第七話「すれ違う気持ち」

「昨日、偶然見かけたんだけどさ。俺のクラスに転校してきた高嶺瑠璃ってやつ……マジカル☆ローズに変身してた」


「えぇ!? そうなの!? ……そっか、この街に転校してくることになったからボクとマナ回収のエリアが被っちゃったんだ」


 四月二十一日、授業合間の休み時間――結人は隣のクラスから政宗を連れ、校舎外にある自販機前で缶ジュース片手に昨日の出来事を報告していた。


「結人くんのクラスに凄いお金持ちが転校してきたんだよね。その子が瑠璃さんなんだ?」


「そしてローズってわけだな。初めて会った時と同じく気が強いというか……愛想が悪いというか。とにかく強烈に他人との関わりを拒否してるな」


 クラスに馴染むどころか早くも浮き始めている瑠璃を思って結人は嘆息した。


「でも、どうしてローズさんの変身者だって分かったの?」


「昨日、政宗がよく使う路地で高嶺が変身してるのを目撃したんだ」


「え、あそこで変身してたの? ……まぁ、別に自由だけど、あそこはボクが変身する場所なんだけどなぁ」


 少し唇を尖らせて不満げに語る政宗。


 ちなみに政宗の手にはオレンジジュース、結人はブラックコーヒーが握られている。


 実は結人、珈琲がまったく飲めない。

 要はカッコつけであり、缶の中身はまだまだ重たい。


「しかし予想どおりだったなぁ。やっぱり高嶺瑠璃がマジカル☆ローズだったかって感じ」


「え! 結人くん、ローズさんの正体が分かってたの!?」


「そりゃあ、伊達に魔法少女アニメを見てないよ。直感でビビッときた。だからさ、そもそも昨日の放課後はあいつを追いかける予定だったんだ」


「……へぇ、そうなんだ。どうして追いかけるつもりになったの?」


 スイッチを切り替えたように冷たいトーンで問いかけてきた政宗。

 結人は妙な緊張感を帯びながら返答を思案する。


(どうしてって言われたら……それは当然正体を暴くため――そして、政宗のためなんだけど)


 とはいえ、これは結人が役立たずの汚名返上をすべく起こした自己満足。それをリリィのために何かしてやったとアピールするのはあまりにも格好悪い。


 なので、あまり明瞭に答えられず――、


「まぁ、少しマジカル☆ローズが気になったというか……単純な興味だな。ほら、俺って魔法少女好きだろ?」


 結人は装飾過多な言葉を早口に語った。


 すると政宗は刹那、目を見開き――しかし、すぐに表情を曇らせ「そっか」と呟きを返す。


 そんな政宗に結人は疑問符を浮かべ、


(やっぱり自分の活動している街に魔法少女がいるってのは気分がよくないか。そういう部分で不安を感じてしまうのも無理はないよな)


 そのように結論付けた。

 だが、そこからも表情は晴れず、


「じゃあボク、教室に戻るね」


「え、ちょ、政宗……?」


 困った笑みを浮かべて去っていく政宗。

 結人はその後ろ姿に手を伸ばし、空を掴む。


(……行っちゃった。ここからが本題なんだけどなぁ)


 握りっぱなしの缶コーヒーを口に含み、苦味で顔を歪める結人。


 仄かなすれ違いを気配を、理由も分からず感じ始めていた。


       ☆


(結人くん、魔法少女好きだもんね。やっぱり気になるんだ。……女の子が変身してる魔法少女だもん。より完璧っていうか、そっちの方がいいよね。結人くん……リリィのことなんてどうでもよくなっちゃうのかな?)


 放課後、いつも隣にあった結人の姿がない虚空を見つめ、トボトボと駅通りを歩む政宗。


 ――政宗は今日、結人を魔法少女の活動に誘わなかったのだ。


「どうしてだろう……結人くんがローズさんに興味があるって聞いた時、胸がとっても苦しかった。ボク、どうしちゃったんだろう……?」


 結人の興味がリリィからローズに移ったと感じ、気持ちが沈む政宗。

 とはいえ現状、政宗にとって結人は友達以外の何者でもない。


 告白してくれた事実はあるが、返事をせず保留にしているのは政宗。なので、結人の気が変わって他の誰かを好きになったとして自由だろう。


 それを理解している政宗だからこそ、自分のモヤモヤとした気持ちを心の奥底に追いやろうとする。だが、その場所には結人から貰った告白の嬉しさも仕舞ってあるのだ。


 大事に保存している場所へ鬱屈とした感情まで追いやり、心は混沌とする。


 さらには――、


(そもそも、ボクにこの件を悩む権利・・・・・・・・なんてあるのかな……?)


 性同一性障害が育てたマイナス思考は柔軟な解釈を与えず、思考は独りよがりに加速していく。


 だから、何となく結人を避ける選択をしてしまった。


 それは政宗の中に、彼の姿を見れば苦しく悩んでしまうほどの何かが、芽生え始めていたせいでもあると言えた。


        ○


「……どうして今日、俺は魔法少女の活動に誘われなかったんだろう? いつもあっちから誘ってくるだけに、そういう言葉一つないだけでめちゃくちゃ嫌われた感覚になる」


 放課後、昨日とは違った理由で政宗と一緒に行動することなく、退屈な時間に放り込まれてしまった結人。


 いつぞやローズと出会った公園のベンチに腰を下ろし、分厚い雲が閉ざした空をぼんやり見つめていた。


 いつ雨が降ってきてもおかしくない天気だった。


「隣のクラスを覗いた感じ政宗は先に帰ってるみたいだった。……何か用事があったのか? だとしたら連絡があるような気もする」


 結人は制服のポケットからスマホを取り出し、政宗からの連絡がないかチェックする。しかし、何一つ連絡はない。


 政宗と日々行っているメッセージのやり取りを読み返してみるが、他愛のない話ばかりで問題は見つけられなかった。


「もしかして、ちょいちょい挟む魔法少女アニメのネタが鬱陶しかったのかな。でも、この会話の流れで『俺は衣装と撮影を担当する同級生ポジかよ!』って一言は秀逸だったと思うんだけどなぁ」


 何度もやり取りを読み返すが、答えは出ない。


「優しくしたい、力になりたいって思いながら政宗と交流してきたけど、それじゃあダメだったのかな? それとも自覚してないような本心が見え透いてたのかな……」


 原因が分からない不安は無限に膨らむ。あらゆる可能性を網羅して、考え得る全てを不安の色で染め上げていく。


 連絡してみようと考えるが、今日の政宗の様子を思えばアプローチするのが億劫になってしまう。


 頭を抱え、溜め息を吐き出す結人。


 ――すると、ある人物が気配もなく上空から現れる。


 ふわりと少しの風圧を巻き起こし、俯く結人の前に着地。

 結人はリリィかも、と期待した。


 だが――、


「あら、今日はまたえらく落ち込んでるようだけど……もしかして、あの魔法少女と喧嘩でもしたのかしら? だとしたらこれほど面白い話はないわねぇ」


 結人が顔を上げると、嘲笑を湛えたマジカル☆ローズが冷ややかな視線で見下ろしていた。

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