第六話「超がつくほどのお金持ち」

「えぇ……マジかよ。高嶺瑠璃、あいつ絵に描いたような金持ちじゃん。あんなの漫画でしか見ねーぞ」


 放課後――結人は学校の下駄箱にて、校門で行われる光景に上履きを掴んだまま唖然としていた。


 高嶺瑠璃、彼女に関する情報はマジカル☆ローズの正体(仮)一つだったが、新しく「超がつくほどのお金持ち」が追加されたのだ。


 何故なら、角を無事に曲がれるのかと心配になる長さの高級車が校門前で止まり、燕尾服を着た運転手がドアを開けて瑠璃を迎えたのだ。


 瑠璃が校舎から車へと歩む道中、両脇には自ずと道を開けた生徒達が並び、見送りのような形になる。しかし、群衆には目もくれず瑠璃は通り過ぎ、優雅に車で下校していった。


「……おいおい、待ってくれよ。それはすごく困るんだが」


 力の抜けた声で一人困惑する結人。


 彼はマジカル☆ローズの正体看破のため瑠璃を尾行する予定だったのだが、あんな乗り物で移動されてはどうしようもない。


(えぇ……? これなら政宗と一緒にメリッサさんのところへ行ったほうが良かったじゃん)


 後悔して首をがっくりと折る結人。

 予定が白紙になってしまい、結人は重い足取りで学校を出た。


 政宗は先に下校したため、もうメリッサの家へと向かっている。予定が空いたといって合流を申し出ようと思ったが――、


(プライベートを大事にしてくれって俺に言ってくれたように、政宗もたまには自分の時間があった方がいいのかな。距離感を大事にしないと面倒なやつだと思われそうだ)


 そんなわけで今日までの充実した日々と落差のある空っぽの予定に憂鬱を感じながら帰路を歩む結人。


 ――しかし、彼は魔法少女に関わる数奇な運命にあるのか、ここにきて当初の目的と思わぬルートで再会する。


 駅通り、政宗がいつも変身する路地に――向かい側から歩いてきた高嶺瑠璃が入っていったのだ。


「――う、嘘だろ!? そんな偶然ってあるか!?」


 結人は驚きつつ肝心な瞬間を逃さまいと駆け出し、瑠璃に続いて路地を曲がる。


 すると――、




 リリィとは色違いのステッキを掲げ、変身しようとする瑠璃と目が合った。

 



 突然現れた結人に瑠璃の口が「あっ」という形を描き――同時に彼女の握るステッキが光を放つ。いつぞやのように腕を交差し、刺すような光から目を守る結人。


 輝きが止むと瑠璃がいた場所にはやはり――マジカル☆ローズが立っていた。


 気まずさと苛立ちで表情を紅潮させて。


「うっわー、凄いもの見ちゃったなー。あの転校生、高嶺瑠璃がまさか魔法少女だったなんて! こいつは大スクープだ!」


 わざとらしく語った結人。

 ローズはずんずんと歩み寄ってくる。


「ちょっとあんた! 許可もなく他人の変身見てんじゃないわよ!」


「見られて困るならこんなところで変身するなよ……。っていうか、やっぱり高嶺ってマジカル☆ローズだったんだな」


「――やっぱり!? あんた私の正体に気付いていたの!? もしかして、私が転校してきた時から!? あ、あと呼び捨ては許可してないわよっ!」


 早口でまくし立て、眉間に皺を寄せるローズ。


(あれ? 学校にいる時とは違って口調に冷淡さがないな――って、こらこら! 魔法少女がそれやるとシャレにならんぞ!)


 彼女は握った拳を掲げており、結人は銃口を突きつけられた気持ちになる。


「こ、こっちの世界の人間に乱暴するのは魔法の国のルール的にマズいんだろ? とりあえず落ち着けよ」


「随分と魔法少女の事情を知ってるのね……。まぁ、いいわ。どうせ時間が経てば一般人は魔法少女を覚えていられないから」


 記憶阻害で自分を安心させ、ホッと息を吐くローズ。

 しかし――、


「……って、おかしいわ! あんた、今日になってもマジカル☆ローズを覚えてるじゃない!」


「そもそも俺は昨日この街の魔法少女と一緒にいたわけだが? その時点でイレギュラーだと気付くべきだったな」


 ローズは一歩引いて警戒心を露にする。


「……やっぱりあんた、魔法少女なの?」


「昨日否定しただろ! だいたい俺を魔法少女にする奇特な魔女なんかいると思うか?」


「それもそうね。何というか……あんたが変身したら目に毒だものね」


「毒があるのはお前の発言だぞ、高嶺。いや、今はローズと呼ぶべきか」


 やはり呼び捨てを敏感に咎めるローズ。結人の言葉に対してキッと鋭利な眼光を飛ばすが、その視線はスルーして結人は考える。


(そういえば、魔法少女って男でもなれるのか……?)


 政宗が魔法少女になっている時点で男の体でも魔法少女になれるようだが、「性自認が女性」を条件としている可能性だってある。


 無論、魔法少女になりたいという願望が結人にあるわけではないのだが。


 まぁ、そんな話はさておき――結人は当初の目的を遂行することに。


「それにしてもローズ、お前どうしてこの街に来たんだよ? 転校先であるここがすでに魔法少女の縄張りだったってんなら争わずリリィさんにちゃんと相談してだな……」


「はぁ? 何であんたに言われなきゃいけないの? あと昨日も言ったけどそういう馴れ合いとか全く興味ないから。余計な話をする気はないわ」


「ん、そうか? 今も結構会話が弾んでる気はしてるけどな」


「それはあんたが勝手に私の変身を見たからなし崩し的によ! ……言っておくけど、もしも私の正体を学校でバラしたらタダじゃ済まさないわよ?」


「ほう。一体何をされるのか聞こうじゃないか。抑止力にならないと俺は握った情報で何をするか分からないぞ?」


 脅す側を自認していたローズだったが、結人に強気な返しをされて表情をぐぬぬと歪ませる。


 どうやら「タダじゃ済まさない」を具体的に考えていなかったようで、「アレよ、アレ」だとか「何というか、こう……」と具体的なイメージが浮かばず苦戦する。


 結人はそんな様子を見て、ローズは酷いことがすぐに思い浮かばない優しい子なのだと感じていた。


 そしてローズは結局――、


「まぁ、それはおいおい考えるわ! そもそもあんたがバラさなきゃいいのよ。とにかくこっちは魔法少女なんだから! 人間より強い存在……それを肝に銘じておくのね!」


 良いアイデアが出せず、吐き捨てると逃げるようにビルの壁を蹴って駆け上り、結人の視界からあっという間に姿を消した。


 結人はローズが去っていったビルの合間を見つめ、


「根はいい奴な気がするんだけど……どうも素直になれないというか、性格に難アリって感じだな。色々と苦労してそう。あいつが政宗と友達、か……なんか難しそうだなぁ」


 一人呟き、肩を落として嘆息した。

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