第十話「素顔という名の仮面」
「結人くん、マナ回収についてきたいって言わなかった。やっぱりローズさんの方が気になってるのかな。……バカ。初めて会った日、二回も告白してくれたのは何だったの?」
結人と別れた政宗は不安で押し潰されそうになりながら、いつもの路地を曲がる。
――本物の女の子には叶わない。
自分の体が男であるために、絶対に恋では勝てない。
その事実が悔しくて――自分の境遇が恨めしくて、己の胸倉を掴んで奥歯をギュッと噛む。
(結人くんはきっとマジカル☆リリィを見ていたんだ。男の体をした藤堂政宗は……邪魔だったのかな? やっぱり、女の子がいいよね)
完全な敗北宣言。
こんな姿で生まれなければ――きっと。
そう思うも、政宗が女の子として生まれたならリリィにはならず、結人とも出会わなかった。魔法少女になったからこそ彼と出会えて、そして今の胸の苦しみを知った。
それは幸か、不幸か――。
憂鬱を抱えて路地へ入った政宗。
すると目の前に――、
マジカル☆ローズに変身しようとしている、高嶺瑠璃がいた。
目が合った瑠璃は「あっ」と口を動かし、変身する光の中へと消えていく。
初めて他人が変身するところを見た政宗はその光が意外と眩しいと知りながら、目を細めて彼女の変身が終わるのを待つ。
そして、今度は瑠璃がいた場所にマジカル☆ローズが佇んでいた。
「ちょ、ちょっと! ち、違うんだから! 私は怪しいものじゃないのよ!? 格好は怪しいけど……その、やってることは正義そのものっていうか!」
慌てて自分の恰好に言い訳を重ねるローズ。
一方、いつぞやの自分と同じような慌てぶりのローズに共感し、政宗は噴き出してしまう。
「な、何がおかしいのよ! ……まぁ、別にいいわ。どうせちょっと経てば忘れちゃうんだし、見られても問題はないのよ」
「じゃあ、今のうちに拡散しちゃおっと」
政宗はスマホでローズをパシャリと撮影する。
「こら! 何するのよ!? ――って、魔法少女は写らないから焦る必要はなかったわ!」
「本当に写ってない……! すごいねぇ、不思議だよ!」
「何を関心してんのよ。っていうか、あんたその制服……私と同じ学校じゃない! 違うクラスよね。見かけたら覚えてるはずだもの」
顎に手を当て、思案顔を浮かべるローズ。
(あ、そっか。今のボクはリリィじゃないからローズさんからすれば見ず知らずの人間なんだ)
特異な状況下に置かれたことを理解した政宗。これを好機と捉えた。
「ボクは隣のクラスの藤堂政宗だよ」
「政宗くん、ね。覚えたわ。私は」
「――高嶺さんでしょ? 噂で聞いてたし今日、結人くんと一緒にいるのも見て知ってるんだよね」
少し強引に結人の名前を出した政宗。正体がバレていない状況を利用してローズから色々と聞きだすつもりなのだ。
「佐渡山くんと一緒にいた……? あぁ、確か授業の合間にそんな場面もあったわね」
「いきなりこんな質問もアレだけどさ。もしかして……二人って付き合ってるの? 転校してきて間もないのに?」
自分のモヤモヤをド直球にぶつけた政宗。
ローズは露骨に嫌そうな顔をする。
「いきなり何を言ってるのよ……。私と佐渡山くんはそんな関係じゃないわ。私の好みはどちらかというとあなたみたいな……いえ、何でもないわ!」
さらりと自分の好みを口走るローズ。だが、政宗は本題が気になり過ぎているので肝心な部分以外は耳に入っておらず質問を続ける。
「仲が良いのは事実なんじゃないの? 結人くんの方は案外高嶺さんに気があったりして」
高鳴る胸をギュッと押さえ、神妙な面持ちで問いかけた政宗。
相手は馴れ合いを嫌っていると語るローズなので、人間関係に関する質問は一蹴されてもおかしくなかった。この踏み込んだ質問は賭けと言える。
しかし、ローズは政宗の予想に反して饒舌に――そして、素直に語る。
「いや、そんな感じは全くなさそうだわ。何度か会話したけど彼にはどうも好きな人がいるみたい。その人しか見えてないのよ。私なんて眼中にないんじゃないかしら?」
「眼中にない……そうなんだ?」
「ええ。私と佐渡山くんは微塵もそういう関係じゃないのよ」
「そっか。よかったかも……!」
政宗は一切の緊張から解放され、安堵の表情を浮かべる。まるで不安の海を彷徨っていた心がゆらめく陽の光に向かって浮かび上がるような希望に満ちていた。
(……つまり、ローズさんが言ってた「結人くんに言い寄られた」っていうのは嘘なのかな)
そう思いたいが、まだ確証とは言いきれない。
しかし――、
(この状況でボクにローズさんが嘘を吐く意味はないはず。なら今聞いたローズさんの言葉こそが真実だって……ボクが信じるべきだよね)
確固たる根拠はなくとも政宗は疑心を払拭した。それは心の奥底に仕舞ってある宝物に今一度
一方でローズは顔を紅潮させ、信じられないとばかりに瞳を振るわせて政宗を見る。
……まぁ、当然だろう。政宗は結人がローズに好意を寄せてないのを確認して「よかった」と言ったのだ。それがローズにどう響くかを考えれば無理もない反応。
ライバルの存在を確認された、と思ったのだろう。
――さて、政宗は疑問を解消できた。
「あ、もうこんな時間だ。ごめんね、話に付き合わせちゃって。ボク、もうそろそろ行かなきゃ」
政宗は握っていたスマートフォンで時間を確認しながら言った。無論、ローズの前から離脱するための言い訳であり、時間に定められた用事などない。
「え? あ、うん……別に構わないわよ。ほら、さっさとどこかへ行きなさいよ」
「分かった。魔法少女に関してはバラさないから安心してね。それじゃあ!」
そう言い残し、路地から去っていく政宗。
ローズはその後ろ姿から目が離せず、政宗の姿が見えなくなってもそこに佇んでいた。
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