第四話「少女を目指す魔法少女」

「ボクが魔法少女になったのはね、願いを叶えるためなんだ。魔法少女として活動する代わりに願いを叶えてもらえる。ちょっとピンとこないかも知れないけど、そういう契約でボクは魔法少女になったんだ」


 リリィは後ろで手を組んで空を見上げ、寂しそうな表情で言った。


 空はまるで水彩画、透き通る青へ上塗りする夕暮れの朱色が入り交じる。塩梅は丁度半々だった。


 さて、魔法少女としての契約。荒唐無稽で簡単には飲み込めない話のように思えるが……、


「なるほど、よくある話だな。やっぱり魔法少女っていうのは何らかの契約に基づいてなり、得られるものは願いか」


「理解が早すぎない!? ……もしかして君も魔法少女なの?」


「馬鹿を言うな。俺は魔法少女が好き過ぎるだけだ」


 プロフェッショナルだった結人の理解にリリィがついていけない現象が起きていた。


「というか、本題の前に自己紹介をしてなかったな。俺は佐渡山結人だ。多分隣のクラスだと思う」


「そういえば同じ制服だったもんね! じゃあ結人くんって呼んだらいいかな?」


「あぁ、それで構わない。構わないんだが……」


「どうしたの?」


「好きな子に下の名前で呼んでもらえてめっちゃ嬉しいのに、同じ制服だったとか言わないでくれ……」


 政宗が男子の制服を着ていたのを改めて思い出した結人。リリィは「なるほど」と納得し、困った笑みを浮かべた。


「まぁ、それはともかく――リリィさんには叶えたい願いがあって魔法少女になった。で、今からその願いを教えてくれるのか?」


「そうだよ。ちょっと恥ずかしいんだけど、ボクの願いは――」


 リリィは恥ずかしそうに頬を掻き、少し躊躇しながら、


「――女の子になることなんだよね」


 願いを語り、無理に笑みを浮かべた。結人は納得したように何度も頷き、しかし――、


「ほう、なるほどな。だから魔法少女に――って、納得するかぁ!」


 叫ぶようなノリツッコミを繰り出した。


「そもそも魔法少女って形で女の子になってるじゃないか!」


「確かに今のボクは体が女性に作り変わってる。でも、変身した姿じゃボクの願いが叶えられたとは言えないんだ」


「そのハイクオリティな女装じゃ満足できないっていうのか?」


「これじゃ満足できないかな。ボクは変身していない時でも常時女の子になりたいんだ」


「なりたい、ってことはつまり今はまだ願いを叶えてもらってないわけか」


 女の子と見紛う外見をした少年、藤堂政宗。その姿の理由が契約によって叶えられたものなら結人としては納得だったのだが、


(どうやら魔法少女の報酬は後払いみたいだな。仕事をこなしきったら叶う感じか?)


 まだ藤堂政宗の体は男性のままらしい。となると今更だが、結人は自分と違う成長を遂げた同性の存在が不思議で仕方なかった。


 そしてその疑問は正しく、リリィの口から答えが明かされる。


「結人くんの言うとおりまだ叶えてもらってない。でも現状、ボクは第二次性徴――男の子としての成長を魔法でカットしてもらってるんだ。契約の前金みたいな感じでね」


「成長をカット……つまり、声変わりとか体格の変化はしてないわけか」


 保健の授業で習った記憶を必死に呼び起こし、納得して頷く結人。


「で、大元の願いである女の子になりたい願いを叶えるには、契約で定められた成果を上げなくちゃならないんだ。そのためにボクは活動してるわけ」


「えーっと、魔法少女になった前金として男っぽくなる成長は止めてもらった。そして、本当の願いは成功報酬か。そもそも一体何と契約してるんだよ」


「うーん、その辺は長くなるから割愛させてもらおうかな。結人くんと今後も話すことがあるなら説明するけど」


 一気に長々とした説明を口にしたからか、疲れて息を吐き出すリリィ。


 とりあえず、政宗がなぜ男性的とは言えない外見をしているのか。

 どうして魔法少女マジカル☆リリィになったのか。


 これらはリリィの口から明かされた。ならば、その先にある疑問――「何故女の子になりたいのか?」を問いかけるのが自然な流れ。


 しかし、結人はその疑問を口には出さなかった。まず、自分で考えてみようと思ったのだ。


 魔法によって女の子になりたいと思う人間は何を抱えているのか?

