第五話「可愛すぎる美少年」

「やぁ、結人くん! せっかくのお昼休みだし、一緒にお弁当食べない?」


「ま、政宗!? いきなりやってくるからビックリしたぞ」


 憧れの魔法少女と再会し正体を知った日の翌日、四月十三日――学校の昼休み。自分の席にて弁当の包みを開こうとしていた結人を政宗が訪ねてきた。


 もちろん噂の美少年がやってきたので結人のクラスはざわつく。しかも結人をご指名というのだから、色々と噂が立つ。


 だが、そんな話し声など気にせず政宗は教室の中――そして結人の席へやってくる。


「お友達といえばやっぱり一緒にお弁当だよね。前の席の子は学食? だとしたら机を借りてもいいのかな」


「ちょ、ちょっと待て、政宗! お前と昼ご飯を食べるのは問題ないが……しかし、状況がなかなか芳しくない。場所を変えないか?」


 結人は手を突きだして前の席を引っくり返しかけていた政宗を静止。


 政宗と親しげにする結人はクラスメイトの注目の的となっていた。結人はそういった視線を受けるのが得意ではないのだ。


 そして男子連中は、


『佐渡山のやつ、どこで藤堂きゅんとお近づきに……』


『やっぱ近くで見ると可愛いなぁ』


『どうしてあんなやつに俺達の藤堂きゅんがっ!』


 などと嫉妬や羨望を込めた視線を送り、女子連中は、


『藤堂くん、アタシらより女の子してるよねー』


『美少年キター! 心なしか通った場所にいい匂いが……』


『佐渡山くん、顔は及第点だからカップリング余裕でしたぁ!』


 と、男共よりも数段込み入った感想を口にしていた。


 結人は開きかけた弁当を包み直す。


「とりあえず移動しようか。屋上とか色々場所はあるだろ」


 結人は椅子から立ち上がり、あまりピンときていない政宗の手を引いて教室から出ていく。そんな光景に沸き上がる歓声のようなクラスメイトの声を苦い表情で聞きながら。

 

        ○


「ごめんね、結人くん……。もしかしてボクが教室に来るの、嫌だった?」


 教室の喧騒から逃れ、結人と政宗の姿は屋上にあった。


 政宗の外見が同性であるため躊躇なく手を握った結人だったが、相手は自分が好意を寄せる魔法少女マジカル☆リリィ。そう考えると結人は途端に恥ずかしくなり、何気ない感じで歩む中で手を放した。


 というわけで屋上のフェンス際に身を寄せて弁当の包みを解く二人。


「嫌とかそういうわけじゃなんだ。ただ、政宗はもう少し自分が皆からどういう目で見られてるか考えた方がいいんじゃないか?」


「どう見られてるかは飽きるくらい考えてきたから、気にしないようにしてるんだけど……も、もしかしてボクの秘密バレてるのかな?」


 青ざめた表情で恐る恐る問う政宗。結人は言い方が悪かったと猛省し、慌てて語る。

 

「あー、違う違う! もっと好意的な意味というか……お前は可愛すぎるから、お弁当をご一緒なんて誘われると俺が嫉妬の目で見られるんだよ」


「結人くんは今のボクでも可愛いって思ってくれるの?」


 勢いで言った可愛いを拾われてしまい、照れる結人。


「そりゃあ、まぁ……思わないって言ったら嘘になるけど」


「そっか、ちょっと嬉しいかも」


 ギュッと目を閉じて笑みを浮かべた政宗。その表情を見て、結人の心臓はどくんと跳ねる。


(やべぇ、めっちゃ可愛い……! 同じ顔をしてるからかな……リリィさんに初めて会った日と同じ笑顔だ)


