女――マジカル☆リリィ。


 他人の悪意をマナとして回収するリリィ☆マジカロッドを両手で握りしめて心配そうに結人を見つめる――この街の魔法少女だった。

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