 男の子としての成長を止めたいと思う人間は何に悩んでいるのか?


 それらを踏まえて考えた時、結人の中である一つの言葉が浮かぶ。

 自分の体と性が一致していない状態を指す言葉。



 ――性同一性障害。



 学校で習った記憶の埃を払い、結人は他人事だと思っていた言葉に確信を見出す。それを肯定するかのようにリリィは無理に笑顔を浮かべた。


「だいたいの事情は察してくれたよね? でさ、だから……その、嬉しかったんだ。好きだって言ってくれて。女の子の姿をしてるボクを好きだって言ってくれたのは結人くんが初めてだったから」


 リリィの語った喜びにはどこか悲しい響きがあった。


 きっと今まで政宗が受けてきたであろう告白は同性となる女子からで。異性として――男として好きだと言われても彼女は喜べない。


 だからこそ――政宗にとって結人の告白は特別だった。


「ありがとね、女の子としてボクを好きになってくれて。そんな君にはボクの秘密を知って欲しかったんだ。君が好きになった子は体こそ男だけど――中身はちゃんと女の子だよって」


 リリィはくるりと背を向け、寂しげな横顔を結人に見せる。その表情は正体を知った結人の気持ちが冷めたと見透かしたようだった。


 そして――、



「それじゃあね。――さよなら」



 そう告げて、結人の前から去ろうとするリリィ。

 別れの言葉は涙に濡れていた。


 だから結人はついさっきみたいに――、


「待ってくれ!」


 反射的に呼び止め、振り向くリリィの涙は宙に舞う。

 

 結人は告げなければならないと感じていた。一度はリリィの正体を知って崩れかけ――でも、決して消えるなかった想いを。


「勝手に俺の気持ちを決めんなよ! 何勝手に過去のもんにしてくれてんだ! 俺がいつ、どこで――君を好きじゃなくなったって言った!?」


「で、でもボク、男の子だから……」


「正体が男? そんなの関係ない! 俺は今でもリリィさん、君が好きなんだよ!」


 気付けば結人はなりふり構わず二度目の告白をしていた。何もかもさらけ出して叩きつけるような言葉。リリィは驚きに瞳を震わせる。


「俺はまだ君を全然知らない。正体が藤堂政宗だってこと、そして抱えてる悩みを知っただけだ。それだけじゃ俺の気持ちは終わらない……終わらないんだよ!」


「それだけ……? 結人くんはそんな風に言ってくれるの?」


「ああ。だから、さっきの言葉どおり俺の気持ちを考えてくれるって言うなら――その間でいい。リリィさんと政宗、二人を知る時間を俺にくれないか?」


 考えるのではなく感じたままに。心模様を言葉へ変え、彼女達に向かって想いを紡ぐ。


 どうしたって言葉は自分の心を越えない。伝えきれないもどかしさを結人は感じた。しかし、言葉を越える想いが彼女には伝わっていた。


「結人くんは凄いね……ボク、一日に二度も告白されちゃった。しかも、秘密を明かしたのにあっさりと受け入れちゃって。……うん。ボク、結人くんのこときちんと考えてみる。君をもっと知っていきたいよ! だから、それまでボクたちは――友達だね!」


 リリィはギュッと目を閉じて笑みを浮かべる。そのせいで瞳から零れ落ちた涙は頬を伝い、結人はそれを美しいと思った。彼女につられて結人も同じ表情になる。


 こうして、リリィ――そして藤堂政宗と佐渡山結人の関係が始まった。

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