 結人は口元を手で押さえ、ニヤケそうになる表情を隠す。そして、落ち着いてから話題を変える。


「そういえば政宗、俺はお前を呼び捨てなのにそっちは『くん付け』でいいのか?」


「え? でも、ボクが魔法少女になった時はリリィさんって呼んでくれてなかったけ?」


「そ、それは……俺にとって憧れだったから気安く呼べないっていうか」


 頬を掻き、政宗から視線を逸らす結人。そんな彼の反応を見て政宗はくすくすと笑う。


「ボク、ずっと友達がいなかったから分からないんだけど『くん付け』って他人行儀だったりするのかな?」


「いや、お前が構わないならそのままでいいんだ。……しかし、政宗って人気あるから友達多いのかと思ってたよ。よくウチのクラスのやつがお前見たさにそっちの教室に行ってるだろ?」


「あ! アレ気になってたんだけど……やっぱりボクを見に来てたんだ。ボクが変だからかな。ほら、魔法でボクの体ってさ」


 俯いて中性的な姿に留まった体を見つめながら語る政宗。


(あぁ、そうか。友達に関しても性同一性障害で不自由してたりするのかも知れないよな。俺、間違った対応しまくってるじゃん……ちゃんと考えなきゃ)


 結人は自分の無知と配慮のいたらなさに呆れつつ語る。


「さっきと同じ理由だよ。政宗が可愛すぎるからみんな見に行くんだ」


「そ、そうなの!? 自分じゃあ信じられないよ……」


「だが、それが事実だ。……しかし、こうして政宗と昼食を一緒に食べられるのは嬉しいけど、どうしても呼びに来られると目立つなぁ」


「……あ、じゃあさ! お近づきの印に連絡先とか交換しておこうか!」


「その手があったな! 忘れかけてたけどスマホは連絡を取るための道具だ!」


 政宗と同じく友達がいない結人は古典的に手を叩き、ポケットからスマホを取り出す。


 すると不意に――、


「あ、結人くん、そのスマホの壁紙って魔法少女? 可愛いね」


 スマホの画面を政宗に覗かれ、体をビクつかせる結人。


「し、仕方ないだろ! お前にずっと憧れてて、悶々としている気持ちをぶつける先が魔法少女もののアニメしかなかったんだから。俺の趣味を歪めたのはお前だ!」


 結人は顔を赤くしながらもの凄い早口で言った。


「ん? よく分からないけど……ボクが歪めちゃったっていうなら謝った方がいいのかな?」


「いや、謝る必要はないって! 寧ろ、俺としてはいい趣味をもらったっていうか……!」


「そう? なのにどうして恥ずかしそうに画面を隠すの?」


「それは……色々と事情があるんだ。色々とっ!」


 本物を前に「魔法少女が壁紙は恥ずかしい」と言えず、説明を強引に省く結人。彼は普段から魔法少女ネタを口走るくせに、趣味は看破されたくない隠れオタだった。


 結人と政宗は連絡先を交換し、それぞれ登録された相手の名前を見て微笑む。


「俺、初めて女の子の連絡先をゲットして感動してる……。生きててよかった」


「そんなに感動する? 藤堂政宗って男らしい名前で書いてあるのに?」


「いやいや、俺には女の子の名前にしか見えないよ」


「…………っ!」


 言われた政宗は息を飲んで彼を見つめた。胸の前で手をギュッと握り、瞳を揺らしながら。


 さっきの失敗もあり、言い回しを工夫した結人。それは正しい優しさの模索であり――昨日、政宗の抱える障害を知るまでに彼が放った言葉を反省した結果でもあった。


 しかし政宗は黙ってしまい、分かりやすい反応は得られない。結人は気まずくなり話題を変える。


「魔法少女になった理由を聞いた時に言ってたよな? 政宗の契約に関する話も聞かせてくれるって」


「また今度話すって言ったんだっけ? そうだね、その辺も説明しておこっか」


 政宗は開いたお弁当からタコさんウィンナーを箸で摘まむと、上品に口へ運んだ。


 可愛らしく、見た目にも楽しいお弁当。


 結人はそれを一目見てきっと政宗が自分で作ったのだろうと思い、微笑ましく――しかし、何だか切なくてグッとこみ上げる感情を堪えた。

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