第十一話「嘘吐きが語る真実」

「結局、今日も政宗はマナ回収に誘ってこなかった。やっぱり俺の好意とか告白は全部鬱陶しかったのか? やっと会えたあの日、俺の告白を嬉しいって言ってくれたんじゃなかったのか? 俺が一緒にいると気持ちが楽ってのは嘘だったのか?」


 政宗と別れた結人は帰宅し、重い体をベッドに預ける。そして、物悲しい気持ちを必死に堪えながら部屋の明かりを見つめていた。


 だが、そんな怠惰な時間は不安を増幅する。鬱屈とした気持ちに押し潰されそうで、ふらっと外へ出た。


 電車で移動し、いつも通学で利用する駅から吐き出された結人。とぼとぼ歩き、ふと足を止めて一軒の雑居ビルを見上げる。


「そういえばローズ、リリィさんとビルの上で会ったんだっけ。ここの屋上に上がったらいたりしないかな……?」


 そう考えると迷わずビルへ入っていき、屋上への扉を前にする。ビルのオーナーにでも見つかれば怒られそうだが、今の結人は気にならなかった。


 ただ、あのピンク色の魔法少女の姿を求めて。

 しかし、ドアノブを握ったまま立ち止まり――、


(……政宗ともロクに会話できなかった俺がリリィさんと話していいのか?)


 話せてしまったらを思い、俯く結人。


 放課後に鉢合わせした時、ロクに話せなかったくせにリリィ相手の時だけ饒舌に語ったりしたら――それは「差」になるのではないか?


 本気になれる相手とそうでない相手を区別しているみたいで。その事実は政宗だけではなく自分さえ傷付ける。そして、結人はますます自分の気持ちが分からなくなってしまう。


(こうして政宗の気持ちを考えるのは純粋な優しさなのか、それとも……? いや、どちらにせよ答えは出すべきか)


 迷いを抱きながらドアノブを捻る。そして、その扉の向こう。ビュッと一陣の風が吹き抜け、星空のような夜景が広がる視界の中に――魔法少女の姿があった。


 青色に咲く薔薇だった。


「あら、こんなところで会うなんて偶然ね。もしかしてリリィを探していたりするのかしら?」


 結人の来訪をローズは意地悪そうな笑みで迎えた。


「……正解だよ。ここはハズレだったみたいだけどな」


「いきなりやってきておいてハズレとは失礼な言い草ね。だけど、その落ち込んだ様子はなかなか愉快だから許してあげるわ」


「そうかよ。そりゃ助かるなぁ」


 結人はローズの挑発に乗る気力もなく、けだるそうに言った。そんなからかいがいのなさにローズは退屈なのか深く息を吐く。


 ローズは別に結人を待っていたわけではない。このまま彼を置き去りにしてマナ回収のため去ってもよかったはず。しかし、そうしなかった。


「そういえばさっきね、ある男の子に会ったのよ。確か同じ学校で……藤堂政宗って言ってたわ」


「政宗……? あいつに会ったのか?」


 突然出てきた名前に結人は目を見開き、食い気味に問う。


「やっぱり彼を知ってるのね?」


「あぁ、俺の友達だ。だけど、どうしてお前から政宗の名前が出てくるんだよ?」


「変身を見られちゃってね。そこで話しかけられたのよ」


 肩をすくめてローズは言った。


(そういえばローズはリリィの正体を知らないから、政宗とは今日が初対面になるのか)


 つまり、政宗が一方的にローズの正体を知っている状況――。


「それでね、政宗くんから聞かれたのよ。佐渡山くん……あんたが私と付き合ってるんじゃないかって。馬鹿みたいよね、そんなのあるわけないのに」


「……はぁ? 何で政宗にそんなこと聞かれるんだよ?」


 理解が追いつかず、疑問をそのままぶつける結人。


 しかし、遅れて彼は何かに気付き始めていた。

 例えば――自分にとっての盲点、とか。


 ローズは得意げな表情で腰に手を当てて語る。


「多分だけど政宗くん、私が好きなのよ。じゃないとそんなの確認しないでしょ?」


「お、お前が好き……だって?」


 結人は驚きを露わにする。だが、その理由はローズが思っているようなことではない。結人は政宗が性同一性障害だと知っている。


 だから、すぐにそれはない・・・・・と判断したためだ。


「きっとあんたというライバルが存在するのか確認したのよ。今日、私達自販機の前で会ったでしょ? あれを見て仲を疑ったみたいね」


「え? あの時、政宗は見てたのか?」


「らしいわよ。……しかし、それだけのことで仲を疑うってよっぽど気があるのかしら」


 流石に自分で言っていて恥ずかしくなってきたのか目線を逸らし、指先で髪をいじるローズ。


 一方、結人は瞳を揺らして、聞かされた事実を咀嚼していた。炙り出すように無意識下の計算が弾き出した真実。それは、彼の核心に靴の音を重ねながら迫ってくる。


(何かが見えかけてる……冷静になれ、整理しろ。それは何だ?)


 そして、靴の音が途絶えた時――結人は今日までのすれ違い、その真実と対面した。


(……そうか、そうだったのか! なら、俺は――大馬鹿者じゃねぇかッ!)


 結人はリリィへの気持ちに自信があるせいで、今まで気付けなかった。他の子を好きになるはずがないという確信のせいで考えもしなかったのだ。


 ――ローズを追って行動し、一緒にいる姿を見られて……「リリィからローズへ鞍替えした」と感じさせたなんて。


 ――告白しておきながら新しい魔法少女に気が向いていると思わせてしまったなんて。


(俺は――何やってんだ!)


 結人の瞳は己の愚かさと怒りで震えていた。政宗の想いを考えれば考えるほど悔しくて、悲しくて。奥歯をギュッと噛み、体を迸る感情にグッと耐えた。


 そして、結人は考える。


 政宗は演技をしてまでローズとの関係性を聞き出した。それはもしかすると告白の返事を保留にしているやつの事情をただ確認しただけなのかも知れない。



 だが、もしも政宗の中に少しでも――「結人を誰かに取られるのが嫌だ」と思う気持ちがあったのなら?



 結人はそんな政宗の芽生えを愛しく思い、嬉しく感じ、切ないと身に染みた。


 リリィと政宗、二人で一人の存在に二つの答えはまだ出せないけれど……でも、今の結人が高鳴らせている鼓動は、確かに藤堂政宗だけに向けた感情だった。


「どうしたのよ、突然黙っちゃって? もしかして実は本当に私に気があってショックだったとか?」


「……行かなきゃ」


「はぁ? 行くってどこに」


「――行かなきゃ! 俺、リリィさんに会わなきゃ!」


 口にするや否や結人は駆け出し、屋上から去っていく。


 そして――、


「ちょっと! なんでそこでリリィが出てくるのよ! あと私、聞きたいことがあるんだけどっ! せめて答えてから行きなさいよ!」


 ローズの叫ぶ声だけが響き、虚空に飲まれて消えた。

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