第十四話「魔法少女マジカル☆ローズ」

「お前、よくもまぁ俺達の前に出てこられたな。リリィさんから聞いたぞ。あの時、自販機の前で俺にわざわざ話しかけてきたのは嘘を吹き込むためだったんだな」


 二人が心を通わせ、関係性を一歩進めた瞬間へ踏み込んできたローズ。


 結人は冷静に務め、声を低くして言った。


「あら? 私は感じたことを言っただけよ。勝手に勘違いしたのはそっちでしょう? 文句言われても知らないわよ」


 ローズは手で払う動作を添えて一蹴、得意げな表情を崩さなかった。


「ボクには結人くんが言い寄ってきたって話をしてきたよね? それは言い逃れできない立派な嘘じゃない!」


「そうだったかしら? 悪いけど、よく覚えてないわ」


 外国人風に肩をすくめ、とにかくとぼけ続けるローズ。


「そもそも、どうしてそんな嫌がらせをしてくるんだよ。縄張り争いだのやたら好戦的なのには理由があるはずだろ?」


「私は生まれつきこういう性格なのよ。だから仕方ないじゃない」


「仕方ないって……ローズさんは自分でこんなことしてて心は痛まないっていうの? 何かボクたちが悪いんだとしたら話してよ!」


「……うるさいわねぇ。何も話す気はないし、不満なら仕返ししてくればいいじゃない」


 不機嫌そうにそっぽを向くローズに、リリィはむくれた表情を浮かべる。


 そんな二人を見て結人は考えていた。


(相変わらずトゲトゲしいというか……ぶっちゃけて言えばツンデレ。まぁ、デレはないけど。でも、あのひねくれた態度……もしかしたら利用できるんじゃないか?)


 古典的に手をポンと叩き、ローズに向かって口を開く。


「まぁ、仕方ないよな。ローズが俺達に意地悪した理由はしょうもなくて、他人には話せないんだよ。聞いてやるのは可哀想だ、リリィさん」


 演技じみた口調で挑発した結人。

 すると――、


「ちょっと! 勝手に私の動機を矮小にしないでくれる!? 別に話せなくはないわよ。いいわ、教えてあげる!」


 ビシッと結人を指差し、咎める口調で言ったローズ。そんな彼女の反応に結人は表情こそ平然としていたが、


(あらら、ひねくれ者だから逆の言葉で簡単に釣れるのかなと思ったけど、まさか成功するとはな……)


 意外と単純な仕組みになっていて笑いそうになってしまう。


「ローズさん、話してくれるんならもう一度聞くけど……どうしてボクたちに意地悪をするの?」


「そんなの簡単。仲良くしてるあんた達が気に入らないのよ!」


「うわぁ、そんな理由かよ! まるで小学生じゃん」


「うるさいわね! 言っておくけど、私は高校生よ!」


「言われるまでなく知ってるけど……」


「リリィ、何であんたが知ってんのよ!? 教えた覚えはないわよ!」


 うっかり政宗の立場で仕入れた情報を漏らしてしまい、口元を両手で押さえるリリィ。


 一方で結人はローズの動機を聞いて馬鹿馬鹿しくなり嘆息する。


「つまり、仲良くしてるのが気に入らないから、嘘を吐いて俺達の関係を邪魔しようとしたんだな?」


「そうよ。悪い?」


「そりゃ悪いだろ。あと、嘘に関してはさっきまでしらばっくれてなかったっけ……?」


「う、うるさいわねぇ! あんた達の質問に答えてやったんだから感謝しなさいよ!」


「なんで感謝しなきゃいけないのさ……。ボク達被害者なのに」


 学校でのクールな振る舞いと真逆で感情の起伏が激しく、そして滅茶苦茶な発言を連ねるローズ。


 ――まるで表と裏。


(学校ではわざと抑え込んでいるだけで今の振る舞いが素の高嶺瑠璃なのかな? 馴れ合いを嫌うと言いながら――マジカル☆ローズの時だけはコイツ、やたら喋るんだよなぁ)


 結人は魔法少女という匿名性はSNSに似ていると思った。SNSでなら本音を言葉にできるように、偽りの姿でなら素直な自分を出せるもの。それは皮肉ではあるが――、


(政宗とリリィさんの関係みたく、自分のなりたい姿になれるのが魔法少女だっていうなら――!)


 結人は予感を胸に抱き、ローズへ問いかけてみる。


「そんなトゲトゲしい態度で他人と接して楽しいか? 他人と仲良く平和的にできないのかよ?」


「ふん。私は誰かとの馴れ合いなんて好まない。一人で十分な人間は他人を必要としないのよ」


「そうかぁ? 俺はただ単に他人と関わりたくても上手くいかないのを隠しているように見える。本当にお前は誰との関わりも望んでいないのか? 心の底から?」


 結人の問いかけにローズは押し黙り、何かを言いたげに――しかし、それを無理に抑えつけている表情を浮かべた。


 言うまでもないが、ローズは結人と政宗の中を引っ掻き回した張本人である。

 本来ならば文句を叩きつけ、怒りに任せて叱責しても構わない相手。


 しかし、ローズにはそういった怒りの一切を仕方ないと思わせてし・・・・・・・・・・まう何か・・・・があるように結人は感じていた。


「……まぁ、無理に話さなくてもいいよ。何か秘密があったとしてそれを言う勇気もないんだろう。そっとしておくよ」


「な、何ですって――!? 私を馬鹿にして……気に入らない態度だわ! いいわ、話してあげる。勇気がないなんて言わせないんだから」


 安い挑発にあっさり乗り、眉間に皺を寄せるローズ。


「す、すごい……結人くん、手綱を握ってるみたいにローズさんをコントロールしてる」


「ああやって、いちいち相手の言葉に逆らっちまうのがローズの抱えてる問題かなと思ってな。俗に言うツンデレだな」


 そんな可愛い言葉で済めばいいが――と、結人は心の中で付け加えた。


 一方でローズは結人達から顔を背け、髪を指でくるくると弄り回しながら語り始める。


「……この性格が原因なのよ。物心ついて誰かと関わるようになった瞬間から今日まで――私は他人に対して素直になれない。生まれながらに何かを欠いているのか知らないけど――直らないのよ、ずっと」


 ひねくれた性格から出てきた言葉の最大限。素直な言葉を性格に阻まれると語る彼女が結人の助け舟を踏み台にやっと届いた場所だった。


「直らないって……でも、性格って自分次第でどうとでもなるんじゃないのか?」


「簡単に言ってくれるわね。……でも、普通はそう思うわよね。なら聞かせてもらうけど、人間の性格って本当に変えられるの? 変えられたとしたら、それってもう――別人だと思わないかしら?」


「別人って……そんな大袈裟な」


 結人はそこまでを語り――閉口して考える。


(たしかに、自分の性格を変えるなんて……可能なんだろうか?)


 人は変われると言うが、生まれ持った――もしくは幼少期に形成された人格の外へ大きくジャンプできた人間など本当にいるのだろうか?


 もし変えられないとすれば、ずっと共に生きてきた人格に不満を抱く者だっているだろう。


 政宗が生まれ持った肉体を受け入れられないように。

 瑠璃は生まれ持った人格を受け入れられないのではないか――?


 ならば――、


「ローズ、もしかして……お前が魔法少女になって叶えたい願いって?」


 結人の言葉にローズは瞼を落として深く嘆息し、語る。


「そう、私が魔法少女になってまで叶えたい願い、それは――私を孤独にしたこの人格を変えることよ」

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