第九話「裏付けられていく疑心」
「あら、奇遇ね。確か……佐渡山くん、だったかしら。合ってるわよね?」
「へぇ、名前を覚えてくれてるのか。光栄だなぁ」
「そんな皮肉っぽく言わなくてもいいじゃない。私だって他人の名前くらい覚えるわよ」
四月二十二日、授業の合間――昨日、政宗と会話した自販機前で結人が飲み物を片手に休憩していると瑠璃がやってきた。
相変わらずの冷淡な語り口調ながらも話しかけてきた瑠璃を結人は気味悪く思った。
しかし――、
(今日まで何だかかんだローズとは話す機会があったし、少しずつ心を開いてくれたのかも知れないな)
そのように解釈して疑心を振り払った。
そこからしばらく瑠璃は自販機の前で硬直。どうやら金持ちなため自販機の使い方が分からないらしい瑠璃に結人は欲しがっていた無糖のコーヒーを買って手渡す。
「悪いわね。前の学校とは随分と勝手が違うものだから。電子マネーも使えないのね」
「前の学校はどんなだったんだよ……。まぁ、電子マネー使える自販機はあるんだけど、この学校のは対応してないみたいだな」
「そうなのね。なら、今度対応している自販機を探してみるわ」
「あぁ、それがいいだろうな」
結人は飲みかけのオレンジジュースを口に含み、ジト目になって思う。
(何だ? この会話は何か意味があるのか? 変な表現だけど雑談が下手というか……)
無理に会話しているような中身のないやり取りに、再び結人の中で瑠璃に対する不信感が沸き上がる。
「マジカル☆ローズ」
「……は? 何だよいきなり。改めて自己紹介か?」
「ふーん、やっぱり覚えてるんだ。大したものね」
感心した表情を浮かべ、しかし安堵したように瑠璃は深く息を吐いた。その反応に理解が追いつかない結人を置き去りに、瑠璃は話し始める。
「昨日、マジカル☆リリィに会ったわ。あんたと公園で会話してから数時間後だったかしら。ビルの上でポツンと暇そうにしてたから話しかけたの」
「本当か!? リリィさんはどうしてた? 何ていうか……悩んでる感じはなかったか?」
結人は視線を泳がせながら語り、瑠璃はちらりと一度だけ彼を見た。
「いつもどおりだったわよ。……まぁ、私は普段のあの子を知らないけど。でも、あんたが思うような悩んでる感じは少なくともなかったわね」
「……本当に? 気丈に振る舞ってるとか……そういうのは?」
「ないんじゃないかしら? マナの反応を見つけた時なんか暇から解放されるって上機嫌で向かっていったもの。元気そうだったわね」
「そう……なのか」
瑠璃の言葉を聞く度、結人の心に穿たれてヒビが広がる。
(俺といない時間を元気そうに過ごしてたんなら、やっぱり何かの理由で避けられてるのか? 俺さえいなければ明るくなってるんだもんな)
結人は自分の中で渦巻く予感が確信へ変わるのを感じていた。
好意に甘えて、しつこく魔法少女の活動について行き過ぎたのか?
何年もリリィを想ってるのが、もしかすると気持ち悪かったのか?
結人の脳内は溢れる「もしかして」で乱れ、捨てられない可能性全てを抱きしめて自重で思考の海に沈んでいく。
缶ジュースを持っている結人の手が震える。瑠璃はそれを一瞥し、そして――、
「授業が始まっちゃうわ。それじゃあ私、行くわね」
貰ったコーヒーは飲むことなく握りしめたまま、教室へと戻っていった。
☆
(噂の転校生、高嶺瑠璃さん……だよね? この人がマジカル☆ローズの変身者なんだ)
すれ違った女子生徒に思わず振り向き、政宗はその背中を神妙な面持ちで見送った。
ローズと結人のことでモヤモヤとしていた政宗は本人に確かめようと考えた。しかし、教室に姿がなかったため自販機だろうと思い向かっている最中、缶コーヒーを手に教室の方へ歩む瑠璃とすれ違ったのだ。
(お金持ちだからきっと前はお嬢様学校にいたのかな。歩き方一つとっても上品。こういう子をきっと美少女っていうんだよね)
優雅で――しかし、他者を寄せ付けないオーラを感じ取りながらその姿が見えなくなるまで政宗は見つめていた。そして、歩みを進めて自販機の方を覗き、結人の姿を見つけた。
探していたはずなのに見つけてしまった、と――政宗は思った。
(……もしかして、さっきまで瑠璃さんと一緒にいたのかな? やっぱり仲がいいんだ)
政宗の疑心はさらに強固なものとなり、踵を返し教室へ戻った。
○
「政宗はこれから……アレか。マナ回収に向かうのか?」
「……うん、そうだよ。毎日の活動だからね」
放課後、視線を逸らす結人と政宗は駅通りの道を並んで歩いていた。
数日前まで政宗から結人を下校に誘っていたが、それはマナ回収に誘われないのと同様になくなっていた。しかし、今日は下駄箱で偶然鉢合わせしてしまい、何となく並んで下校する流れとなってしまったのだ。
全く会話が続かず、近い距離にいるはずの両者は気まずさと疑念に隔てられていた。
(やっぱり政宗はマナ回収に俺を誘ってこないのか……)
結人は瑠璃から聞いた話を踏まえ、納得していた。
思い切って「魔法少女の仕事についていかせてくれ」と言ったらどうなるだろうかと考える結人。だが、もし困った表情をされればそれがトドメになる気がして口に出せなかった。
何を考えているのだろう。
何を思っているのだろう――?
厚い心の壁に閉ざされたその内を解き明かせず、結人は浮かない表情を浮かべて歩く。そして、政宗の表情から今という時間の嫌悪を読み取ってしまう。
(政宗、本当は俺なんかと一緒に歩きたくないんじゃないか。ずっと困った表情をしてる。どうして俺はそんな顔をさせてるんだろう……?)
まだ相手を深く知らず、信頼関係も満足に形成されていない時期。
相手の気持ちを信じたり、気持ちの裏を呼んで察したり……そういった器用さが二人にはなく、ただマイナス思考の傀儡となるのは仕方がないのかも知れない。
結人と政宗は出会ってまだ、間もないのだから――。
「それじゃあ、ボクはこっちだから」
「あ、あぁ……それじゃあ、頑張ってな」
「うん、頑張るよ」
例の路地を前にして立ち止まり、互いに気持ちの籠っていない言葉を交わした二人。しかし、何かを求めるように見つめ合い両者共動こうとしない。
相手の唇が欲しい言葉を紡ぐのを待っている。だが、何も起こらない時間が積み重なるにつれて辛くなり、逃げるように二人はそれぞれの方向へと歩き出す。
二人に共通していることがある。
それは――あの日のような関係に戻りたいという願望。
しかし、疑心を向け合えばまるで磁石のように反発し――二人の願いは叶わない。
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