第八話「二人の間で暗躍する者」
「なんだよ、ローズ。馴れ合いは好まないとか言ってたのに自分から話しかけてくるなんて、どういう気まぐれだ?」
「言ったでしょう? あんたがそうやって落ち込んでいるのが愉快極まりないのよ。初めて会った日、コケにしてくれたの忘れてないんだから」
ローズは結人を指差し、咎める口調で語った。
ちなみに彼女がコケにされたと言っているのは、縄張り争いに関して結人とリリィの期待を越えられなかったアレである。
「お前が勝手に自爆したんだろ? 昨日だって結局俺への脅しを思いつかなかったし」
「き、昨日のアレは……あんまりにも極悪非道な思いつきで言葉にしたらあんたが気絶しちゃうかなって! ……つまりは温情なのよ!」
「温情をかけてくれるあたり優しいじゃん。なのに、なんでそんなに普段からトゲトゲしくしてるんだ? クラスメイトにもキツく当たってるし」
「そんなのあんたには関係ない」
食い気味にローズは会話のピリオドを打つ。
気にしている部分に触れられたからなのか今までのどこか愛嬌あるツンとは違い、ピシャリとシャットアウトしてしまう冷たい物言い――高嶺瑠璃の持ち物だった。
豹変に驚き、閉口してしまう結人。
一方、ローズも自分の一言が生んだ空気に居心地悪くしたのか咳払いし、話題を変える。
「それよりあんた、どうして今日はあの魔法少女と一緒じゃないのよ? ……いや、昨日もだったわね。一人で活動してたみたいだけど」
「まぁ、色々あってな。今日もリリィさんは一人で活動するみたいだ」
「やっぱり喧嘩なのかしら? だとしたらいい気味だけれど」
口元に手をやり、くすくすと小馬鹿にした笑いを漏らすローズ。
物言いたげな表情を浮かべる結人だったが、甘んじて笑われた。
「それにしてもどうしてあの魔法少女と一緒にいるのよ? 魔法少女の仕事なんて一般人が手伝うまでもないでしょう? それともあの子、他人の手を借りないといけないポンコツなのかしら?」
「違う! リリィさんは立派な魔法少女だ。知らないのに勝手を言うな」
思わず立ち上がり、仄かな苛立ちと共に語った結人。
対するローズは浮かべていた意地悪な笑みを深める。
「随分と肩入れしてるのね。っていうか、そもそもあんたにとってあの魔法少女って一体何なの?」
「俺にとってリリィさんは憧れであり、そして――心から好きだと思える人だ」
考える間もなく即答した結人の言葉にローズは驚き、目を見開く。
しかし、次の瞬間には――嘲笑を浮かべて彼を見る。
「……へぇ、面白いこと聞いちゃった」
結人には聞こえない小さな声で、ローズは愉快そうに言った。
☆
「避けるような真似して傷付けちゃったよね。もしかしたら落ち込んでたりする? それとも……平気だったりするの?」
とあるビルの屋上にて足を宙でぷらぷらとさせながら座っているリリィの姿があった。
夜七時――陽が沈んで街は夜の闇に染められる。ビルの明かりや蛍光灯、ネオンに車のライトが色彩豊かに輝く光景へ視線を預けながら、マナ回収対象の減少によって生まれた暇な時間を破棄していた。
そんな時、背後に誰かが降り立った音がしてリリィは振り向く。
そこにいたのは――マジカル☆ローズだった。
「あれ、ローズさん……? どうしたの? ここにはマナ回収の対象はいないけど」
「たまたま、あんたを見かけたから立ち寄っただけ。回収対象が減って暇みたいだけど、それはこっちも同じなのよ」
「あはは。はんぶんこしてるんだからそうなるよね」
ローズはリリィの隣に一人分のスペースを開けて座り、同じように夜景へと視線を預ける。
(あれ、結人くんから聞いてた印象とは違うっていうか……普通に会話できちゃってる気がするなぁ)
恐る恐るといった感じでローズの横顔を盗み見るリリィ。
(……気が強そうだけどすごく綺麗な人。口調も女の子らしいし、結人くんが好きになってもおかしくないのかな。こんなの勝てるわけないよ)
劣等感を抱き、暗い表情を浮かべた。
「さっき、前にあんたと一緒にいた男と会ったわ。確か、佐渡山結人――だったかしら?」
「え、結人くんと!? 彼……どうしてた?」
「どうしてたと言われても、何て答えたらいいのか分からないわ」
「あ、えーっと……落ち込んでたりしなかったかな?」
恐る恐る問いかけたリリィ。彼女の興味が露になったのを見て、ローズは満足げに笑みを浮かべる。
「そうね……落ち込んではなかったわ。それより私を探していたみたいでね」
「ローズさんを? どうしてだろう……」
「言いにくいんだけど……何というか、そう。簡単に言えば言い寄られたわ」
「――え? 結人くんが?」
信じられないとばかりにリリィは瞳を揺らす。
ローズは目線だけをリリィへ滑らせ、その手応えに思わず口角を上げる。
そう、ローズは嘘を吐いた。
結人の気持ちを知りながら――いや、知っていたからこそ。
(やっぱり結人くんはローズさんを……?)
最悪のタイミングでもたらされた裏付けでリリィの疑心は確証へ変わっていく。
結人はローズに興味があって。自分では女の子が変身する魔法少女であるローズには適わないと思い知らされる。
――あの告白が、心から嬉しかった。
リリィにとってそれは宝物だった。
(返事をする必要もなくなっちゃうのかな……?)
そう考えるとリリィは悲しくなって、胸が締め付けられる。
――体と心の不一致。
それによって傷付いてきた心が結人との出会いで救われる気持ちにすらなった。だが、再び突き落とされたような絶望感で体から力が抜けていく。
(本物には適わないんだ……。だってボクは魔法少女という偽りの姿でしか女の子になれないんだから。結人くんが好きなのは――リリィ、だもんね)
不安に染められたリリィの表情を見つめてローズは醜悪に笑んで――しかし、すぐにその表情は軽蔑の混じった退屈そうなものに変わった。
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